NATROMのブログ

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ミツバチのレメディ「エイピス」は何に効く?

「ホメオパシー」という代替医療では、ある症状を引き起こす物質を希釈すればその症状を治す薬になると考えらえている。たとえば、ミツバチを希釈したものはミツバチによる虫刺されに効く、という具合だ。また、希釈すればするほど効果が増すとされる。

原料のミツバチはすり潰されてアルコールに溶かされ、元の物質が残らないほど何度も希釈・振とうされ、砂糖玉に染み込まされる。この砂糖玉を「レメディ」と呼ぶ。ミツバチから作られたレメディは「Apis(エイピスまたはアピス)」だ。レメディの中には「般若心経のレメディ」「福島の土のレメディ」といったわけのわからない新しいものもあるが、エイピスは古くからある伝統的なレメディの一つである。

実際には、エイピスのレメディには効果がない。ミツバチ由来の物質は残っていないため、実質的にはただの砂糖玉である。効果があるように誤認するのは、ただの自然治癒をみているか(ミツバチ刺傷はたいていは自然に治る)、プラセボ効果による(薬を使用した安心感が痛みを感じにくくする等)。

ホメオパシーに効果がないことは臨床試験で確かめられている。海外では伝統的な代替医療としてホメオパシーが広く使われていて、そのため臨床試験も行われている。効果がないものに効果がないことを明確に示すのも大事であるが、一方で、ホメオパシーの効果を調べるのに使われたお金や手間を、別のもっと見込みのありそうな医療の検証に使えば有意義であっただろうに、とも思う。

臨床試験の細かい解説については、■イケダハヤトさんのホメオパシー紹介記事について - Interdisciplinaryが参考になる。ここではホメオパシー側の「背後にある理論」を少し紹介しよう。体験談等から「やっぱり効くんだろう」と思っている人が、ホメオパシーの荒唐無稽な理論体系を知ることで、もしかしたら少しは考えを変えるかもしれない。

ホメオパシーの理論では、ミツバチを希釈して作られたレメディはミツバチ刺傷に効くと考えられている。これはいい。しかし、虫刺され全般、たとえばムカデやスズメバチによる虫刺されにも効くとされている。ムカデに刺されたんなら、ムカデを希釈したレメディを使えよ。

百歩譲って、虫刺され全般に効くのもいいとしよう。だが、エイピスは虫刺されだけでなく、じんま疹にも効くとされている。なんでだよ。ミツバチ関係なくね?『ホメオパシー大百科事典』(産調出版)によれば、「皮膚が腫れてかゆく、接触に過敏になり、刺すような痛みがある」という症状のため、じんま疹にも虫刺されにも対応すると書かれている。いやいや、ミツバチ刺傷とじんま疹の症状はだいぶ違うぞ。

それどころか、なんと膀胱炎にも効くとされる。「排尿時に、尿道と膀胱が灼けるように、刺すように痛む」という症状があるからである。なんでもありじゃないか、と読者は思われるだろう。その通り。エイピスのレメディは「目、唇、口腔、のどの炎症」や「発熱」にも役立つとされている。

エイピス以外にも多数のレメディがあり、それぞれ多数の症状に効くとされている。同じ膀胱炎でも「灼けるように切られるように痛む」場合には別のレメディが使われる。このように複雑で科学的根拠のない体系ができあがっており、ホメオパス(ホメオパシーの自称専門家)やホメオパシーユーザーは、治したい症状に対応すると思われるレメディを選択する。たまたまその症状が(自然治癒かプラセボ効果で)改善したら、「レメディがヒットした」(正しいレメディを選択した)と考える。

症状が改善しなかった場合、ホメオパシーが効果のないニセ医学だからだとは彼らは考えない。レメディの選択を誤ったから症状が改善なかったのであり、正しいレメディを選択すれば改善するはずだと考える*1。そして別のレメディを試す。たいていはそのうち自然治癒するが、手遅れになる場合もある。レメディそのものはただの砂糖玉で安全であるが、ホメオパシーの体系は危険である。

『ホメオパシー大百科事典』の以下の記述を読めば、ホメオパシーの体系が、医療というよりはオカルト的なものであることがわかるだろう。


アピス(引用者注:エイピスと同じ)で効果がありそうな人を、ホメオパスは簡単に見分ける。行動にどことなくハチを思わせるところがあるからだ。小うるさく、落ち着きがなく、いらだちやすくて気難しい傾向がある。何時間も整理整頓に熱中するが、手際が悪く、あまり成果のないことが多い。傷つきやすい側面もあり、神経質で悲しみにとらわれやすく、涙もろく、ひとりでいるのを嫌う。仲間を求めるところから、このタイプの人は、まとめ役の「女王蜂」と評される。腹の立つ相手に使う毒針を尾に持っている。縄張り意識が非常に強く、新来者に対しては、強い嫉妬や疑いを向けることがある。(P104)

これも複雑で科学的根拠のない体系の一部である。このような体系を信用できるのならホメオパシーのレメディを試してみるのもいいだろうが、私はどのような値段であってもまったく「リーズナブル」とは思わない。


*1:ホメオパシーにも派閥があり、それぞれの派閥は、異なる派閥のホメオパスはレメディを正しく選択できないと考えている