京急新1000形改(ステンレス車)導入について


Kaz-T's blog レインボーライン: ステンレス車登場 京急新1000形
http://rainbow-line.way-nifty.com/railfan/2007/03/1000_071e.html


 しかし鉄道を見て面白いのは懐古趣味の要素があるとはいえ、『京急の変節』とまで言うことはないんじゃないだろうか。特に名指しはしないが、このトラックバック先に意見として集まっているようだ。
 第一、寿命延長化工事をするJR西日本環状線なんか、なんだか大きな出費になる新車への更新をケチってラインカラーというか、この鉄道をどう守り、どう使って欲しいかというところで、なんだかバラエティーと言うには単にいびつで、私なんか個人的には物好きだから確かにその1本1本改造箇所が違う編成を調べるのが好きというのはあっても、建築、それも都市設計という面で鉄道員の職員力と、それに応じて使う乗客のマナー、乗客力というべきものがどこまで考えられているか疑問に思えてくる。
 乗れればいい、走ればいい、それこそが今のE231系列の割り切った発想といわれているが、でも旧型車両だって、『古くても乗れればいい、走れば良い』ではないか。
 はっきり言って私は中央快速線のE233系への201系の更新は遅すぎたと思えてくる。
 私は201系が大嫌いだ。前面は凝った感じは窓周りのみのごちゃごちゃと後付けした電照幕、内装はがっかりもいいところだし、音もあちこちから入ってきてうるさい。力行をしているのを見送る沿線では話ができないほど。M車に乗ったら力行中は車内でも話もできない。
 私自身90年代を201系に載って通学した世代だが、ATS-Pの導入とともに中央快速線に何度も小さな改良が加えられるたびに、正直毎回苛立ち、舌打ちしていた。早く新車を入れて欲しかったのだ。
 いっこうに混雑は良くならないし、人身事故は多いし、車体はコイルバネと空気バネの併用で揺れるし。パワートレインも酷い騒音ばっかりだった。
 もちろん昔の釣り掛け音に比べればなどというかも知れないが、そんな趣味の話は都市を使う人々・都市を造る人々にはそんな懐古『趣味』は通用しない。第一、趣味で載る分には楽しい旧車であっても、毎日使えば頭に来ることだってある。
 だからこそ適切な時期にポンコツと呼ばれない程度のところで花道を歩ませてやり、新車に変えるのは良いことだと思う。
 鉄道も産業であり、また都市機能の一部である。原寸大の鉄道模型を走らせているのではない。乗っている人、運転する人、それを管理し、支える人全てをよくするためには、一時期マニアに悪く言われた合理化だって、ちゃんと人間工学で考えれば美しいものになる。
 そして列車はいずれ廃車になる。永遠に走り続ける列車はない。要求されるサービスも変わっていく。それは鉄道、それも都市鉄道は都市の一部であり、都市という生き物の一部なのだ。だからこそ、美しく、皆から愛されるうちに花道を造るべきだ。そして、その設計に置いても、花道を歩んだ後に単なるスクラップではなく、一部は保存し、一部はテーマとして継承し、そのうちにリサイクルされる性能、環境性能も要求される。
 京急もそれをついに企業として判断したのだ。実車が出てから結論したいが、しかし京急の熱烈なファンは不満かもしれないが、しかし京急だからこそ標準化されてきたこの新車導入の波に京急らしさを出してくれると思うし、それが私の楽しみなのだ。
 形のあるものに永遠はない。しかし、精神や志は、ベテランが花道を歩む前に若者に受け継がれ、常に熟練した若さと練度をもつ人々によって瑞々しく受け継がれる。
 それこそこういった都市の文化であり、鉄道の文化であると思う。ちなみにクロスシートがなくなったことについて早くも文句を付ける人々がいるが、沿線の発展を考えるとそれも選択だと思う。第一、乗降性などを考える材料と情報を持っているのは京急であり、我々は所詮素人、マニアなのだ。
 それに京急にはクロスシートのフラッグシップ、2100形があるではないか。それすらない鉄道にくらべれば充分個性的だ。
 どうにもクロスシート盲信が多い。クロスシートは確かに長距離では乗りやすい。しかし混雑時や頻繁に停車する列車では、乗降がしにくいときがある。かつて内房線で183系が各駅停車に使われていて、乗降に難儀した想い出がある。
 もしかすると全ての電車は展望席があってクロスシートがあって速くて車内販売がなくちゃいけないという小学生の夢のママの人がいるか、小学生が大きな顔をしている部分があるのだろう。小学病である。
 ちなみに私は液晶遮光幕をつけても良いから運転室と客室の間はシースルーであるべきだと思うし、クロスシートも乗車時間の長い優等列車は採用すべきだと思うし、L/Cシートや2wayシートのような試みはもっと頑張って欲しいと思う。速さはさすがにもうそこまでやるなら地上ではなく国内線など航空機に任せるべきと思うこともあるが、まだ研究の途上である現実も学んでいる。車内販売は、都市鉄道ではキオスクやエキナカが補完していると思うが、都市間や都市郊外間を結ぶ優等列車では何らかの供食・飲食の手段を持たない鉄道会社は研究不足であると思うし、ましてやブルートレインを絶滅に追い込むことしか考えていないような人々には否と思う。
 これほどに鉄道を愛していても、やはり愛される鉄道には花道と新陳代謝は必要だし、その一環としての昨今の新車事情は、それほど悪いと思えない。第一バブルの頃に201系と205系という代わり映えのない面子で全然更新しなかったJR東日本の都市内交通の更新がようやく為されていると思って私は歓迎している。
 他の私鉄への影響も、デザイン的に見れば、それぞれ工夫が感じられる。だいたい4扉ロングシートというフォーマットのの車両でどう独自性を出すかと言ったら前面ぐらいであろう。
 どうにもマニア口というか、新車をいわれなく叩く人々がいて心が痛む。
 皆工夫しているのだ。
 だからこそ、工夫のなかった時期が悔やまれる。
 そして、京急1000形改については、京急らしさを、ほとんど変更できないフォーマットのなかでどこまで表現できるか楽しみである。イメージパースは出ているけど、鉄道はやはりホームや沿線で見て感じるものである。
 登場が楽しみである。小田急沿線住民なので小田急中心に考えるが、でも京急も好きである。
 京急の答えがどういうものであるかが楽しみである。

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