備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

今年の10冊

 恒例のエントリー。本稿では今年出版された書籍ではなく、前年の同エントリー以降に読んだ書籍の中から10冊を取り上げます。
 以下、順不同で。

北尾早霧、砂川武貴、山田知明『定量的マクロ経済学と数値計算』

 2024年6月刊。マクロ計量モデルによるシミュレーションを、主としてベルマン方程式と動的計画法により行う。前半は数値計算手法を整理し、後半はビューリー・モデル、世代重複モデル、NKモデル、クルセル・スミス・モデル等、実用的なテーマを取り上げる。コードは別途GitHubで提供されているが、主にJuliaとMATLABを使用。カリブレーションとコーディングに関する説明は最小限。
 試みに、第3章の構造推定に関するモデル(シミュレーション部分は簡素化)と第6章の世代重複モデル(年齢構成一定)をRへ移植し動かしてみたところ、前者の遷移確率行列を用いるベルマン方程式の計算に比較的時間を要する。

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より実用的なモデルとなれば、コード化・計算は容易でなく、モデル化から始めるとなればさらにハードルは上がる。
 類書があまりみられない中、本書を読む経験は極めて有益。

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チャールズ・ジョーンズ(香西泰訳)『経済成長理論入門 新古典派から内生的成長理論へ』

 ソロー・モデルから内生的成長理論に至るマクロ経済モデルを、比較的簡易な数式で俯瞰。原著は1998年刊で、原題は”Introduction of Economic Growth”。実際に、本書にあるような理論を応用することでマクロ計量モデルを構築することが可能であり、政策評価や将来推計等に使用される。
 モデル構築者の主たる関心は、成長と発展に関するいくつかの「定型的事実」を説明できるモデルを作ることにある。本書でも、最初にこれら「定型的事実」が整理され、特に著名なのは、ニコラス・カルドアに依拠するつぎの事実である。

事実5:米国では過去100年を通じて、
1.実質資本収益率は、上向きの傾向も下向きの傾向も示さない*1。
2.資本分配率 rK/Y、労働分配率 wL/Yもいずれの傾向も示さない。
3.1人当たり産出量の成長率はプラスで、時間を通じて相対的に一定していた-すなわち、米国は定常的かつ持続的な1人当たり所得の成長を示している。

 本書が取り扱うモデルは総じて集計的な生産関数により、資本 K、労働 Lの投入と全要素生産性 Aにより、産出額が決定する。

 
Y=AK^\alpha L^{1-\alpha}

一方、人口増加率が経済成長率をもたらすローマー・モデル(第5章)など、モデルが想定する因果の方向性(逆の因果の可能性など)には、特に関心が示されていない。

*1:言い換えれば、実質利子率は概ね安定していた。

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国家公務員総合職試験の結果から垣間みる日本的雇用慣行の限界

 国家公務員総合職試験の申込者数は、少子化も相まって減少傾向にあり、社会的にも、近年は公務員の賃金の低さや拘束時間の長さが問題視されるようになっている。これらの問題は、国家公務員の早期退職者の増加に影響していることは、ほぼ確実とみられる一方、志願者の減少、なり手不足といった点に直接結びつくかは定かでない。
 当ブログでは、これまで、東京大学学部卒業者のうち法学部、経済学部に絞り、近年の公務員志願者の動向をみてきた。

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本稿では、足許の数値を加え、改めて近年の志願動向を確認する。さらに、人事院が公表する総合職試験の実施結果を足許と5年前で比較し、試験区分別にみた志願動向の違いについても確認する。

 これらの分析からわかるのは、国家公務員としての「コアな職種」と、他の業種と競合する「非コアな職種」では、志願動向に大きな違いがあることである。また、この違いは国家公務員という職業に限るものではなく、他の業種に属する日本企業(特に大企業)でも、同様に生じているであろうことが推察される。
 今後、少子化が進む中で、日本の労働市場全体の最適化を考えた場合、それぞれの企業・組織に「コアな職種」というものが存在する、いわゆる「メンバーシップ型雇用」を前提とする「閉じた」企業・組織が生き残ることは想像し得ない。近年、日本企業が取り組む「ジョブ型雇用」についても、当該組織の内側に「コアな職種」と、その限りでの内部労働市場が存在する限り、その改革は「まがい物」に過ぎないであろう。

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技術的失業と人口減少

 ケインズの『孫の世代の経済的可能性』では、「技術的失業」という概念が取り上げられる。これは、省力化のペース速過ぎ、労働力の新たな用途を見つけ出すことができないことで発生する失業のことである。近年、AIの活用が進むことで雇用が失われることを懸念する議論があるが、これも技術的失業に対する懸念とみることができる。

 一方、ケインズは人間のニーズを絶対的/相対的に二分割し、前者についは、それが満たされる時点がくる、さらに当時から百年後、すなわち2030年において経済的にみた生活水準が8倍になると仮定した場合、人間生存のためのあらゆる経済的な課題*1は解決されると指摘する。しかしその場合、問題となるのは時間の過多(聴くことはできても、歌う側に回ることは永遠にできない)であって、人間は、この時間をうまく処理する術を身に付けることが必要になる。(結論からいえば、人間はこれをうまく処理することができず、絶対的ニーズは新技術によって飽和することなく、相対的ニーズは経済の規模に応じ肥大化を続けるわけだが。)

 なお、ケインズはその人口論において、「マルサスの悪魔P.」に対し「マルサスの悪魔U.」を対峙させる。

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 現在の日本社会に当てはめれば、人口減少からの有効需要の減少と失業への懸念、との文脈になる。しかし実際の文脈をみれば、むしろ人手不足が懸念されており、これとAIに対する恐れが奇妙に混在している。

 あり得べき未来としては、人手不足は有効需要の減少によって解消するであろうし、その過程で失業も生じ得る。一方、AIの活用が進むことによる生産性向上は、当該縮小均衡的過程を抑制する。その過程で生じ得る技術的失業は、マクロ経済全体としてみれば資本と労働の代替の弾力性をどうみるかに懸かるわけだが、それもまた世の中のバランスにうまくフィットする形で決まってくるんだろう、という楽観的な信念のようなものがある*2。
 さらにいえば、人口減少に関しても、健康増進と開放経済の進展でこれまでの常識的な見方は変化し得るものである。これに「高圧経済」が重なれば、(技術的失業とは別に)有効需要減少の過程で生じ得る失業すら抑制した上で、経済規模の維持と生産性向上を同時に成立させるような経路もあり得るであろう。その場合、労働市場のタイト化が労働条件全般の向上につながる一方で、物価上昇によって生活者視点での満足度低下が生じることになる。

 以下は、『孫の世代の経済的可能性』における百年後の孫の世代についての有名なパラグラフである。

 今後もかなりの時代にわたって、人間の弱さは極めて根強いので、何らかの仕事をすなければ満足できないだろう。いまの金持ちが通常行っているよりたくさんの仕事をして、小さな義務や仕事や日課があるのをありがたく思うだろう。しかしそれ以外の点では、パンをできるかぎり薄く切ってバターをたくさんぬれるように努力するべきである。一日三時間勤務、週十五時間勤務にすれば、問題をかなりの期間、先延ばしにできるとも思える。一日三時間働けば、人間の弱さを満足させるのに十分ではないだろうか。[前掲書p.215]*3

*1:後述する「マルサスの悪魔P.」に相当。

*2:とはいえ、世の中的には、特に専門家の間でも、それほど楽観的ではない人の方が多い気はする。

*3:さらにここから「富の蓄積がもはや、社会にとって重要ではなくなると、倫理の考え方が大きく変わるだろう」とのフレーズが続く。

関口正司『J・S・ミル 自由を探求した思想家』

 2023年6月刊。J・S・ミルといえば、父ジェームズやジェレミー・ベンサムの薫陶を受けた早熟の天才との印象を持つ。本書では、評伝という形式で、ミルの思想の全体像をみる。
 マンデヴィル『蜂の寓話』により、人々の欲求が勤労と消費需要を促し文明社会が進展すると主張されたのは17世紀半ば。本書においてミルが大きな影響を受けたとされるベンサム『立法論』は、その数十年後に出版されている。功利主義、自己利益優先の普遍的原理は、先天的で固定的なものとされる道徳や立法観に対置された「最大幸福原理」と結びつく。ミルは、ベンサムに強い影響を受けつつも、その自己利益優先の原則と、公共の利益のために活動しているとの自分自身に対する確信との関係は、後の「精神の危機」へとつながることになる。

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今年の10冊

 恒例のエントリーです。本稿では今年出版された書籍ではなく、前年の同エントリー以降に読んだ書籍の中から10冊を取り上げます。以下、順不同で。

オリヴィエ・ブランシャール(田代毅訳)『21世紀の財政政策 低金利・高債務下の正しい経済戦略』

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 r-g<0が中長期的に継続する可能性が本書の肝。そのため、これまでのマクロ経済学の「定型的事実」に対する異論が並べられる。使用される知識は、ローマー『上級マクロ経済学』であれば第2章までのラムゼイモデルと世代重複モデル。

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