前回のエントリを受けて紹介していただいた資料いろいろ読んだが、まずこれをとりあげるのがよさそうだ。
「再分配政策の政治経済学」が専門の権丈善一氏の記事。混合診療問題そのものというよりは医療崩壊問題に対する処方箋として医療保険制度をどうするべきかという話。議論の前提として、日本の場合制度をどうする以前に金かけなさすぎ! ということが重要になる。
国が負担する医療費が絶対的に少なすぎるから医療崩壊が進む。まず国際基準のレベルまで医療費を増やさなくてはならない。
増やし方は大きく分けて二通りあって、一つは公費で平等に賄う方法、もう一つは私費を上乗せして(混合診療)賄う方法。前者は「平等消費型医療制度」を維持したまま医療費方法、後者はアメリカ型の「階層消費型医療制度」に移行するという方法。p4 の図で見るとわかりやすい。
グラフは縦軸が一人当たりの医療費、横軸が一人当たりの所得。グラフ上の点を、所得X円の人がY円の医療サービスを受けられる、と読めばよい。灰色で塗りつぶした部分が医療費の増分になる。*1
どちらも医療費の総額は増える*2のだが、階層消費型医療制度に移行した場合は割を食う人が出てくる。これは二つのグラフを重ね合わせるとよくわかる。
上の図で赤いラインより左側の人たち(つまり所得の低い人たち)は医療費が増えても依然国際標準より低い医療費で治療を受けなくてはならない。赤く塗りつぶした三角形の部分が足りない分だ。
もっともこのグラフだと医療費を増やすというのが前提なので、一番損してる人でも現状維持にはなっている。国際標準以下なのが問題とする立場からは現状維持はそれだけで問題なのだが、混合診療解禁(階層消費医療制度への移行)に反対する人たちの多くは所得が低い人は現状より悪くなるとしている。グラフにするとこうだ。
混合診療解禁を推進する人たちは混合診療解禁を医療費を今より減らすための処方箋として提案しているフシがある*3ので、もしその方向で推進されるなら「医療費を減らして階層消費医療制度に移行」というパターンになってしまい、割を食う人は現状より悪くなってしまうのだ。
一方僕が想像していた状況はグラフにするとこうなる。
正確に言うと僕は日本の医療費が国際水準に比べて特に低いとは思っていなかったので公費の増分は考慮していなかった。増やさなくてはいけないとした上で考えると上のグラフになる。*4
権丈氏は「医療は平等消費が望ましい」とする立場なので、これでもダメと言うかもしれないが、僕はこれなら問題ないと思うので混合診療の何が悪いの? 的な事を書いた。しかし、大元の問題が「医療費が足りない」「医療費をどうやって増やすか」ということなら僕の議論は半分くらいは的はずれだったことになる。
まとめると…
「混合診療を解禁したらヤバくなる」のではない。日本は今既にヤバいのだ。医療費が足りない。
医療費を増やす処方箋の一つとして混合診療解禁がある。しかし、私費で増やすこの方法では低所得者はヤバいまま取り残されてしまう。実際には「今既にヤバい」という意識が希薄な人たちが解禁を推進しているらしい。だとすると低所得者は取り残されるよりも悪い状況に追い込まれる可能性がある。
そういう意味で「今の日本で推進されている混合診療解禁」は容認できない。今の日本の状況では先に公費の医療費を一定のレベルまで増やす必要がある。混合診療解禁に医療費増額以外のメリットがあり需要があるとしても、まずは公費でそのレベルをクリアするという国民的合意が形成されないと、不平等かつ不十分な医療費分配で医療費増額が実現され問題が解決したことにされてしまう危険性がある。
とはいえ…
混合診療解禁は「危険だから反対」というのではなく「医療費問題に対する間違った処方箋だから反対」と言った方が筋が通っていると思う。しかし、まず大元の「医療費を増やさなくてはならない」という点で合意がないといけないし、混合診療が禁止されていることのデメリット自体は医療費問題が解決しても直接には解決されないので、それはそれで別問題、という話になる。インチキ医療の話とかはその別問題の方に関わる話であり、医療費問題を軸とした見方の方が大事だと思ったので、今回は割愛した。
*1:実際には所得階層毎に人口が違うので灰色部分の面積と医療費は比例しないはずだが論旨に影響はないと思う。
*2:階層消費医療制度の方がより増えている図になっているが意図してかどうかわからない。論旨には関係しないと思う。
*3:参照:混合診療解禁で保険診療が縮小されるのはガチ (NATROMの日記)
*4:公費の治療の一部が私費に置き換えられる効果があるならば公費部分の右側のあたりが少し削れることになる。以前のエントリとコメント欄でそのあたりを話題にしたが、議論の大枠からは外れた話だと思えてきたので今回は棚上げする。