拡張現実感と鏡の中のリアリティ
Twitter経由でこんな動画を知りました(via: @slnsyndicateさん)
ラッシュリッチマジックミラー / LASH RICH
アナログな感じがとてもキュートですね.
この動画を見ていて「鏡の中に手をいれて自分の顔が赤くなるシーンはARにとってどこか示唆的だな」と感じました.
具体的に言うと,鏡の中の自分にあれこれ化粧やヘアメイキングを試した後で,最終的に気に入ったものが自分の顔にプリントされるようになればいいのにね,ということを考えました.すなわちそれは,境界面(インタフェース)に働きかけた結果が,実世界にフィードバックされるということを意味しているわけですが,それこそがいま巷で「ARだ」と言われているものに足りない要素なんじゃないかな,と私は考えています*1.
また,もう一つ示唆的だなと思ったのが,「鏡の持つリアリティ」です.最近,私は「鏡ってこれ以上ない視覚的リアリティを提示することのできる唯一のディスプレイじゃないのか?」と考えているのですが,動画のなかで,鏡の中の人をリアルの人間が演じているのを見てそれをまた実感しました.これは見方を変えると,鏡は現実のリアリティをほぼそのまま「境界の向こう側」に持っていける装置である,というふうにも言えると思います.
ここでは後者の話についてちょっとだけ掘り下げたいと思います.
ARの本質は「情報の重畳」ではない?
ARというと,「現実世界に情報を重ねられる」という性質に注目しがちですが,ARは「現実世界が持つリアリティを活かせる」という性質も持っています.現実が持っているリアリティを土台とし,そこに何らかのTransformを仕掛けることで,新しいリアリティを生み出せるのがARです.これがVRとの一番の違いであり,これこそがARの本質だと思います.
さきほど鏡は現実のリアリティをほぼそのまま境界の向こう側に持っていける装置であると言いましたが,鏡の中のリアリティに対してTransformを仕掛けるようなARシステムは数多く提案されています.先日のIVRC(国際学生対抗バーチャルリアリティコンテスト)でも,こんな作品がでていました.
ミライデア
私も実際に体験しましたが,外装の作りこみや演出などが凝っていて優れた作品でした.率直な感想を言うと,視覚以外の感覚に訴えかけるような仕掛けがあるともっと良かったかなという気がしました.余談ですが,この手の「魔法の鏡」を,ハーフミラーとディスプレイの組み合わせでDIYしてる人は潜在的に結構いるようです.
DIY Magic Mirror Overview
鏡の向こうとこっちが一致するとは限らない
鏡系AR作品のなかで私が一番好きなのが,筧康明さん(現・慶應大学准教授)の"through the looking glass"という作品です.
through the looking glass(論文から引用)
鏡の中の自分とホッケーするという不思議な作品です.鏡に向かってパックをはじくと,鏡の中の自分に向かってパックが飛んでいきます.自分との勝負に負けると,手前のスクリーンには「LOSE」と表示されるのに対し,鏡の中の自分のスクリーンにはちゃんと「WIN」と表示されています.鏡は現実を映すもののはずなのに,その法則が捻じ曲げられてしまっている,という恐るべき作品です.
ハーフミラーの裏にディスプレイがあるんでしょと思いきや,なんと普通の鏡が使われています.詳しい原理は論文*2に記載されているので,興味がある人は読んでみてください.きっとびっくりしますよ.哲学的な面白さとともに,工学的(光学的)な美しさがあることがこの作品の魅力だと思います.
不思議なミラーパズル
"through the looking glass"のアナログ版とも言うべきオモチャとして「不思議なミラーパズル」という商品があります.これも手前と鏡の中とで違うものが見える不思議を体験できます.
パズル面がギザギザしていて,鏡に映す側の面と,鑑賞者が見る側の面で別々の絵が描かれています.これにより,鏡に映しているにも関わらず,手前と鏡の中とで違う絵が見える,という現象が起きるわけです.
そんな話をTwitterでしていたら,東北大学の嵯峨先生(@s_saga)からこんな情報をいただきました.
@s_saga 類似ネタですが,先日岡山の桃太郎博物館でみつけました.これみたときも感動しました.床にあるから,視線の位置が限定されていて下の絵が見えにくいんです http://twitpic.com/720w89
おおっ! 同じ原理のようですが,見せ方がうまいですねぇ.
というつぶやきだったのさ
てな話をTwitterでしてて,最近考えていることとつながるところがあったので,なんとなくまとめました.この話はまだ掘り下げたいので,また今度.
イベントのお知らせ
今週末(10月20〜22日)に開催されるデジタルコンテンツエキスポ2011(DCEXPO)において「TOKYO AR SHOW」というステージイベントを行います.出演は,光学迷彩で有名な稲見昌彦先生(慶應義塾大学),AR三兄弟の長男である川田十夢さん,そして私の3人です.デモを交えながらARの未来について語ります.ぜひお越しください.
http://www.dcexpo.jp/program/contex/detail.php?lang=jp&code=CT201114&category=22
*1:これは「Augmented RealityからAugmented Realへ」という話の入り口でもあるんですが,それはまた別の機会に.
*2:筧 康明, 苗村 健: "through the looking glass", 芸術科学論文誌, Vol. 3, No. 3, pp. 185 - 188 (2004.9). http://art-science.org/journal/v3n3/v3n3pp185/artsci-v3n3pp185.pdf