「裁判員メンタルヘルスサポート窓口」という欺瞞

今朝、新聞を読んでいたら以下のような記事が載っていました。

福島・死刑判決:元裁判員がストレス障害 遺体画像で (毎日新聞 04月18日)

強盗殺人罪などに問われた被告に死刑を言い渡した今年3月の福島地裁郡山支部の裁判員裁判で、裁判員を務めた福島県の60代女性が、証拠調べで見た遺体のカラー画像などが原因で不眠症や食欲不振に陥り、「急性ストレス障害(ASD)」と診断されたことが分かった。女性の弁護士によると、裁判員経験者が精神障害と診断されたのは初めてという。女性側は国に制度の見直しを求めるため、慰謝料など計160万円を求める国家賠償訴訟を仙台地裁に起こす構え。

元裁判員の女性は、裁判に参加中から不調を訴え「裁判員メンタルヘルスサポート窓口」に連絡するも、交通費を自分で負担して東京に行かないと対面カウンセリングが受けられないと告げられ断念したとのことです。そして「裁判員の心のケア制度はあるのかもしれないが、実際には役に立っていない。」と述べています。

裁判員のメンタルサポートについては、5年ほど前に旧ブログで取り上げていました。
裁判員制度と二次的トラウマ
裁判員制度 心のケアに900万円!

これらのエントリで私は、委託業者の専門性に疑問をもっていること、裁判員制度推進のためのアリバイ作りに過ぎないという意見を述べました。当時の懸念が現実になってしまったことが残念でなりません。


■ 相談窓口業務を委託されていた業者

先のエントリを書いたときには、業者の選定方法や、どういった業者が請け負ったのかなど分からないことだらけでした。今回の記事を受け少し調べてみることにしました。最初に見つけた文書はこれ。

第2回「犯罪被害者等に対する心理療法の費用の公費負担に関する検討会」に提出された、内閣府事務局が作成した「裁判員メンタルヘルスサポート窓口制度(PDF)」という資料です。
この文書によると平成23年8月当時は、「裁判員等の電話カウンセリング等委託業務(裁判員メンタルヘルスサポート窓口制度)」は(株)保健同人社 (http://www.hokendohjin.co.jp/) に委託していたようです。

その後もう一つ、裁判所のサイト内にあった「公共調達の適正化についてに基づく競争入札に係る情報の公表(PDF)」という文書を見つけました。

平成24年4月に一般競争入札でダイヤル・サービス (株) (http://www.dsn.co.jp/)が、「裁判員等の電話カウンセリング等委託業務」を(たったの)299,250円で落札していることが分かります。ということは、件の「役に立っていない」という業者はここのことなのでしょう。

ちなみに、平成23年度の「裁判員のメンタルヘルス対応電話相談等委託経費」予算額は9,804,000円です。24年度は分かりませんけど…。残りはどうしたんでしょうかね。

このダイヤル・サービス(株)のサイト内の「トータルEAPサービス」というページを見てみると、『全国217ヶ所に提携カウンセリングルームをご用意。(中略)ご相談者1名につき、年間5回までは無料でご利用いただけます。』とあります。東北にも9カ所の提携カウンセリングルームがあるとのことですが、だとすると「交通費を自分で負担して東京に行かないと対面カウンセリングが受けられないと告げられ」たというのはどういうことなのでしょうか。


■ 業者選定方法について

先に述べたとおりダイヤル・サービス(株)は、この業務を一般競争入札で落札していますが、H25年度の業者は一般競争入札ではなく見積り合せで選定するようです。なぜ、選定方法を変えるのでしょうか。謎です。
「裁判員等の電話カウンセリング等委託業務等 見積り合せ要領(PDF)」
最高裁判所事務総局経理局 平成24年12月13日


■ 裁判員メンタルヘルスサポート窓口制度の問題点

・専門性
裁判員制度が始まったH21年の12月に(社)日本臨床心理士会が「裁判員制度と心のケア研修会」http://www.jsccp.jp/suggestion/sug/pdf/data_Report-20100310.pdf
を行っています。多くの臨床心理士の方々が参加されたようです。
委託された(株)保健同人社、ダイヤル・サービス(株)は共にEAP(企業内のメンタルヘルスを請け負う)業者であり、所属するカウンセラーがどのような研修を受けているかや、トラウマ(二次受傷)・ケアについての専門性には疑問符がつきます。
先に取り上げた「裁判員メンタルヘルスサポート窓口制度(PDF)」という資料の「行っている心理療法の定義」の欄に「心理療法の定義は行っていない。」と書かれており、業者がどのような知見に基づいてカウンセリングを行っているのかさえ判然としません。

・カウンセリングの設定ミス
24時間無料電話カウンセリングという設定自体、問題があると思っています。カウンセリングに必要な枠組みを無視して、何らかの効果が上げられるとは思えません。
また、対面カウンセリングは5回まで無料で受けられますが、それ以降は自己負担となります。この制度が始まった当初から、対面カウンセリング「5回」という回数についての批判が多くありました。何を基準に5回と決めたのか…。
どうも委託業者のEAPのシステム(24時間電話相談、対面カウンセリング年間5回無料)に乗っただけではないかという気がしてなりません。


・予算額の妥当性
上記のような無謀な設定で年間予算が1千万足らず(対面カウンセリング込みですよ)というのは、最高裁はカウンセラーをバカにしているんでしょうかね。しかも、実際は30万円以下で落札って、いったい…。
こういう仕事を受ける業者を私は信用できませんし、無責任に発注した最高裁も信用できません。


カウンセリング方法や回数の設定、業者の選定方法、予算額などについて、いつ誰がどのように決めたのか、いくら探してもそれらしいテキストが見つからず、さっぱり分かりません(単に、私の探し方が悪いだけという気もしますが)。
無謀な立案、安価で委託(丸投げ)…。

裁判員裁判における性暴力被害者のプライバシー問題でも最高裁の問題意識の無さや不誠実さに失望と怒りを覚えましたが、今回またいっそう、その思いが強くなりました。



参考
http://blog.rote.jp/2009/06/16-000100.php
ロテ職人の臨床心理学的Blog
裁判員の心のケア、5回まで無料に…最高裁…って5回まで?(2009.6)

http://saibanin-keiken.net/teigen20101209.pdf
裁判員の心理的負担についての裁判所の対応策への緊急提言
2010年12月9日

http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2012/opinion_120315_3.pdf
裁判員の負担軽減化に関する意見書
2012年3月15日 日本弁護士連合会

http://www.47news.jp/CN/201005/CN2010051801001147.html
裁判員のカウンセリングは適用外 守秘義務で法務省が見解
2010/05/19 02:02 【共同通信】