雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

ニッポンのSIが置かれている隘路と展望

まあ別に給与水準が下がれば転職すればいいし、それが産業のダイナミズムって気もするんだけど。ニッポンのSI業界が置かれている隘路って1990年代以降オープン化でハードの利鞘を稼げなくなったところに、開発生産性の劇的な向上と技術サイクルの短期化で生産性格差が劇的に拡大し、プロジェクトの失敗リスクが増大したことにある。かかる環境変化で、以前から潜在的な問題であった系列取引、重層的下請け構造、人月商法、人材の低い専門性といった課題がリスク要因として浮き彫りになった。

ブランド力が通用しない市場は、自然と価格競争になるわけですが、今のSIerは、どこも同じような重量級の開発プロセスだから、開発プロセスでは差がつかない。後は、下請けの単価を下げるか、自分たちの給料を下げるかになってしまいます。
つまり、SIerの給与水準は、今後少しずつ下がっていく。負けているわけじゃないけど、ジリ貧みたいな。

残念なことに情報サービス産業を所管する経済官庁は、30年以上も手を変え品を変え華々しいお題目で予算を撒き、国家プロジェクトの遂行や、ソフトのモジュール化、プロセスの標準化といった手を打ってきたが、大きく状況を変えることはできなかった。理由は結局のところソフト産業の振興という政策課題に於いて、役所の常套手段であるエミュレーションという手法が有効ではなかったのだろう。
政策のエミュレーションとは、成功している国の政策手法や産業構造を我が国に持ち込む方法である。新たなポストに赴任して2年以内で成果を出すことを求められるキャリア官僚は、政策対象について詳らかに勉強して自分の頭で考えるよりは、海外で成功している政策や業態を手っ取り早く持ち込もうとする。けだしソフト産業で成功しているのは米国くらいで、欧州は日本以上にコンピュータ産業が壊滅している。そして米国のソフト産業は米国特有の産業構造に根ざしており、部分的に真似ても日本で定着しない。
例えば日本では手組みが多く、パッケージの活用が進んでいない点について。米国ではユーザー企業もITベンダも雇用が流動しており、ユーザー企業に優秀なIT担当がいて自分で判断するし、不必要に独自のビジネスプロセスを組むと中途採用や教育コストに跳ね返る。逆に日本は雇用流動性が低いから、ユーザー企業は細かいビジネスプロセスの差異で同業他社との差別化を図る一方で、ローテーション人事でIT部門の責任者がITに疎い場合が少なからずある。ITベンダも技術者を切れないから、コスト増すになってでも稼働率を上げるために手組みの仕事を増やそうとする。ユーザー企業から指摘されたり、プロジェクトが傾いてから仕方なくパッケージを買う場合も少なからずあるようだ。
そもそも日米で制約条件が違い、合理的行動であっても違いが生じる訳で、米国が民間ベースでうまくいっているところ、日本政府が政策的に米国をエミュレーションしようにも無理がある。もっと壊滅状況にある欧州も参考にならない。破竹の勢いで伸びるBRICsとは局面が全く違う。真似る先がないのだから、官民共に自分の頭で考えるしかないし、目標ありきではなく解を模索する枠組みを考えることが重要だ。数年前まで枠組みを考えるフレームワーク派が試行錯誤していたが、概ね下野して最近は無理に目標を設定するターゲティング派が再び擡頭しているらしい。閑話休題。
情報サービス産業を伸ばすアプローチは考えるに、マクロでは人材流動化とかで社会を米国化していく方法と、ミクロでは個別のリスク要因を潰していく方法がある。前者は政策でいうと派遣業の規制緩和、労働契約法、ITSSやジョブカード等による人材流動化で、後者は企業努力でいうと、PMOの設置、FP法や成功報酬モデル等による人月商法からの脱却、上流工程への移行、パッケージ・SaaS化などがあるのだろう。しかし受託開発とパッケージ・SaaSとでは求められる財務や技術力、追うリスクが大きく異なる。受託の延長で顧客との関係を維持しつつパッケージ化・共通化を進めることは極めて難しい。誰もが上流工程ばかり手がけてもシステムは組み上がらない。
プログラミング・ファースト開発の勘所のひとつは、開発者による意志決定を顧客企業が受け入れる信頼関係ではないか。ITの効果を最大限に引き出そうとすれば、システム個別の仕様だけでなくビジネスプロセスに踏み込む必要がある場合も出てくる。顧客企業の中でさえ、IT部門が現業部門に口出せないケースが少なからずある。そこに踏み込むには経営陣との信頼関係で何とかなる場合もあれば、経営権を握る必要がある場合もあるだろう。企業再生ファンドお抱えのITソリューション・ベンダといった新業態が出てくるかも知れない。
景気が悪化していることは情報サービス産業全体にとって悪い兆候だが、業界に新風を吹き込もうとする挑戦者には追い風だ。無名でも志のある企業は優秀な人材を採りやすくなるし、これまでの事業モデルやビジネスプロセスでは立ち行かないユーザー企業も増える。経済的に背に腹が変えられなければこそ、角が立ってでも革新的かつ踏み込んだ提案が通る機会が増えるだろう。失敗を恐れず、粘り強く繰り返し変革を推し進める姿勢が重要だ。日本社会では非常に難しいことだけれど。