ガラスの仮面を元役者としてマジレスぎみに感想書くよ

まぁ、アニメや漫画のうえでのリアリティーというものはそういうことではないのでシカトして楽しむのが本筋というものなのだけれど。でも、やっぱり気になるんじゃよー!
というわけですので、実際のところ芝居をやってた人にとってはどうなの?という素朴な疑問にきかれてもいないのにお答えします!


原作を読んでいる時にも思ったことだけれど、まやちゃんは、本番で化けすぎる。
そりゃあ稽古をじっくり描いているわけにはいかないだろうけど、でもそれにしても本番で所作を変えられたら照明とか困るっつの!ということが気になって気になって。共演者とか、困るよ、そんなことされたら。まやちゃん論法でいったら、即興劇だけが真の演劇たりえるってところに到達しちゃうじゃないか。
芝居をやっていれば、たしかに、演技は変わる。し、仮面をかぶるというのは本当にある。はじめて役者として「役になる」ことができるときということはあって、そういうときを「本番がでた」と私たちは言ってた。これがガラかめにおける「仮面をかぶった」状態だと理解できる。*1
でも、それは、本来稽古場で出すべきものだ。本番を稽古場でだして、それをそのまま舞台の本番にもっていく。そのための稽古というものなのに。まやちゃんは稽古場でいったいなにをしているんだ!と言いたくてたまらない。共演者の驚愕っぷりから推察するに、稽古場ではぜんぜん違う演技をみせているっぽいからね。
ガラかめに対する感想*2において、実際の役者の間では圧倒的に、あゆみさんのほうが支持される。まやちゃんは天性の才能の持ち主で、あゆみさんは努力の人だから、というのが定説だけれど、私は「自分が共演するとしたら、絶対にまやちゃんはいやだ」という意識も働いているんじゃないかと思う。役者として演技を食われる、という恐怖ももちろんあるんだけれども、そういうことではなく。
だって、やだよ。本番でいきなり演技変えてこられるなんて。自分は思うがままに演じてるからいいかもしれないけど、それを受けて芝居しなくちゃいけないほうは大変だ。まやちゃんも演じているけど、共演者だって演じているのだ。共演者が台詞を受けてくれるから、まやちゃんだって芝居をできるはずなのに。
端的に言ってしまえば、まやちゃんが泣く予定のところで本番で唐突に「仮面をかぶった」がゆえに泣かなくなったとする。そうなったら、そのあとの演技は全部「泣かなかった」上に成立させていかなくちゃいけなくなる。共演者は「稽古と違って泣かない」まやちゃんに「役として」正しく接しなくちゃいけなくなる。それを瞬時に判断できますかってんだ。もちろんちゃんと仮面をかぶっていればできるのかもしれないけれども、仮面を即座にかぶれる才能のない多くの役者たちは、なんとか仮面をかぶるために稽古をかさねて「これは擬似仮面かもしれない…」という恐怖と戦いながらジワジワと役に近づいていくものなわけで。台詞を暗記して、段取りも暗記して、何も考えてなくても自然に体が動くようになって、それから初めて「役を作る」って作業に入れる大多数の「才能なき役者」たちにとっては、まやちゃんとの共演は恐怖以外のなにものでもない。
だいたい、共演者がちゃんとまやちゃんの演技の変化を受け止め切れなくて段取りとおりの芝居をしちゃったらどうするんだ。破綻しちゃうじゃないか。泣いてないのに、泣いたかのように慰められたら、それをも処理するのか、まやちゃん。(するんだろうなーくそー)
あゆみさんならきっと、稽古場から全力だと思うのだ。そこで食われて負けても納得がいく。ああ、かなわん…と素直に思える。かなわない相手と芝居を作り上げていくことができる。まやちゃんの芝居のやりかたは、ものすごく自分勝手だ。その自分勝手っぷりを堂々と無邪気にふりかざすことができるのもまた、まやちゃんの才能ではあるのだけれど。
舞台は、一人芝居ではないかぎり、一人の才能ある役者だけでは成立させることができない。本番にむけて、稽古で磨き上げていくべきものだ。まぁ、だからこその「舞台荒らし」なわけで、そのへんわかってて作っているんだということも理解しているんだけれど!ついあつくなってしまうのでした。
それでも文句を言いつつ役者たちすらも愛読してしまうというあたりに、ガラかめの魅力があるんですけれどもね。
あ、それから。恋愛関係にある役を演じると、たいてい「本当に好き」になっちゃうものだと私は思います。それぐらい、自分の心をちゃんと動かせないと舞台上でのリアルは作れないからね。演じるということは、予想以上に役を離れた自分にも影響を与えるものなのです。
がんばれ!さくらこうじくん!!

*1:これを説明するのはとても難しいのだけれど、要するに、記憶していた台詞と所作をただ舞台上で再現したってそれは演じたことにはなるかもしれないけどその役に「なれた」わけではなくて、役のフリをしているに過ぎないのですよ。でも、なにかの拍子にスポっとその役に「なって」しまえることがあって…ということなのだけれど

*2:ここで言うのはあくまでも原作漫画に対する感想です