このクソみたいな世界に悪党どもの銃弾を〜『ウォンテッド』 マーク・ミラー、J・G・ジョーンズ

ウォンテッド (ShoPro Books)
『ウォンテッド』といえば映画好きな方なら2008年に公開されたアンジェリーナ・ジョリー主演のアクション映画を思い出す方もおられるだろう。派手で荒唐無稽なアクションの飛び出すこの映画は、大味な部分もあったにせよ、アンジェリーナ・ジョリーの魅力も含め個人的にはとても楽しめた映画だった。
そして今回紹介する『ウォンテッド』は『キック・アス』原作でも知られるマーク・ミラーによる原作コミックとなる。しかしコミック版『ウォンテッド』は映画版とその骨子さえ同じにしつつも、世界観と展開が大いに違う。それは映画版の展開に疑問があった方、あの映画が気に入らなかった方ですら驚く様な違いであり、映画版とは趣を異にする興奮が待っているのだ。
主人公はうだつの上がらない毎日を送る青年ウェスリー・ギブソン。クソみたいな恋人と、クソみたいな仕事と、クソみたいなインターネットポルノ鑑賞だけが彼の日常。そんな彼がいつものサンドイッチ屋を訪れた時、謎の女が現れ店の客や店員を銃で皆殺しにしてからこう告げる、私はあなたが自分のクソつまらない人生とはもうおさらばなんだって伝えに来た、と。
彼女の名前はフォックス、そしてフォックスがウェスリーを連れて行ったアジトは、世界を牛耳るヴィランたちの秘密結社だった。そう、この世界にはかつてスーパーヒーローというものが存在していた。しかし、彼らはヴィランたちの一斉蜂起により、根絶やしにされていたのだ。かくしてヴィランたちは大陸ごとに世界を割拠し、思う存分悪事を働いていた。そして死んだウェスリーの父も実はキラーと呼ばれた凄腕のスーパーヴィランであり、フォックスはその跡を継がせるためにウェスリーをここに連れてきたのだ。
過酷な訓練を経たウェスリーは文字通り筋金入りの冷酷な殺し屋と化し、かつて彼の人生で彼をコケにしたことのある全てのクソどもを鼻で笑いながら皆殺しにし、かくしてウェスリーの新しい人生が始まったのだ。
物語はこの後ヴィランたちの仲間割れによる仁義なき戦いへとなだれ込んでゆくのだが、それにしてもこのコミック版『ウォンテッド』に横溢するのは、徹底的なアンモラルであり、シニカルな英雄否定であり、そして高らかに歌い上げられるピカレスクの凱歌なのだ。クソみたいな日常を飛び出し新たな自己を得て胸躍るヒロイックな活躍を演じてゆく、という物語は多々あれど、この『ウォンテッド』はクソみたいな日常から飛び出し飛び切りのクソ野郎になって、この世界全てをとっておきのクソ溜めの底に叩き落し、そのクソ溜めの蓋の上で札束と美女を両手に抱えて高笑い、いやあ今日もご苦労さんメデタシメデタシ、というとんでもない物語なのである。
映画版『ウォンテッド』で主人公たちは超自然的な"お告げ"により世界を股に掛けた殺しを演じる超人的な殺し屋集団、という設定だったが、その殺しには世界を平和に保つとかなんとかいうもっともらしいお題目があった。ただ、そんなに超人的なパワーを持った連中がこんなにいるのに実際世界なんかたいしたよくなってないよねえ、こいつら何やってんの?という疑問もあった。
しかし原作『ウォンテッド』は違う。世界はもともとクソ溜めで、これからもずっとクソ溜めだ。殺しは私利私欲の為に行われ、そしてバカとクソは殺される運命だ。そんな食物連鎖の頂点にいる主人公は世界の全てを手に入れた勝利者であり、この物語をマヌケ面して読んでいるお前はただ搾取されるだけの負け犬に過ぎない。
この世界に(もう)ヒーローなんかいない。いるのはお前のケツをファックしている悪党だけだ。コミック『ウォンテッド』は、耳障りな哄笑を響かせながら幾多のヒーローストーリーを逆転させ、ヒーローそれ自体に鉄槌を打ち込んだ物語だったのだ。

ウォンテッド (ShoPro Books)

ウォンテッド (ShoPro Books)