成毛流 「トイレにおいておく本」

『本は10冊同時に読め』という本を上梓していらい、断続的に「トイレで本など読めるわけないじゃん」というお小言を頂戴する。たしかにトルストイだの源氏物語だのはトイレでの読書に不向きである。ビジネス書でも『もしドラ』あたりが限界であり、『失敗の本質』となると力みすぎるかもしれない。

じつはボクがトイレにおいてある本はトリビア系や辞典系の本なのである。見開き1ページ読み切りという本だ。場所柄「へーー、なるほどねえ」とうなづける本を選んでいるのだ。

知っておきたい100の木―日本の暮らしを支える樹木たち (シュフノトモベストブックス)

知っておきたい100の木―日本の暮らしを支える樹木たち (シュフノトモベストブックス)

『知っておきたい100の木』
著者には申し訳ないが、本書はトイレの常備本として本当におススメだ。木に少しでも興味のある人はもちろん、木に興味がない人でも、「へーー」の連続なのだ。トリビア本を狙って作っているようでもない、淡々とした編集が素晴らしい。

フルカラーの事典である。50音別ではなく「祈りの木」「匠を支える木」「薬になる木」など木を8つのカテゴリーに分類して紹介している。たとえば「匠を支える木」の章にはアオダモ、椿、柘植、桐、桑など20種が取り上げられている。

「アオダモ」はイチローのバットの木であり、ボールをバットの乗せて運ぶバッターに好まれるという。松井などの力任せ打法の打者はカエデだ。アオダモの木が少なくなってきたので、プロ野球選手も協力して北海道に「バットの森」を造成中らしい。著者は春夏秋冬の姿が良いこの木を庭の中央に植えることを薦めている。

「銀杏(イチョウ)」は生きている化石で1億年前から生息する遺存種だ。銀杏生産の林は雌木ばかりで雄木は数本しかないという。雄木が多いと実がなりすぎて、小粒になってしまうのだ。明治29年に平瀬作五郎がイチョウの精子を発見したエピソードも小粒ながら唸ってしまった。

「槐(エンジュ)」中国原産の「出世の木」だ。中国では大臣の位を「槐位」と称した。源実朝の「金槐和歌集」は実朝は右大臣だったので「槐」、居所鎌倉の金偏をとって「金」、すなわち「金槐和歌集」なのだという。へーー。


イラスト・図説でよくわかる 江戸の用語辞典~時代小説のお供に~

イラスト・図説でよくわかる 江戸の用語辞典~時代小説のお供に~

『江戸用語辞典』
文字通りの辞典である。50音順で時代小説や江戸時代ドラマに登場する言葉を解説している。全項目にわたり、口調が「ですます体」でも「である体」でもなく、「〇〇でございます」「○○を申します」などと結んで粋である。いくつかの項目を抜き出してみよう。

【てやんでぃ】→「何を馬鹿なことをいってやがるんでぃ」の略でございます。
【衣棚】→【湯屋】のロッカーを申します。
【五目の師匠】→【小唄】【長唄】三味線、舞など、様々な稽古をしてくれる総合芸のお師匠さんのことでございます。

じつは取り上げられている言葉の8割は知っているつもりのだが、このように説明がなんとも江戸情緒をかもし出していて、ついつい読んでしまう。イラストの塩梅も良く「下駄の色々」「頭巾の色々」「提灯の色々」など、なーるほどねえと感心してしまう。

鑑賞のためのキリスト教美術事典 (リトルキュレーターシリーズ)

鑑賞のためのキリスト教美術事典 (リトルキュレーターシリーズ)

『観賞のためのキリスト教美術事典』
これまた事典なので50音別に編集されている。しかし、全ページフルカラーでイラストも写真も本文以上の面積を使っているから、辞書を引くという使い方をする人はほとんどいないであろう。中世の絵画を見るためには絵の意味を読む必要があるのだという。しかし、その分野の専門家になるつもりがない人にとっては、このイラスト豊富な事典が丁度良い。

たとえばペテロの項では、黄色いマントをまとった気の良さそうな禿げおじさんが、逆さ十字と、金と銀の鍵を持っているイラストがリードする。つづいて、システィーナ礼拝堂の絵画でその金と銀の鍵は天国と地獄の鍵でペテロの象徴だと説明する。逆さ十字も同じく暴君ネロから逆さ十字に磔されたペテロの象徴だと理解できる仕掛けだ。

一番項目数が多いと思われる「は」の項目を羅列してみよう。「パウロ」「ハガル」「墓を訪れる聖女たち」「博士たちと神学問答」「旗」「バチカン」「バタシベ」「鳩」「パトリック」「バテシバ」「バビロン捕囚」「バベルの塔」「薔薇」「バラム」「パリサイ人」「バルバラ」「ハルマケドン」「ハレルヤ」「バロック」「パン」「反宗教改革」「パンロクラトール」「パンと魚の奇跡」。

色

色

『色』
白、黄、赤、紫、青、緑、茶と黒の7章でフルカラーの本だ。副題は「世界の染料・顔料・画材、さらにその副題がつづき「民族と色の文化史」と畳み掛ける。じつは本書の構成がまさにそのようになっているのだ。

たとえば、白の章は「神々しい白」として古代ギリシャ、旧約聖書、カソリックと宗教改革、イスラム教など、宗教における白についてのトリビアからはじまる。その後、遊牧民や白雪姫、通過儀礼などの白にまつわる文化のページがつづく。一転して「白亜」「カオリン」「卵や貝の殻」など画材の説明で白の章を終えるという仕掛けだ。

トリビアを記憶したい人はもちろんだが、ただただ呆然と眺め読みつつ、人類の色彩と美に対する飽くなき探求の歴史を体感するのも本書の楽しみかたであろう。