七生養護学校の件について

七生養護学校の裁判について、いくつかの記事が注目を集めてる。


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ほかにもたくさん。


この件は特に、「《ジェンダーフリー騒動》のとばっちり」をモロに受けた残念なケースだったと思う。この教育事例への批判は、表向きは、性教育のあり方を問う形式になっていたんだけど、構築されたメディアイベント上では、あくまで「ジェンダーフリー叩き」のための口実に使われていった感が強い。その意味で、何重にも「現場無視」なイベントだった。せっかくの機会なので、このイベントが構築されていくプロセスについて、少し簡単な経緯をおさらいをしてみる。具体的には、「Web屋のネタ帳」さんのエントリで箇条書きされている「6」の部分についての補足、という形で。


2002年から「産経新聞」や『正論』といった保守系メディアで、「ジェンダーフリー教育」「過激な性教育」「男女共同参画」批判のキャンペーンが始まった。といってもその批判の多くは、価値闘争的というよりはむしろ流言ベースのバッシングだったといえ、「ジェンダーフリー教育」「過激な性教育」「男女共同参画」の3つを意図的に混同させ、「男女共同参画基本法」を廃止することを目標に社会問題化しようというものだった。しかし2005年に、男女共同参画基本計画に短い注意書きが入った以外、表向きの大きな成果はなかったことなどから、そのキャンペーンは2006年には収束していきました。ウェブ上でも流言が繰り返される機会は減ってきたように思うのだけれど、まとめサイト「ジェンダーフリーとは」とか、『バックラッシュ!』という本を作ったりしたことも、少しは役立ってくれたのかな、とか思っている。まる。


で、2002年頃の主な批判対象は、『ラブ&ボディBOOK』(母子衛星研究会、2001)という冊子に集中していた。同冊子にピルの説明があったことなどから、2002年5月、山谷えり子が答弁にて『思春期のためのラブ&ボディーBOOK』に触れつつ、「ジェンダーフリー教育や、あるいは性や家族、多様性と自立ということを余りにも前面に出して、年齢による発達段階、成熟度合いを無視したような、ある種の文化破壊であったり、ある場合は生き方破壊」と言及。産経新聞が2002年7月6日、「ピルというのは常用しなければ役に立たず、常用とは性行為の日常化のこと。これはフリーセックスの勧めだろう」と書き、同月に発売された『週刊新潮』(新潮社)にて、「厚労省版中学生向けセックス小冊子は子供に見せられない」と特集。山谷えり子が「日本の性教育はいまだにフリーセックス信仰から逃れられない。この冊子はその典型です」とコメント。同年8月、『思春期のためのラブ&ボディーBOOK』絶版、既に配布されたものが回収される。同年11月1日、2002年11月01日、衆議院文部科学委員会にて山谷えり子は、「中学生にピルを勧める、あるいはフリーセックスをあおるような内容の「思春期のためのラブ&ボディBOOK」、保護者も大変に反対いたしまして、波紋が広がって回収というようなことにもなったわけでございまして」と発言しつつ、アメリカの「成功例」について発言 。12月、産経新聞は「米国で禁欲主義教育広がる」という記事を掲載。28日には「性道徳の指導を抜きに、避妊の知識と技術を教えるだけの“コンドーム教育”も全国に広がっている」と記述。以降、「アメリカでは純潔教育が成功」 「アメリカではフェミニズムの害毒に目覚めた」というような定義パターンとのセットで反復されていく 。


そうこうして、「行き過ぎたジェンダーフリー」と「過激な性教育」が「根っこでつながっている」とする言説実践を経て、「ジェンダーフリーは過激な性教育を行うもの」という定義が広がっていく(各「合理化」の際に生じる矛盾点は、「破綻した論理に頼る左翼のオカシサ」として回収していくことで棚上げされていき、推進力が確保される)。「自分たちは男女平等に反対するわけでは必ずしもないが、過激なものをたたいて是正するのだ」という「先制反撃」の典型的な手法といえるもので、メディアイベントを構築する上ではなかなか効果的。で、そのサンプルは、2002年までの間には『ラブ&ボディBOOK』を中心に築かれていたが、2003年には、教材「スージー&フレッド」や、養護学校の事例等を中心に構築されていく。その経緯は、某所に書いた昔の文章からまるまる引用。

産経新聞が2003年2月23日付の「《主張》性教育 児童に過激な内容は慎め」にて、「性器の名称を教える」「性交について出題した」「性器が映った無修整の出産シーンが入ったビデオを見せた」と記述、7月2日付の「『性的虐待アニメビデオ』で性教育」という記事にて、「都内の公立小中学校や養護学校で計十一件の不適切な性教育が行われていたこと」、「事態を重く見た都教育庁は近く調査に乗り出す方針」と記述するなど、いくつかの論点が加えられる。
7月2日の東京都議会定例会にて、土居たかゆきは、「最近の性教育は、口に出す、文字に書くことがはばかられるほど、内容が先鋭化し、世間の常識とはかけ離れたものとなっています」と質問し、「せっくすのえほん」「からだのうた」 「スージーとフレッド」を紹介。「切教材配置の実態を含めて、問題が指摘された学校については至急、他の学校については順次調査をすべきと考えますが、見解を伺います」「三百二十人いる指導主事の活用を図り、都教委が直接、あるいは区市町村教育委員会と協力して、教員を直接指導する必要があると考えます」「他にも不適切図書、教材が存在していると考えますが、第一に調査、第二に廃棄処分とすべきと考えますが、見解を伺います。同時に、教材購入、自主教材の使用に当たって、チェック体制を確立すべきと考えますが、見解を伺います」と言及。
この質問に答えて、石原慎太郎東京都知事は、「挙げられた事例どれを見ても、あきれ果てるような事態が堆積している。(…)そういう異常な信念を持って、異常な指導をする先生というのは、どこかで大きな勘違いをしているんじゃないかと思う」と言及。横山洋吉教育長は、「からだのうた」について、「ご指摘の歌の内容は、とても人前で読むことがはばかられるものでございまして、男女の性器の名称が、児童の障害の程度や発達段階への配慮を欠いて使用されている、極めて不適切な教材でございます」と言及。
これらの発言が行われた2日後、東京都立七生養護学校に古賀俊昭、田代ひろし、土屋たかゆきの各都議会議員、町田の大西宣也市議、日野の渡辺眞市議、杉並の松浦芳子区議達と、東京都教委、産経新聞の記者達計17名が「調査」に入る。渡部眞、「具体的でないと分からないというなら、セックスもやらせるのか。体験を積ませて学ばせるやり方は共産主義の考え方だ」と発言。翌5日、産経新聞が「まるでアダルトショップのよう」と言及。9日には都教育委員会が「事情聴取」を行い、性教育についての教材145点を押収。
7月23日、日本の家庭を守る地方議員の会(代表、古賀俊昭、副代表、土屋たかゆき、田代ひろし)が都議会議事堂にて「不適切な性教育教材展示会」を開催。翌24日、産経新聞が「不適切な性教材公開」と報道。
8月28日、東京都教育委員会定例会会議録にて委員より「これは目的が違うはずです。組織的な犯罪です。これは性教育というものを持ち込んで、男らしさ、女らしさということを否定するという、今はやりの男女共同参画ということの名をかりたジェンダーフリーの徹底したイデオロギーです。そのことの一番大きなもとは、男女混合名簿の作成にあったわけです。ここが一番最初のスタートなんですね。しかし、今、男女混合名簿と言ってはいけないので、女男混合名簿と言わないといけないということになったようですけれども、これがおおもとです。そのことは指導部は知っているはずです」と言及。
『正論』9月号にて古賀俊昭、土屋たかゆきの連盟で「ここまできた性教育 アダルトグッズが乱舞する教室」を掲載。9月には都立養護学校の教員の大量処分がなされる(22校の校長、教頭、教員計102名を減給あるいは戒告、厳重注意処分。但し、性教育の実践内容については処分なし)。
12月15日、日本の家庭を守る地方議員の会と東京都の教育正常化を願う父母の会、「過激人権侵害性教育を許さない!都民集会」共催。渡部眞、公式HPにて「都教委が主体的に例のビデオ放送に関与したものたちを処分すればよいのです。カルトとも言うべき彼らの変態性教育の犠牲者をこれ以上増やしては不可ません」と記述(2004年2月26日)。
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「からだうた」や「スージーとフレッド」などの「セックス人形」は、養護学校で使われている知的障がいのある生徒向けの教材であり 、「ジェンダーフリー」とはほとんど関連付けられていないものであったが、性教育一般が「過激」になっている、それを「ジェンダーフリー」思想が推進しているという定義づけの論拠として繰り返し使用されていく。
『Sapio』2005年3月23日号では、七生擁護学校への「調査」の際に野牧雅子が撮影した写真が掲載され、「ジェンダーフリー推進派が力を入れる過激な性教育。性器のついた人形は小学生向けの教材だ」「コンドームの装着実習用教材。対象が小学校低学年から。このほか、男性性器模型と注射器を組み合わせ牛乳が飛ぶ仕掛けになっている。『射精』を教えるものなど、信じがたい教材が多くの学校で使われている」とのキャプションがつけられており、「ジェンダーフリー」に対するクレイム申し立てを誘導するミスリーダブルなものになっている。
この『Sapio』の記事は象徴的だ。いくつもの「過激な」例を列挙した後、「イデオロギーに捉われたジェンダーフリー推進派が家庭・国家の解体を夢見るのは勝手だが、その目的の犠牲になるのは未来ある子供たちである。ジェンダーフリー教育を、断じて、このまま野放しにするわけにはいかない」と括られる。性教育の具体的方法論や、価値判断に関する議論ではなく、誇張や修辞によって批判対象の「過激さ」を誇張することで批判言説の推進力を高めつつ、対象を攻撃するという言説パターンが反復されていったのだ。


要するに、「過激な性教育が蔓延している」という批判を行うために、七生養護学校の特殊なケースをマッチポンプ的に社会問題化し、男女共同参画批判に利用した、ということでFA、ってところかと。ちなみに、「小中学校の性教育実態調査などからみえてくるもの。」や「過激な性教育が蔓延しているか?」にも書いたように、一般的にも「過激な性教育が蔓延している」という実態はありそうになかったというオチがついている。というところで簡単なまとめおしまい。こうしたくだらない政治イベントは、これからも繰り返されるのだろうか。てか、読売新聞は「当時は、「男らしさ」や「女らしさ」を否定するジェンダー・フリーの運動とも連携した過激な性教育が、全国の小中高校にも広がっていた」とか書いてるけど、もろにあの騒動を鵜呑みしてるじゃん。ちったあ調べろっての。でも、読売新聞は昔からそういう立場だったからいまさら驚かない。


にしても、土屋都議のサイトはすげーな。
via:http://d.hatena.ne.jp/Prodigal_Son/20090313/1236914969