浅田真央はエッチすべきか

お久しぶりです!ちょっと痩せましたが、元気にやっております。kayaです。


今回はやや古い5月上旬の話題なのですが、ラサール石井氏の「浅田真央はエッチすべき」発言について考えてみます。


「くだらん呟きばかりだとフォロワーさんに言われたばかりでなんだが。ちょっと暴言吐きます。浅田真央ちゃんは早く彼氏を作るべき。エッチしなきゃミキティやキムヨナには勝てないよ。棒っ切れが滑ってるみたい。女になって表現力を身に付けて欲しい。オリンピックまでにガッツリとことん!これは大事。」



4月30日頃、ラサール石井氏がつぶやいたこの発言には、

「分かる」「(彼女には)色気が足りないんですよね」というものもあれば、「それは言い過ぎでは」とか、果ては「クズ」だの「キモい」「ゴミ」だの、様々なコメントが寄せられた。
(togetterのまとめはこちら→http://p.tl/vMAl)


この発言のみをもってラサール氏のことを「クズ」とまで言える権利は自分にはない。


とはいえ彼の言葉に違和感を感じてしまうのは、


「男から欲望される女はエロくて偉い」という考え方がにじみ出ているからだと思う。


彼の発言は、「女になる」=「立派な表現力を身につける」と読み取れるが、この場合の表現力とは何だろうか。男からみた何らかの「望ましさ」を身につけることが、「表現力」という言葉で言い換えられているだけではないだろうか*1。


「女になって表現力を身につけて欲しい」という言葉の裏には、「“男を知らない”女は不完全な存在である」という、暗黙の前提があるように思う。


その対極にある、エロい女への無条件の賛美。エロい女が女の中で1番エラいなら、男からみて性欲を喚起しない女は、どうやって立てばいいんだろうか。


セックスには「する自由」「しない自由」があるのに、彼のような考え方はとても貧しいと思う。セックスしたらキレイになるとか、女性ホルモンがどうのとか、基本的にトンデモ科学だからね。


とはいえ、彼はちゃんと謝っていますが…↓


「様々なご意見を伺い、今から呟きます。できるだけ素直に呟きたいと思います。一昨夜の浅田選手に対する呟きは、どうしても呟かなければいけない事ではありませんでした。しかも最悪の言葉で呟いてしまったことは事実。ご批判は当然と痛感しています。

削除や訂正をすることは逃げることになるのでしたくありませんでした。しかし3万近いフォロワーを持つ公人の立場で呟く内容ではありませんでした。しかも私の対応遅延とリツイートによって、もっと多くの方に不快な思いをさせたことを深くお詫びいたします。


そして全女性の皆様、お名前を出してしまった各選手の方々、関係者各位、何より浅田選手ご本人とファンの皆様に心より謝罪いたします。なお、皆様のご意見を鑑み、前言を撤回。呟きは削除させていただきます。」
(togetterのまとめはこちら→http://p.tl/7Lqg)



それにしても、ラサール氏への批判は酷いです。身勝手な同族嫌悪でないことを祈る。

*1:いや、それは「人生経験」のことでしょ、というなら、最初からそう言えばよかったのです