たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

「メンヘラちゃん」があまりにも素晴らしくて心の整理がつかない。

 
メンヘラちゃん(K.)

 
今年の3月14日に最終回を迎えた、琴葉とこさんのWEBマンガの「メンヘラちゃん」。
完全に個人の趣味で描いておられる作品で、全107話+αというものすごい量なんですが、これがゾッとするくらい面白いのですよ。
正直、読んだ後完全に「自分」が飲み込まれてしまって、しばし呆然としていました。
WEBマンガでこういう体験は、「ミッションちゃんの大冒険」や「オナニーマスター黒沢」などでも体験しましたが、今回のはまた別格。
とにかく読んで欲しい作品なのと、頭の中が「メンヘラちゃん」一色でこれ吐き出さないと多分自分寝られないのでひたすら書きます。
ただ、どんなに100の言葉を並べても作品を読んでいただくことにかなうものはないので、この時点で興味を持ってくださった方は下記のエントリなんて読まずにすぐにサイトにいって「COMIC」から読んでみてください。
あえていえば、50話からが真骨頂なので、一気に読んで欲しいのです。
あと、読むときに色眼鏡というかバイアス(○○なのに〇〇!という作者補正の感覚)かかると「マンガを純粋に楽しむ」点でもったいないので、「About」は読み終わってから見た方がいいんじゃないかなと思います。
 

●パロディとしての鬱●

「鬱」は本当にテーマとして扱うのが難しいです。
真剣に書きすぎちゃうと、齟齬が出たりずれが生じたりします。100人いれば100の心理があるからどうしようもない。
うまくそこを切り開いたのは久米田康治先生だと思います。「かってに改蔵」や「さよなら絶望先生」で、リスカネタや自殺未遂ネタをギャグとして昇華し、躁と鬱を笑いに変えました。あれは実は結構凄まじい技術だと思います。
 
この「メンヘラちゃん」も前半はその久米田イズムをうまーく踏襲して、鬱を笑いに変えているんですよ。
最初その「メンヘラ」という言葉を聞いて、ちょっとゾワっとしたんですよ。えっ、そんなネタ扱って大丈夫なの?綱渡りだよ?と。
全くもって杞憂でした。前半は見事なまでに「鬱」をギャグマンガとして昇華しています。
しかも、ちゃんと「萌え」られるキャラ作りがされている。それがまずすごい。
 
鬱を笑いにするマンガは結構あるとおもうんですが、たとえば第3話。
ユーパンは精神安定剤、リスパダールは不安や緊張の鎮静剤、アナフラニールは鬱の緩和や不眠の治療に使う薬です。
自分もあまり詳しくないですが、「これを飲めばなんでも治るよ」という薬じゃなくて、パニック障害や強迫観念、緊張からの不安タイプの鬱に対して処方されている薬でしょうね。うつ病と言っても色々種類があるのですが、的確にメンヘラちゃんの病状にあわせている(後半になると分かります)。
さらっとギャグにしていますが、ちょっとこれは適当に作って出てくるネタじゃないですよ。ちゃんと分かってネタにされている。
8話の「あるある」ネタも、ここで「あるある」と思えるか思えないかで好みが分かれるとは思いますが、「あるある」と感じられた人ならこの作品がただのギャグで終わらないことを察知出来るのではないかと思います。
16話なんかは「ウェインキャット」ネタを知っている人なら「うわー!」ってなりますね。なんだこの知識量。
関連・ウェイン・キャットについてしらべてみた。
 
ほんとデリケートな問題なだけに扱いづらいネタを、丁寧なさじ加減で調節しているのが前半のすごさです。ギャグにしつつもきちんとマンガとして配慮もされている。
また病弱ちゃんの暴走自爆っぷりと、けんこうくんの柔らかい立ち位置がうまい。読んでいて前半はテンポがいいので、嫌味がありません。素直に自虐ネタたっぷりなメンヘラちゃんを「かわいい」と感じられます。
問題はこの後だ。
 

●伝える。●

前半は基本的に鬱をネタにしたジョークでまとまっているのですが、空気が変わるのは50話からです。
50話を見てもらえば、一発で分かると思います。
ギャグとして遠くから眺めていた鬱。それにまっすぐ立ち向かい始めるのがここからです。
実は全部読み終わってから前半を見ると、病弱ちゃんやけんこうくんのネタも含めてちゃんとそれぞれの回の細かい部分がつながっているのがまたすごいんですが……まあそれは読み終わってから、二周目に読めば分かります。
54話、60話あたりから、ギャグとして成立はしているけれども生々しいネタがドンドン追加されていきます。
自分はこのへんで飲まれました。
ああ、この作品何かに立ち向かってる、すごい強固な軸があって、何か描こうとしているんだと。
 
そして、長編になる61話、64話、68話で、一気にこの作品の凄まじさが膨れ上がります。
内容は見てもらうべきだと思うので書きません。
ただ「すごい」だけだと伝わらないので、自分の拙い言葉でなんとか表現するとするならば。
 
「うつ病」とか精神の病とか、心の傷って、分からないんですよ。
「君の気持わかるよ」と言ったって分かるわけがない。だってその人の苦しさだから。むしろ下手に言ったらかえって傷つけてしまう。
メンヘラちゃんは前半それを冗談として扱っていましたが、61、64話でもう抑えきれなくなるんです。
ある人から見たらそれは悪気なく「わがままで自分勝手」と取る人もいるであろう彼女の気持ち。これは絶対メンヘラちゃんにしか分からないし、親身になっているけんこうくんにすら分からないんです。
ですが、その解り得ない鬱の気持ちの少しでも、マンガで分かるように描いているのがすごい。
何らかの言葉で長々描くわけじゃないです。
物語と、表情と、人間の距離感で、メンヘラちゃんの苦しみの一部がじわじわとこっちに染み込んでくる。
 
マンガの持つ力は驚異的なものがあります。
時に、映像や、あるいは現実に会って話すよりも、現実味(と感じさせるもの)を読者に与えます。
その力を持っているんですよこの作品は。
しかも、「鬱」という、実体験しないことには分からないものを。
 
上手いのは、どぎついリアリティだけにとどまらず、ちゃんと「ネタ」を用意して笑わせたり、あるいは「かわいい」を盛り込んでみたり、なんだか良い話になって泣かせてくれたりの調節がされているところ。前半のような笑いのネタも混ぜているので緩急がまた絶妙。
ええ、50話以降ヘビーな話が増えます。増えますがちゃんとマンガとして「面白い」から、どんどん読ませてくれる。読まずにいられなくなる。
 

●立ち向かう。●

70話あたりからは、鬱の恐怖がじわじわと描かれ始めます。
朝起きる時のどうにもならない不安と絶望と恐怖感や、人ごみの中の猛烈なパニック障害。
うつ病は、朝起きる時と寝る前に猛烈な不安を感じるのです。理由はないのです。人ごみの中にいるとき「怖い」以外の理屈じゃない感情のパニックに襲われる症状も存在します。
「なぜですか」「どうして」「どうしたの」それらは心遣いからくる、全部優しくて正しい言葉だけど、実は不安というものには理由がないということを描いていることが凄まじい。
そして「人に迷惑かけてごめんなさい」「どうにもならい自分がいやだ」「私はみんなに嫌われている」という負の連鎖による自己嫌悪の描写があまりにも的確。そんなことないよ、という言葉がなかなか届かないのを描くのは非常に難しいはずです。
 
自分が一連のこの作品でも傑作だと思っているのが71話で描かれる薬に対する感覚。これは分からない人には一生分からない話だと思います。
「薬」に頼る自分への嫌悪。
抑えのきかない自分への自己嫌悪。
飲まないで頑張って治さなきゃという強迫観念。
本当は病気なので風邪と同様、薬を飲まないといけないんです。が、それが分からなくなるこの感覚をよく描いたなと、ゾッとしました。
しかもこれ、70話の「ちょっと良い話」的な部分とシンクロしたが故にこじれている、といううつ症状を的確に表現しています。プラスだったはずのことが、マイナスになってしまう恐怖に近い感覚。なんだこれ、どうしてこんなのが描けるんだ!?
少なくとも、自分だったらこれは「表現する」のが恐ろしくて、描けない。
 
もう一つ、絶賛したいのは81話。こちらはギャグなんですが。
薬の副作用で体重が増えるという知識自体知らない人には分からないですし、飲みたくない薬を飲んで体重が増える事がいかに苦痛で、生きていることが苦しくなるか、理解しようがありません。
それをネタにし、笑わせながら、かつ自己嫌悪や他人不信の渦を描きながら、きちんと落とし所に向かっていったこの話は「すごい」だけじゃなくて、鬱経験のない人でもこの展開に勇気をもらえるはず。
あるいは、「周囲に鬱な人がいるんだけど、自分は何が出来るんだろう、何を言えばいいんだろう?」と悩んでいる人に対しての、答の一つもあります。
すげえよ、これよく描いたよ。なんども言うけど自分は怖くて、言葉としてでも書く勇気ないですよ。
 

●「死にたい」「生きていいんだ」●

87話からは連続で話が続きます。
ここからは本気で「鬱」という世界へ立ち向かう物語です。
 
前半のギャグパートは、実はいわばクローズドな世界です。
メンヘラちゃん、けんこうくん、病弱ちゃんの3人で、鬱でも病弱でもそれなりに「幸せ」なんですよね、閉じているから。
ところがこのあたりから「世界は実は開いている」ことがきちんと描写され、いつまでもそのままでいればいいのに、というぬるま湯をどんどん破壊していきます。
この感覚、実は「鬱」じゃなくても読んでもらえば十二分に分かると思います。ただ、鬱なのでちょっとだけそれにブーストがかかりすぎちゃっている。
そして怒涛の展開になる97話以降。
ええ、内容は述べません。見てください。ただひたすらに見て欲しいとしか言えない。
ひとつ言えるのは「鬱」が特別なものではない、ということ。
開いた世界の中で、人間誰しもの精神の中にある「不安」をきちんと形として描き出しています。
 

●答はない。●

そこから一気に最終回まで突き進んでいきます。途中に出てくる新キャラのタイミングがまたうまい。
どうしてもこういう「精神」を扱った話って、何らかの結論に到達しなければいけないような不安感が描き手側に生まれるものですが、よくこの作者は「この地点」に着地したなと感じました。
ネタバレは避けますが、「これで終わりではない」というのをしっかり描いた、むしろ「ここからなんだ」というのをきちんと理解して描いているんです。最善の形で。
「薬が〜」のくだりを見て、本泣きしたおっさんがここに一人。
 
先程も書きましたが、最後まで読んで、もし時間に余裕があったら、もう一度最初から読んでみてください。スラップスティックでブラックジョークメインの前半50話までの明るい空気が、なぜあったのかが分かります。元気でさわやかなけんこうくん、病弱なのか元気なのかわからん生き生きとした病弱ちゃん、時々自虐ギャグを言って楽しんでいるメンヘラちゃん、それぞれの心理が実は最終的に回収されていることに驚きます。
 
感動しました、なんて書くのは簡単なんですが……そうじゃないんだよなあ。
ええ、感動したよ。なんども読み返したよ。
ただそうじゃなくて、自分はなんていうんだろう、尊敬したに近いかもしれません。
 
この作品描くの、多分ものすごい魂削ってると思います。
もちろん、あらゆるギャグ・エロ・シリアス・アクション……すべての作品は人生と魂の切り売りです、魂削っていない作品なんてあんまりありません。しかしそれを踏まえたとしても、この作品の魂の削り方は傍目に見ても異常です。
ある意味、WEBマンガという媒体(pixivにもあがっています)であることを最大限に活かして、マンガの表現を自由に制限なく使いまくって描いているからこその作品でしょう。一番いい表現場所を見つけていると思います。
 
何度も言いますが、自分がもしこの題材を目の前に描くことになったら、多分途中で単なる感情の吐露や、大げさな表現に逃げてしまう気がします。
でも逃げないんですこの作品は!
いや違うか、「逃げてもいいんだよ」と逃げない。わかりづらいな!
しっかりとした軸があって、物語になっているんです。
今年の3月14日にあわせ、リアルタイムで最後まで描ききった。結論のない人生の一部をライブのようにして描いた。
ただひたすらに、その点を尊敬してやまない。
 
マンガの技術論とか色々語るところも多い作品だとも思います。影響を受けた作品などを考えるとさらに楽しめると思います。
思いますが自分は完全に、作品の空気に飲まれてしまいました。技法云々どころじゃないんです。マンガの向こうから押し寄せて来る熱量がおかしい、尋常じゃない。何度かそういう作品にあう度に圧倒されて、脳みそと魂が全部持っていかれる体験がありましたが、今回もそうです。
だからこれを書いてます。
感動をありがとう・・・?
いや、どちらかというと・・・。勇気をありがとうに近いかもしれません。
おそらく一番難しいのは、このような心を描く作品を「完結」させることです。作品作った経験のある人なら、いかに物語を完結させることが難しいか分かると思います。
素晴らしい作品を、ありがとう。
完結してくれて、ありがとう。
 

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ちなみに「女装くんと男装ちゃん」も面白いです。こちらはメンヘラちゃんよりはライトですが、なかなか鋭いです。
 
最後に。
全部読み終わってから「About」にある「profile」を見てください。
最初にも書きましたが、出来れば、先にこれを見てしまうとバイアスがかかるので、読み終わった後がいいと思います。
びっくりしたよ……。
 

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自分は一生の中で、これだけの「表現」出来るんだろうか?
ただ、わかった。「出来ない」ことはないんだ、ということが。
だから、勇気をありがとう、メンヘラちゃん。作者さん。
 

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いっぱい書いたら落ち着いた。
「ミスミソウ」とか「放浪息子」とか読んだ時にもこういう「うわー!」って感覚に襲われたけど、今回もやられたなあー。
人間誰しもそうですが、自分の中には沢山の「不安」や「恐怖」があるんだけど、それを「表現しなきゃいけない」じゃなくて「表現してもいいんだ」と言うのを、このメンヘラちゃんは認識させてくれました。
人間って、不安や恐怖や悩みや困惑を「表現」出来るんですよ? 
いやまあ、技術がないので時間はかかるけどもさ。
それって、ありがたいことじゃないか。
 
メンヘラちゃん(K.)
「琴葉とこ」のプロフィール [pixiv]
カラーはアナログなのか! すごいキレイなのでそちらも必見。