なぜソフトバンクはiPadにSIMロックをかけたのか
みなさんご存じの通り、日本国内で正規に販売されるiPadはソフトバンクによるSIMロックがかかることになり、SIMアンロックで発売されることを前提に動いてたNTTドコモはその計画を断念することになりました。一見「ソフトバンクの契約ごり押しすぎる」と見えるこの状況ですが、これまでの流れを追ってみると、その裏にはドコモとソフトバンクの壮絶なバトルがみえてきます。
"我が社の製品は特別扱いせよ"
ヨドバシカメラや携帯の販売店、あるいはソフトバンクショップにいくといつも賑わいをみせているiPhoneコーナー。白い特製の什器に美しく陳列されたiPhoneを手に取り1台また1台と売れていきます。
すでに見慣れた光景かと思いますが、これはiPhoneを取り扱う販売店に課せられた陳列のルールです。アップルはiPhoneの販売店に対して「他社の携帯電話と並べて陳列してはいけない」「他社の携帯電話コーナーと一定以上の距離を離す」などのルールの遵守を販売店に対して求めているから、必ずこのようなコーナーができているのです。
XperiaやBlackberryなど、多くのスマートフォンがまとめて「スマートフォーンコーナー」に陳列されている中、iPhoneだけ特別扱いの陳列はまさに異例のことです。
アップルはiPhoneの販売契約を結ぶ通信キャリアに対して厳しい条項の遵守を求めることで知られます。SDKでみるような排他的な契約事項は販売契約においても当然、いやさらに厳しく求めているのです。
iPhoneを扱うキャリアの覚悟
一見不条理に思えるiPhoneの契約条件ではありますが、キャリアにとってはそれに目をつむってものどから手が出るほどほしい「ドリーム・デバイス」であることは間違いありません。特にアップルは当初「1ヶ国1キャリア制」をひいていたこともあり、iPhoneを扱えるなら、たちまち契約の純増は確固たるもの間違いないでしょう。
しかし、キャリアのそんな都合をよそに、これまでキャリアに対して製品を納品してきた端末製造会社、シャープやNECなどは当然いい顔をするわけありません。あるいはガラケー向けに課金コンテンツを提供してきたコンテンツプロバイダーもアップルに市場を奪われてはたまりません。
そうした既存モデルの関係の悪化と天秤にかけてまでiPhoneの契約をとりつけたソフトバンクの覚悟は並大抵なものではなかったはずです。そう、時価総額10数兆円のNTTドコモすら舌を巻くほどに。
ソフトバンクの強み、アップルの弱み
こうしてソフトバンクはiPhoneのオペレーターとして選ばれ、日本でもめでたくiPhone 3Gが発売されます。最初はアップルが主導でソフトバンクショップや駅前の量販店にコーナーがつくられiPhoneが売られていきますが、操作性の違いや敷居の高さもあり、「iPhoneが売れないのは日本だけ」と揶揄されるほど鳴かず飛ばずでした。
そこですかさずソフトバンクは「うちで販売戦略をやらせてほしい」とアップルに声をかけ、販売や価格に影響力を強く持つようになります。こうなればソフトバンクのお手のもの。"HIT-SHOP"や"Yahoo! BB紙袋"で社会問題化するほど強い営業力を持つ光通信系の代理店やらが本気でiPhoneを拡販しはじめます。
結果は大成功。アップルのブランディングを超えたところでソフトバンクの販売網がiPhoneの売り上げを促進し、ソフトバンクの販売網はアップルにとってなくてはならないものになっていったのです。
「iPhoneを諦めたわけではない」ドコモとSIMフリー端末登場のチャンス
一方、条件をのめずに契約を見送ってたドコモですが、やはり高い支払い単価の顧客であるiPhoneユーザは取り込みたいわけで、やはり諦めきれませんでした。
そんな中、アップルがSIMロックを解除したiPhoneを計画しているという話がきこえてきました。アメリカの顧客はAT&Tのカバレッジに不満をおぼえており、特に広い国土のアメリカでは地域によって使い勝手のよいキャリアを選びたいという声が高かったこともあり、そうであればSIMロックを解除したほうがユーザーが広がりアップルにとってもメリットとなるのではないかと考えたからです。
日本のiPhoneもSIMロックがかかってなければ、ドコモが苦しい販売契約をアップルと結ばなくても、日本国内に流通するiPhoneに対応したSIMと料金プランさえ提供すればiPhoneユーザーの支払う通信料を収入とすることができるわけで、ドコモとしてはかつてないチャンスです。
しかしApple Storeを中心に販売網を築き上げてきたアメリカと異なり日本の販売網はソフトバンクとの強いシナジーにより生まれたものであることから、日本では特例的にソフトバンクとアップルの間を強く結びつけるため、SIMロックが施されるのではないかという不安がありました。
総務省を巻き込んだSIMロック解除論議
このように、アップルの拡販に強い役割を果たしてきたソフトバンクはアップルに対してSIMロックを強く求めることが予想される事態であったため、ドコモは総務省に働きかけた上でSIMロック解除の世論醸成を試みるために打って出ます。
ソフトバンクは声を荒げて反対であることを伝えます。議論の中で販売奨励金のことを引き合いに出していますが、本当の事情はやはりアップルに対して厳しい契約条件から営業部隊まですべて捧げて手にしたiPhoneをもっていかれることに対する憤りであったに違いありません。
SIMロックのかからないiPadの計画が具体的に出てきてドコモはさらに加勢します。アップルの案内するiPad発売日が5月であることから逆算し、遅くともその1ヶ月前にはSIMロックの強制が世論として醸成されるべきなので、3月末までに結論を出すように総務省に急ぎました。対象にはiPadやその後のiPhoneもカバーできるよう、「現行世代の携帯電話も可能なものから」という一文まで盛り込み、次のiPadがSIMロックされずに発売されるようにドコモは全力を尽くしきりました。
アップルを納得させるための「電波改善宣言」
SIMロックの解除の方向性がほぼ固まりつつあった3月28日、ソフトバンクは基地局の倍増、フェムトの無料配布などを柱とした「電波改善宣言」を発表します。
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この時にフェムトの受け付け開始日が2010年5月10日になっていますが、これはちょうどiPadの予約開始日と同日です。孫正義氏もTwitter上で関連があることを認めているようですが*1、アップルが日本国内のiPadユーザーをSoftBank 3Gネットワークに閉じ込める代わりに具体策をソフトバンクに求めたものに対する答えと言えそうです。
そういえば当初は4月末に発売予定だったiPadが延期したときにアップルは「需要と供給の問題」と答えていましたが、もしかしたらアメリカ以外の諸外国にてiPadの販売条件がまとまるまでの時間稼ぎだったのかもしれませんし、5月10日という日程を3月のイベントでソフトバンクが把握していたとしたら、だいぶはやい時期から発売日の延期は内々で既定事項だったのかもしれませんね。
ドコモは肩すかしをくらったのか
今回のiPadは、アップルとソフトバンクの持ちつ持たれつな関係がSIMロックという絆で結ばれたことから、SIMフリー端末のおこぼれをあずかろうというドコモの作戦は空振りに終わる、という形で進みそうです。
しかし、ドコモはこのような結論も織り込み済みでmicro SIMの開発をしているでしょうし、端末もFOMAプラスエリアに対応しており、フィールドテストを進めていることでしょう。
そうなるとドコモに残された選択はソフトバンクが2年前にしたように、酸いも甘いもひっくるめたパートナーシップをアップルと締結することだけでしょう。今夏と噂される次世代iPhoneの販売権を獲得すべく、ドコモはまさに今が正念場のはずです。