NATROMのブログ

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「謎解き超科学」(書評)


cover

■謎解き超科学 ASIOS (著)

著者のASIOSは団体名(「Association for Skeptical Investigation of Supernatural」(超常現象の懐疑的調査のための会)である。実際には本書は複数の著者によって書かれている。「はじめに」によれば、「本書でいう「超科学」とは、科学を装っているものの実は科学ではない、いわゆるニセ科学と呼ばれるようなものから、科学では説明不可能に思える不可思議な話まで、さまざまな主張を指した用語」(P4)であるそうだ。ニセ科学より広い概念である。本書の目次を見れば「超科学」がどういうものを指すのかだいたい理解できる。


■ASIOSの本 - ASIOS -より引用


はじめに――かつての自分に贈りたい本(本城)

【第1章】日常に潜む超科学の真相

電磁波は健康被害を引き起こす!?【浴び続けるとガンになる恐怖の波長】(蒲田)
サブリミナル効果は存在するか?【潜在意識に訴え、相手を意のままに操る】(皆神)
牛乳を飲むと不健康になる?【ベストセラー本に書かれた衝撃の事実】(道良寧子)
「磁気がコリをほぐす」は本当か?【磁気治療器は効果があるのか?】(蒲田)
ゲルマニウムで治癒力が上がる?【身につけるだけで効果が期待できる?】(本城)
デトックスで毒素を排出できる?【フットバスや足裏樹液シートで体内洗浄】(蒲田)
「水からの伝言」の不思議【ありがとうの言葉が水の結晶を美しくする】(蒲田)
「マイナスイオン」とはなにか?【浴びるだけで効果がある大気イオン】(小波)

【第2章】自然界に潜む超科学の真相

万能細菌「EM菌」とは?【あらゆる分野に効果がある奇跡の細菌】(蒲田)
ポールシフトは起きるか?【かつて地球を襲った大異変ふたたび?】(山本)
フリーエネルギーは実現するか?【エネルギー問題はこれで解決?】(山本)
隕石落下はどれぐらい危険か?【ロシアを襲った脅威はまたくる?】(山本)
百匹目の猿現象は本当か?【ある群れの行動が他の群れへと伝播する?】(本城)
動物の地震予知はあてになるか?【動物の行動から地震が予測できる?】(横山)
キルリアン写真はオーラを写す?【生命のオーラをとらえた奇跡の写真】(本城)
相対性理論は間違っている?【物理学界を揺るがす大スクープ】(山本)
「ID論」とはなにか?【アメリカの科学者たちが提唱する新しい科学】(ナカイ)

【第3章】人体にまつわる超科学の真相

血液型性格判断は信用できるか?【人間の性格は血液型で決まる?】(菊池)
『ゲーム脳の恐怖』の真実【ゲームをやりすぎるとゲーム脳になる?】(山本)
逆行催眠でよみがえる記憶【潜在意識から記憶を取り出すテクニック】(菊池)
母乳神話の真相【乳幼児の食事で母乳にまさるものはない】(道良寧子)
千島学説は信用できるか?【ガン細胞は汚れた血液から生まれる?】(ナカイ)
死者の網膜写真【網膜に残された死者の記憶】(本城)
人間は真空中で破裂する?【世間にまかり通る科学の俗説?】(横山)

【第4章】美容と健康にまつわる超科学の真相

サプリメントの効能と効果の錯覚【効果の裏側には大きな錯覚が存在した】(石川)
健康食品の広告トリック【広告に張り巡らされた巧妙な罠】(石川)
ホメオパシーで病気は治るか?【日本でも静かに広がる“代替療法”】(黒川)
マクロビオティックの真実【現代病を退ける奇跡の食事療法】(道良寧子)
酵素栄養学の誤解【酵素が健康で病気知らずの体を作る】(道良寧子)
「オーリングテスト」とはなにか?【筋肉の反応でなんでもわかる診断法】(ナカイ)
手かざし療法の危険性【手をかざすだけで病気が消失する】(原田)

あとがき――「科学的に考える」ということ(蒲田)


どの項目からでも読める。一項目はおおむね数ページであり読みやすい。ニセ科学批判についてよく知らない読者がまず読むのに適していると思う。逆に詳しく知りたい方にとっては物足りないかもしれないが、参考文献が提示されているのでそちらにあたればよいだろう。

本書で扱われる「超科学」は全部で31項目があるが、そのうち3項目についてご紹介する。


千島学説

千島学説とは1963年から千島喜久男博士が提唱した学説である。千島学説には腸造血や病原体の自然発生などの8つの原理があるが、どれも科学的には間違っている。しかしながら、千島学説は現代医学の「定説」を真っ向から否定するがゆえか一部の代替医療と親和性が高い。一方で千島学説はあまりにも荒唐無稽すぎてアカデミックな場ではほとんど議論されていないし、そもそも医学の専門家にはほとんど知られていない。よって、千島学説に批判的な書籍や論文はほとんど存在しない。この点から見ても、本書における千島学説批判は貴重なものである。

千島学説においては、体細胞は細胞分裂によるのではなく赤血球が分化して生じるとされる。「これが間違いであることは中学生でもわかるだろう」(P187)。体細胞は遺伝情報を持つ幹細胞が分裂して生じるというのが常識ではないか。「もし細胞が分裂しないとしたら、生物の教科書に必ず載っている「細胞分裂している胚」の写真はいったい何なのだろうか」(P187)。千島学説の信奉者はこうした説明で納得しないだろうが、一般の読者に対しては十分である。ちなみに良く勉強している千島学説の信奉者は、細胞分裂している胚の写真を「生体外の特殊な環境における例外的な事象」だとみなす。「千島喜久男博士の観察も生体外で行われたではないか」などと反論すると不毛な議論を楽しめる。

千島学説とルイセンコ派との関係については、不勉強ながら本書を読むまでは詳しくは知らなかった。ルイセンコ派のソビエト連邦の科学者、レペシンスカヤの学説を千島喜久男博士は強く擁護したという。そういえば、確かに千島学説の8つの原理の中に、ダーウィン進化論の否定や獲得形質の遺伝の肯定が含まれている。本書でも指摘されているが、ルイセンコらの学説は遺伝学や分子生物学の進歩によって否定された。千島学説も同時に否定されたと言っていい。

「社会問題としての千島学説」では感染症対策について述べられている。千島学説では感染症という概念自体が否定される。病原体は体外から感染するのではなく体内で自然発生するのだ。「結核のように明らかな感染症にかかったとしても、千島学説では結核菌が検出されるのはどこかで感染したからではなく、身体の不調で自然に生じたことになり、その治療法も栄養不足にならないよう、無添加の自然食品を食べようということになる。結果、結核菌はバラ撒かれ、周囲の人々が感染の危険にさらされるのだ」(P193)。

(30年前とかではなく)現代の日本でも、ごく少数ながら、千島学説に親和的な医師は存在する。杞憂とは言えない。


ホメオパシー

千島学説と違って、ホメオパシーに批判的な文献には事欠かない。古くはマーチン・ガードナーの「奇妙な論理」、最近ではサイモン・シンおよびエツァート・エルンストの「代替医療のトリック」、あるいは2005年のLancet誌に掲載されたメタ解析*1。千島学説のような日本におけるマイナーな学説とは違い、伝統的な代替医療の歴史を持っているがゆえであろう。

他にもホメオパシー批判の文献があるにも関わらず、わざわざ本書におけるホメオパシーの項を紹介する理由は何か?それは、ホメオパシーの歴史および創始者であるサミュエル・ハーネマンの思想を詳しく伝えているからである。ホメオパシーが生まれた18世紀の通常の医療は乱暴であった。瀉血をはじめとして、傷口を焼きゴテで焼いたり水銀などの有毒な物質が治療に用いられていた。「こうした当時の医療は、患者に苦痛を与えるだけで、病気を癒すものではなかった。その状況に疑問を持ったのが、ホメオパシーの創始者ハーネマンだった」(P228)。ハーネマンは、ある症状を起こす物質が症状を治す薬になるという「同種の法則」、および、物質を高度に希釈すれば効力が高まるとする「超微量の法則」に基づいてホメオパシーを創設した。現在ではこれらの法則が正しくないことは明らかであるが、18世紀当時の乱暴な医療と比較すれば害がないだけホメオパシーのほうが優れている。問題なのは、いまだにホメオパシーに効果があると考えている現代のホメオパスである。

好転反応についての記述も興味深かった。現代のホメオパスの一部は、治療後に症状が悪化した場合、毒が排泄される一時的なものでありむしろ病気が良くなっている兆候であるとみなす。ホメオパシーに限らず治療後の症状悪化を好転反応とみなす代替医療は他にもあるが、単に効果がないのをごまかしているだけである。病状の悪化を好転反応だと認識することで手遅れになりかねない。実際に、「体力の著しい低下、息切れ、黄疸、むくみ」などの症状をホメオパスが「治療師的な直感として、好転反応であると見ていた」結果、「悪性リンパ腫、肝臓転移により閉塞性黄疸」の状態にまでなった例がある*2。

しかし、ハーネマンの記した「オルガノン」「慢性病論」には「好転反応」という単語はないという。「ハーネマンは著書の中で、レメディ服用で症状の悪化が生じることを認めている。しかし、あくまでそれは「本来の病気を少し悪化させたようにみえる一時作用の症状」であり、服用してから最初の1時間もしくは数時間で生じ、軽くて短時間ですむと繰り返し強調している。その他、「治療を続けている期間中、本来の病気が明らかに悪化する現象は現れるはずもない」とも書いている」(P234)。本書のホメオパシーの項を書いた黒川ゆき氏は現代のホメオパスよりもハーネマンの思想に詳しいのではないか。


母乳神話

母乳育児にメリットがあるのは事実である。かつては母乳栄養よりも人工乳のほうが進歩的で優れているという風潮があったという。日本では1970年前半に母乳栄養の比率が30%そこそこにまで減少した*3。その反動のためか、逆に母乳のメリットを過度に評価する傾向も出てきた。本書は母乳のメリットを否定するものではなく、「実際よりも効果を過大に主張したり、虚偽の説明を行うことは望ましいものでない」(P180)という立場である。

母乳育児のメリットとされているものの中には信頼できるものと根拠がなく信頼できないものが混在しており、どの主張が信頼できるのかが本書では検討されている。たとえば、感染症などへの防御効果や長い授乳期間による母親の乳がんリスクの減少は正しいと言える。一方で、母乳育児によってアレルギーが予防できたりや知能指数が高くなったりする点についてはまだ真偽がはっきりしていないという。

母乳の栄養面での評価として、「赤ちゃんにとって栄養面で最適とされる母乳であるが、実は必要な栄養素が十分に揃っているわけではない」(P181)。ビタミンKや鉄分が不足しうることが言及されている。むろん、母乳育児において栄養素の不足が生じても必要に応じて適宜補充すればいいのであるが、母乳への信頼が過剰な場合には母乳以外のものを口にしてはならないという誤解もみられる。母乳には少ないながら欠点もあることが知られるのが望ましい。

母乳の分泌量には個体差があるし、社会的な理由で十分な母乳育児が困難なケースもあるだろう。そうした現実を無視し、母乳のメリットを過度に評価し、あるいは欠点がないように伝え、努力すれば必ず母乳が出るといった極端な主張が「母乳神話」である。「母乳を勧めるのは、そもそも子どものためである。母乳以外の選択をしたとしても、それが子どもためになるものであるならば、まったく悲観する必要はない。むしろ「母乳神話」に惑わされ、母乳でなければ子どもの将来がまっくらであると思い込み、母親が強い罪悪感を抱いてしまうことの方が、子どもにとって不利益である」(P183)。

母乳よりも人工乳が進歩的で優れている主張も、あるいは母乳は完全であり欠点がないという主張も、どちらも不正確である。母乳のメリットとデメリットについて個別に評価・検証するバランス感覚が必要なのである。