Berryz工房 青春バスガイド/ライバル 発売記念イベント

さて、俺はモー娘。の五期メンバーが加入したあたりで一度ハロプロのファンをやめている。あれこれあって再びヲタ界に戻って来たものの現在はCDを聴ければそれで満足という状態で、コンサートやイベントに足を運ぶことは二度とないだろうなと思っていた。ところが先日買ったBerryz工房のCDに封入されていたイベント抽選券が当たり、数年ぶりに魑魅魍魎の蠢く会場へ向かう事となった(無論、我自身もその百鬼夜行の一員であるのだが)。この手のイベントの目玉となっているのはミニコンサート終了後の握手会であるらしく、意中のメンバーの手を握るためにヲタ達はこぞって同じCDを何枚も何十枚も買うのだと聞く。しかし基本的に二次元オタである俺からすれば握手というものにあまり興味はなく、というか本来は友愛の情を示すためや信頼の証明として行われる握手という行為が、年端も行かぬ娘達と中年男性である俺の間で何の意思疎通もないまま行われるという状況が、ただただ不可解であるとすら言えた。にも関わらず俺が握手会の列に並ぶのはBerryz工房の巨人・熊井ちゃんを間近で見るためであった。15歳の若さでありながら一説によると182cmを超えたという、アイドルとしては完全に規格外なその姿をひと目だけでも見たいという気持ちは抑え切れなかったのだ。
ミニコンサートが始まり、メンバーがステージに登場した時に驚いたのは、その顔の小ささだった。よく年嵩の女性や昼のバラエティ番組の司会を務める黒眼鏡が若い娘を褒めるときに使う「顔小さいねー」というフレーズだが、なるほど、この言葉を口にしたくなる気持ちがよくわかった。そのリアリティのないまでの小顔は恐怖を感じるレベルで、俺は実物を前にして更にBerryz工房という存在の現実味が薄れていくのを感じた。
中でも熊井ちゃんの小顔はその巨躯とあいまって非常に強いインパクトがあった。美しい巨大昆虫のようだった。この巨大昆虫が我々と同じ生物であるとはとても思えなかった。
その思いは、ステージで繰り広げられるジェスチャーゲームを見た時に、より深いものになった。司会者が「シンクロナイズドスイミングのポーズをとれ」と指示し、他のメンバーが思い思いにそれらしいポーズをとる中、熊井ちゃんはフッと目を閉じ、その胸の前で静かに手を合わせて合掌のポーズを取った。その神々しさから一部の人間に生き如来と呼ばれる熊井ちゃんがとるそのポーズには多大な説得力があった。しかしシンクロナイズドスイミングのポーズというお題を前に一体何故…。怪訝な顔で真意を問う司会者に対し、如来はカッと目を見開いて「これは水面に飛び出す直前の一瞬を切り取ったものである」と厳かに告げた。「結果があるのは過程があるからです。我々はそれを忘れてはなりません」という熊井ちゃんからのメッセージだったのであろう。恥ずかしながら最近の俺は結果を出す事だけに焦り、過程というものの需要さを忘れていた。15歳の如来のアドバイスに俺は涙が止まらず周りの客に気付かれぬように両の掌を合わせて熊井ちゃんを拝んだ。
そしてステージが終わり、握手会が始まった。先に述べたようにこれに関しては個人的にあまり感慨はなかったのだが、ただ一部インターネットで言われていた態度の悪いメンバーが存在するなどという事実はなく、全員が満面の笑みで握手に応じてくれたのが印象深かった。
そして一列に並んだメンバーの最後に控えている熊井ちゃん。彼女の大きさを目測することが今回のイベントの最大の目的なわけであるからして、この時だけは俺の緊張感も高まった。しかし熊井ちゃんの武器はその巨躯だけではなかった。前述の小顔である。俺自身の身長から比べて、少なくとも175cmは余裕で超えているように見えたし、ネットの情報によると180cmの男よりも目線の位置が高かったという話もあるぐらいなのだが、あまりに小さい顔と巨大な身長のバランスが視覚情報として上手く処理できず、俺の脳は酷く混乱した。大きいのに大きく見えない。小さくすら見える。これはもはや人間の形をした騙し絵のようなものだった。その生けるトリックアートの目を見つめながら手を握っていると、末端部分から得体の知れぬ不安が流れ込んでくるようで、俺は早々に手を離して逃げるように会場を後にしたのだった。
まさに神秘体験であった。幼少のころUFOにさらわれた体験を遥かに凌駕する体験であった。会場の外は土砂降りの雨だったが、俺は身に染み込んだ困惑を洗い流すべく傘も差さずに外に飛び出した。雨は徐々に激しさを増していったが、俺は天を見上げて空模様を確認することはしなかった。空を見上げた瞬間、天から俺を見下ろす熊井ちゃんと目があってしまいそうな気がしたからだ。