NATROMのブログ

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韓国における甲状腺がんの過剰診断

■「過剰診断」とは何かを読んでくださった方は、いまや早期発見・早期治療が常に良いとは限らないことをご存知であろう。検診による早期発見・早期治療によって癌による死亡を抑制できる(かもしれない)が、一方で癌を早期発見しようとすると、多かれ少なかれ過剰診断が生じる。これはトレードオフの問題である。

甲状腺がんは過剰診断が起こりやすい、つまり、治療しなくても症状を引き起こさない癌を見つけてしまいやすい、典型的な癌である。甲状腺がんの多くは進行がゆっくりで、予後が良い。また、病理解剖で数十%の人に甲状腺がんが見つかることが知られている*1。なお、日本人の甲状腺がんの年齢調整死亡率は0.5前後(10万人年当たり)である。甲状腺は体表近くにあり、現在は超音波による検査機器が進歩しているから、その気になればサイズが数ミリといった小さな甲状腺がんを発見することもできる。よって、特に何の症状も無い成人に対して甲状腺がん検診を行えば、放置しても症状を引き起こさない(過剰診断の)甲状腺がんが多く見つかる。

2014年に、New England Journal of Medicine誌およびLancet誌にそれぞれ、韓国における甲状腺がんの過剰診断についての論文が掲載された*2。程度の差はあれ、先進国では甲状腺がんの罹患率の上昇は見られるが、韓国ではそれが著しい。New England Journal of Medicine誌のKorea's thyroid-cancer "epidemic"--screening and overdiagnosis.(韓国の甲状腺がんの「流行」−スクリーニングと過剰診断)よりグラフを引用しよう。一目瞭然である。






Ahn HS et al., Korea's thyroid-cancer "epidemic"--screening and overdiagnosis., N Engl J Med. 2014 Nov 6;371(19):1765-7より引用。

オレンジ色の実線で示される甲状腺がんの罹患率はうなぎ上りである。2011年には1993年の実に15倍になっている。一方で緑の点線で示される死亡率はほとんど変化していない。罹患率が上昇しているのに死亡率が変化しないのは過剰診断を示唆するパターンである。

韓国において、1999年から無料もしくは低負担で受けることができる国家的ながん検診プログラムが開始された*3。甲状腺がん検診そのものはプログラムには含まれなかったものの、30〜50ドルという安価な対価で追加の超音波検診を受けることができた。これが韓国における甲状腺がんの罹患率の著明な上昇の一因であろう。他の国では甲状腺がん検診はそれほど一般的ではない。

甲状腺がんと診断される人が増加すること自体が、市民と医師の両方に甲状腺がんを早期発見しようと促すことも指摘されている*4。想像してみよう。隣人が甲状腺がん検診を受け、幸いにも早期に発見でき、手術して治ったと聞く。それは過剰診断で放置してもかまわないものだったかもしれない、なんて情報は知らされない。「私も甲状腺がん検診を受けた方がいいかもしれない」と思うだろう。

医師のほうも検査すればけっこう甲状腺がんが見つかるのなら、検査を勧める気にもなるだろう。超音波による甲状腺がん検診は痛みも被曝もなくお手軽に施行できる。経済的な利益もあるし、それ以上に、早期にがんを発見することで患者さんを救ったというやりがいが生じる。それに、検診を勧めなかったら、後から「甲状腺がんを見落とされた」と訴訟に巻き込まれる可能性もあるかもしれない。

しかし、一般市民はともかく、専門家たる医師は、もはや気軽に甲状腺がん検診を行うべきではない。New England Journal of Medicine誌およびLancet誌は臨床医学のトップジャーナルである。その二誌に甲状腺がん検診に否定的な論調の論文が掲載されたのだ*5。近い将来、検診を控えるようになって、韓国の甲状腺がんの罹患率上昇は止まり、減少に転じると予想する。


*1:年令、性別、民族によっても変わるが、「どれぐらい一生懸命に見つけようとするか」によっても変わる

*2: http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25372084 , http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25457916

*3:Ahn HS et al., 2014

*4:Lee and Shin, 2014

*5:本文を読んでもらえばわかるが、「手術する基準を見直そう」とかではなく、検診や早期発見そのものに対して否定的である。"…ultrasonography for thyroid cancer screening should be discouraged…", "…they will need to discourage early thyroidcancer detection."