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関谷あさみ「無限遠点」から見る、同性だから嫉妬してしまう心理。

つぼみvol.4 - まんがタイムきららWeb(試し読みあり)
「つぼみ」4号目がすごいです。全体のレベルがおかしい。半端じゃなさすぎる。
まず男性も女性も読みやすい絵柄でバランスが保たれているのがすごい。
そして、女性の心理の機微の隙間を突いてくる作品が多いのがすごい。
 
今回の中では関谷あさみ先生の「無限遠点」がとにかく自分の中で強烈すぎて、衝撃を受けたのでメモをしておきます。
「女性が女性を好きになる」時に生まれる、避けられない感情の一つをがっちりとたたき出したとんでもない作品です。
それは、嫉妬。
相手が誰かを好きになることへの嫉妬ではなく、その人自身への嫉妬心です。
 

●自分は一体何が好きなんだろう?●

ヘテロだろうが同性だろうが言えることですが、恋愛について回る一つの議題は「自分が何を好きなのか」です。
まあもちろん「相手のことを好きだよ」と普通は言うでしょう。だってそれが恋だし。
しかし、実はよく考え直すなら自分が好きな場合も、間違いなくあります。
その人に認められている自分が好き。
その人を好いている自分が好き。
自分が好きだからその人が別の人間だとわかり、抵抗を覚えてしまう。
 
人間は思っているほどバカじゃない。中高生だって恋愛について自分が空回っているのに気づくことはある。
「ああ、自分は自分が好きなんだな」と理解した時、猛烈な自己嫌悪に陥ることになります。
 
しかし、異性ならそこを乗り越えられる便利な呪文があるわけです。
「あの人は自分と違うから」。
男性と女性の思考は、個人差はあると言ってもやはり根本的に強烈な壁があります。こと恋をする際に「相手が自分にないものを持っている」というのは憧れを含んだ吸引力になります。
違うから、いいんです。
ところが同性同士だといやおうなく突きつけられます。
同じなのに、違うものを持っているなんて悔しい。
同じなのに、出来ないことがある。
イライラする。
 
少女は困惑しつつ、高ぶる感情を心に秘めつつも、視線は冷静です。

この子、京子は明るく元気ではつらつとした子です。
彼女は自分が女の人を好きだ、とぽろっと漏らした後、冷静にこのように言いました。
なぜ、好きな相手なのに、自分より完璧だと、自分の方が劣っているように見えてイライラするんだろう?
やはり、自分が好きだからなんだろうか、と自分に問う。自分のことばかり優先して苛立つ自分が、いやだ。
 

●同性の壁は限りなく厚くて●


割とざくっと「マジョリティから見れば」という話を持ち出してくるのは最初ぎょっとしました。
百合作品で「女の子同士の恋愛は当たり前か否か」は極めてデリケートで、世界観そのものを方向付ける重大な描写だったりします。
この作品はどちらかというと、女の子が女の子を好きになる感情に、壁を作っていません。ただ単純に「マジョリティではないよね」と言い切ることで、彼女たちの感情が逆に認められているんですよ。この会話は本当にうまい。
同性を好きになることが問題じゃないんです。マジョリティかマイノリティかそれだけの話とすっぱりわりきっています。
一旦その点を明確化することで、さらに深い「本当の問題」について問いかけられます。
 
本当に問題なのは、双方が女性であることによって生まれてしまう感情の理由のないぶつかり合いです。
そもそも嫉妬心に理由なんてないじゃないですか。おさえろって言ったってどうにもならないじゃないですか。
でもそのモヤモヤって異性だと、先ほど書いたように開き直れるんです。「この人は私と違うから」。
男女って、違うよね。脳の作りから。思考過程から。何もかもとは言わないけど、違うから好きになりやすい。
開き直れる。
 
この作品がすごいのは、百合がよくテーマにする「女の子同士の恋愛の難しさは外部からの視点にある」という点をあっさり乗り越えて、その向こうにある「女の子同士だから難しくなる距離感」に焦点を当てているところです。

異性と結ばれんのは、絶対に超えて行けへん性の差があるから…
男も女もお互い完全に相手の性にはなられへんやろ。
まったく別のモノやから安心して好きになれる…。
同性やと、自分と同じモノなだけ嫉妬するんやと思う。
相手が自分よりいいもんを持っとると、余計にな。
(「無限遠点」より)

女性同士は、距離が近い。異性が彼岸にある存在なのに対して、同性は「こちら側」だ。
だから「自分と同じ」だと感じてしまう所も生じうる。
だから、イライラする。嫉妬する。

結婚しやすいから「異性」になって近づきたい、そう望んでいるんじゃない。
同性だと、素直な「好き」の感情が、余計な嫉妬心に阻まれて困惑して苦しいんだ、と。
異性なら、こんな感情に苦しまずに済むのに。
 
物語の中ではさらにその点、一人の感情ではなく多人数の感情で描写されていきます。

人を好きになるということは、自分の鏡を突きつけられること。
困惑もするし、自分がいやな部分もまざまざと見せつけられることになります。
一番問題になるのは「つきあえるかどうか」じゃないです。「思いが通じるかどうか」だけでもないです。もっともっと面倒臭い、自分の中での感覚の再確認で突き当たる問題であることを、この作品は描いています。
再確認出来たとしても、それを認められなかったりもするしね。
 

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数多くある百合作品でも、同性故に衝突してしまう「恋愛ではない相手への嫉妬」を描いているこの作品はとても貴重だと思います。なかなか気づかない点というか、スルーしがちな点というか。よくここを突いてきたな!と仰天。こういう嫉妬心は男同士でも深くあるかもしれませんね。

とにかく京子ちゃんが明るいため、全体的に救われている感がありますが、どうしてそういう描写になるのかは…読んでのお楽しみ。明るさが逆に心に刺さります。
自分は女性ではないけれども、朝永さんの言葉や形にならない嫉妬心にものっそい脳みその奥をやられました。
「好きになる」のが難しいんじゃなくて、「好きを維持する」方が何千倍も難しいのな。
 
「つぼみ」4号は他にも書きたいことが多すぎるので、また別途。
特に大朋めがね先生の女の子のしたたかさっぷりがすごいツボでした。「女性の感性で描く女性像」がどんどん作品として描写され、人間感情のテーマを掘り下げて行っていることに、ドキドキして仕方ないよ!

エロマンガですが、YOURDOGも読むたびに視線の角度が変わって色々な読み方が出来る、いい作品ですよね。番外編にあたる同人誌もあわせて読むと一層面白いです。
 
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少女の触れられた感覚を紙の上に。「ツイン・テイル」
関谷あさみ先生の描く少女の愛しさと男性の弱さと。「三箇日」
女の子が冷静に世界を見つつも、自分の体と心に翻弄される様が、関谷先生の作品の面白さだと思います。
にしても関谷先生の描くショートカット女学生のかわいさは異常だと思う。
 
おまけ。

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