優秀な人材に変身するキッカケに出会うか、未熟なまま老いていくか


頭が良く、意欲的に仕事にとり組むんだけど、いまいちアテにできない人というのがときどきいる。
ポテンシャルはあるのに、どこか独りよがりなところがあるために、暴走するリスクがあり、安心して、重要な案件を任せられないタイプの人間である。


そういう人は、「きっかけ」があると、大化けする。本当にすごい人材になる。


しかし、きっかけが無いと、つまらない脇役仕事や日陰仕事ばかりやらせられ、未熟なまま老いて、どんどん腐っていってしまう。


この記事で描かれている坂本君は、いかにもそういうタイプの人だ。

芦屋:坂本,この「貴方の営業ご担当者様が販売活動しやすいように工夫しています」という表現は,抽象的で意味不明じゃないか。意味が分からないから,「先方へのアピール」になってないんじゃないか。説得力もないよ。ここは,具体的な事例を使って修正すべきだな。どう修正すればいいか考えてよ。

坂本:いや,ここはこれでいいんですよ。この文章はあえて抽象的でいいんです。いろいろ,イメージを膨らませてもらう効果が出ればいいんですよ。

芦屋:駄目だよ。そんなんじゃ「いい加減な提案」と思われてしまうよ。もっと,訴求力を持たせなきゃ。それには,具体的に書いた方がいい。

坂本:なんで,そう言い切れるんですか?絶対正しいといえるんですか。なら,変えますけど。

芦屋:そういう問題じゃないだろ。お前が自主的に変えなきゃ意味ないだろ。納得して変えなきゃ,何もならないだろ。

坂本:自分は,これでよいと思うんですよ。でも,変えろというなら,変えますよ。私は,芦屋さんの部下ですしね。


この会話では、芦屋氏は、「坂本君の言うとおり、この文章をあえて抽象的にしたほうが、結局は上手くいく」という可能性について、検討していない。
「イメージを膨らませてもらう効果」というメリットがどれくらいあり、それがその後の話の展開にどうつながるのか、検討していない。


たとえば、その提案書を使ってプレゼンするミーティングに出席する先方さんのメンバーによっては、相手の反応が予想しにくいケースがある。
その場合、抽象的な文章であれば、相手の反応を見て、いくらでも見せ方を変えられる。
しかし、あまり具体的なことを書くと、「その具体例の使い方が、商品そのもの」だと思いこんでしまうかも知れない。
実際には、その商品は、もっと全然別の使い方ができる、全然別の意味と役割を持たせるような導入の仕方もできるのに、その実例のイメージに引きずられて、その商品の導入が見送られるかもしれない。

一方で、先方の組織の状況や抱える問題にだいたい検討がついているなら、その問題をズバリ解決してみせるような具体的なソリューション事例をぶつけてみるのもありだろう。

また、この資料が先方さんの会社でコピーされ、どんどん一人歩きする可能性もある。その場合も、その具体例に引きずられて、イメージが固定化されてしまうリスクがある。逆に、具体例が豊富なら、わざわざプレゼンして回らなくても、その資料だけ読んで商品をよく理解し、こちらにコンタクトを取ってくるかも知れない。
つまり、メリットもデメリットもあるわけで、その辺のバランスは、状況依存であり、状況をよく分析して、戦略的に決めることだ。


だから、坂本君が、本当に賢い(wise)のなら、当然、そういうディスカッションを、まず芦屋氏に仕掛けてみるだろう。
つまり、芦屋氏が、そういうディスカッションをする意思と能力があるのかを、チェックするはずだ。


それが、第一ステップ。


次に、芦屋氏に、その能力と意思があることを確認できたら、ディスカッションに持ち込むだろうし、それが無いことが分かったら、芦屋氏を「攻略」する方法を考えるはずだ。


つまり、これは、顧客の会社の人々だけでなく、芦屋氏も含む、トータルの意思決定メカニズムを操作するゲームなのだ、ということを割り切って、芦屋氏を含む全ての人の利害と感情の構造を調整し、だれもが納得するように、芦屋氏を巧妙に誘導し、顧客も誘導するだろう。


この際、芦屋氏が醜悪な人間であるとか、頭が悪いとか、そういうことは、問題にならない。
変に中途半端に賢かったり、善良だったりするより、強欲で適度におバカな上司の方が、操縦しやすいものだ。
つまり、この場合、芦屋氏など、単にチェスゲームをすすめる上での、コマに過ぎないのだ。


それが第二ステップ。


そして、顧客にしろ、芦屋氏にしろ、全体の構造を頭の中で組み立ててみて、
「あ、このゲームは、いくらやっても、きちんとした構造に組み立たないや。
無理にやろうとしても、疲弊するだけだな。」
と思ったら、さっさと、別のゲームに切り替えるべきである。


つまり、さっさとそのプロジェクトや部署から逃げ出す算段をするだろう。
もしくは、転職する算段をする。


それが、第三ステップ。


これが、現実的な対処というものだ。
しかし、このフィクションストーリーでは、坂本君は、そういうことのできる人間ではない。
つまり、単にintelligentなだけで、wiseではない。


このままでは、坂本君は、未熟なまま老いてしまうだろう。


なぜ、坂本君は、wiseになれないのかというと、
第一に、誰でも正しいことをするべきだ、ということを主張するだけで、物事を動かせると思っている。
第二に、上司や会社に甘えている。


とくに、この一点めが、intelligentな人たちの、根深い病なのだ。
「誰でも正しいことをすべきだ」ということと、「それを実際にどう実現していくか」ということは、全く別のことなのだ。
世の中で正しいことを実現していくには、世の中が正しいことを前提として行動してはいけないのである。


坂本君は、「芦屋氏が正しい意見に従うのが当然」という前提で動いているが、それは、無菌室でしかできない手術を、雑菌だらけの日常空間でやるようなものだ。


そんな安易な前提の元に行動するようでは、顧客も正しい意見に従うに違いない、という前提で行動してしまうときがやってくるだろう。


そもそも、世の中は、正しいか間違っているかの2分法では動いていない。常に、その中間で、様々な妥協をしながら、結果として、正しい方向にどれだけ近づけることができるか、そういうゲームなのである。


そして、2点目の、安易に上司を味方だと思っているのも、致命的だ。


上司は、自分より賢いとは限らず、正しいとも限らず、それにもかかわらず、自分は上司のオーソライズのない行動はとれない、という現実を直視するところからはじめないと、プロジェクトは上手く動かせない。


だから、坂本君のような人間は、そういう世の中の現実を、思い知らせるような、キッカケが必要なのだ。


その一つになりうるのが、この記事で芦屋氏が仕掛けた、根回しゲームだろう。


この根回しゲームにおいて、坂本君は、次長と部長のところに説明しに行ったとき、なんだかよく分からないまま、とにかく自分の提案が否定されるという経験を味わったわけだ。


これは、とても良い経験で、こういうとき、坂本君が味わうのは、「提案内容の正しさとかじゃなく、部長と次長は、とにかく芦屋氏の味方なんだな」ということである。
そして、味方の少ない自分は、パワーゲームで負けている、ということを実感する、ということだ。


結局、プロジェクトを実現するというのは、いかに自分の味方を増やし、賛同者を増やし、自分の構想を推し進めるか、ということであって、それは、本質的にパワーゲームだ。
論理的な正しさや、道徳的な正しさだけで、プロジェクトを推進できると思うのは、大きな勘違いなのだ。


坂本君に欠けているのは、まさに、その点であって、この社内政治ゲームにおいて、敗北を喫した坂本君が、十分にintelligentなら、同じことが、顧客組織の中でも起こっているといことを、想像できるようになるはずだ。


すなわち、顧客組織の中の政治ゲームの構造を理解した上で、提案書を書けるようになるはずだ。
顧客組織の意思決定メカニズムをどう操作すれば、自分の提案にYesという意思決定をさせることができるか、というゲームなのだと言うことを理解する。


そして、それが出来るようになれば、自社の政治ゲームで、自分のプロジェクトにいかに予算と人員を確保するか、というゲームもできるようになる。
転職の際も、どのような会社に転職すれば、大きな裁量権をもち、楽しく仕事のできるポジショニングになるか、計算して、転職の駆け引きができるようになるだろう。


もちろん、坂本君の器が小さければ、芦屋氏の仕掛けた政治ゲームは、逆効果になる。
坂本君は、「世の中は腐っている」と思いこみ、ひねくれた人間になってしまうかもしれない。
上司の言うとおりにしているだけのつまらない人間になってしまうかもしれない。


しかし、世の中が無菌室であることを期待するのは、控えめに言って、世間知らずだ。


不毛な政治ゲームが少しでも減るように心がけながらも、現実的には、政治ゲームには政治ゲームで対抗しながら、自分の理想を実現していかなければならないことを、肝に銘じて生きていくべきだろう。



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