絶叫機械

造形する脚本家、麻草郁のブログ。

マンガ進化論 序章

喫茶店にて。
麻草「森川ジョージをもっと評価しようぜ!だって『はじめの一歩』がすげえんだよ、最近」
 友人「へえ」
麻草「まず沢村VS間柴ね、ここで描画に変化が出た。カミソリ、皮一枚、弾丸…そういう比喩表現をそのまま絵にしちゃうんだ、そこの描線が優れていてね、今週のマガジンでは一歩と間柴がスパーをするんだけど、鋭いジャブで一歩のヘッドギアがゼリーみたいにはじけるんだよ、でも次のコマでは元に戻ってる、つまり表現のレベルでファンタジーバトルに近い描写をしてるんだ。ファンタジーバトルが好きな、今の読者のニーズに合わせてるってわけ。もちろん前から必殺技のあるボクシングマンガではあったんだけど、それが描画に及んだってのが革新的なわけよ」
 友人「ふうん」
麻草「他にも後輩の板垣って奴が超動体視力の持ち主でね、相手が止まって見えるんだ、それを数十話の中で伏線をはって、丹念に描く!やってることは地味なんだけど、表現がド派手なんだよなあ、そこがすごいと思うね」
 友人「そうなの?」
麻草「だってさ、普通『流行ってるのはこれだ!』って言われたら、素直にそれ書いちゃうぜ。ジャンプだと『テニスの王子様』を見てよ、あれ、選手が客席まで吹っ飛んだり、オーラが観客にも見えたり、大変なことになっちゃってるけどさ、明らかにサービスの方向性間違ってるじゃない……絵もうまくならないし」
 友人「あ、それは良くないよ」
麻草「えっ?」
 友人「いい年してマンガ読んでるってだけでキモいんだから、現状否定するのはケツ丸出しでかっこつけてるのと一緒だと思うよ」
麻草「な、なな?どういうこと?」
 友人「だいたいね、君の言ってることは、長期連載マンガでは当たり前のことだし……二十年近く連載している作家が八年くらい連載している作家に比べて優れている、って証拠にはならないんだよ」
麻草「そう?」
 友人「進化論って知ってるだろ」
麻草「うん」
 友人「人類ってのは進化の頂点にいるんだっけ?」
麻草「いやいや、人類が今の形なのは、その環境にピッタリな形に進化しただけであって、決して頂点にいるとか優れているとかそういうことじゃない。数が増えることを優れていると言うならバクテリアが頂点だし、種類の多さなら昆虫が一番だし。環境を変化させて快適な空間を作る、ってことなら人類が一番かもしれないけど」
 友人「そう、進化ってのは、砂の上を流れる水の通り道みたいなものだ。流れが分かれたり一緒になったりするのは偶然だけど、その環境……砂が粗いとか、湿っているとか、そういったものの影響を受けて偏る。その偏りを見て、優れているとか劣っているというのは……意味がない。ま、進化ってのはたとえ話だけど」
麻草「いや……でもね、言いたいのはそういうことじゃなくて」
 友人「わかってるよ、マガジンって雑誌の中で生き残ってきた森川ジョージという作家は、環境に適応しながらも、その基本形を変えないから偉い、ってんだろ、うん、おれも偉いと思うよ」
麻草「だろ?」
 友人「だったら『マガジン』っていう同じ環境の中のマンガを引き合いに出すべきだよ。『ジャンプ』と『マガジン』じゃ環境が違いすぎる……どうせマガジンのほかのマンガはあまり読んでないんだろう?」
麻草「そんなことないよ、あの『エアギア』とか、読んでるよ」
 友人「君は前から大暮維人が好きだったじゃないか、チェックするのは当然だろ。そうだなあ『トッキュー』は読んでも『ネギま!』は読んでないだろう、それに『あひるの空』なんて見てもいないんじゃない?」
麻草「いや……ちゃんと、読んでる……よ…」
 友人「いいんだよ、出ている雑誌を全部読める奴なんてよほどヒマなだけだ。君だって、仕事上身近に雑誌があるから読めるだけじゃないか。マンガってのは、もう全部を網羅できるほど小さな生態系じゃないんだよ、だから同じ少年向けマンガだって、安易に比べていいものじゃないんだ」
麻草「でもね、あの……」
 友人「『はじめの一歩』は最近読んでなかったんだ、読んでみるよ、面白そうだし」
麻草「うん!だろう?面白いんだよ!」
 友人「映画と同じようにマンガもジャンルの細分化が起こり、全てを網羅することは難しくなってしまった。これからは音楽と同じように『マンガ批評』ではなく『少年マンガ批評』もしくは『ジャンプ批評』といった独自の呼称が必要になるだろうね。それに、麻草君のやってる図像学的な分析というのは、マーケティング分析とは切り離すべきだ、もちろん重なる部分はあるけど、一つの論の中でやっては混乱を招くだけだからね。文芸批評とは違う道をマンガ批評は進んでいく、それがこの時代……印刷と搬送の技術が発達したこの時代に生まれて育ったマンガと、その批評のあるべき姿なんだ」
麻草「……どこ向いて喋ってんの?」
 友人「さあ?どこだろう?たぶんきっと、すごく広いところだよ」
つづく(どこかへ)