NATROMのブログ

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「ワクチン接種による胎児死亡率の増加が4000パーセントを超えています!」

「妊娠中にインフルエンザのワクチンを接種した場合、胎児の死亡率は4250%アップ」*1というツイートがあった。プロフィールによれば「専門は動物の統合診療医&外科医」。


根拠は海外の反ワクチンサイト*2のようだ。"4,250% Increase in Fetal Deaths Reported to VAERS After Flu Shot Given to Pregnant Women"(妊娠女性に与えられたインフルエンザワクチン接種後のワクチン有害事象報告システムへの胎児死亡の報告が4250%増加)とある。どこから4250%なんて数字が出てきたのか興味があったので調べてみた。結論から言うと、Human & Experimental Toxicology誌に掲載されたGS Goldman氏による論文*3の表に由来するようだ。





â– Swine Flu Vax Increased Vaccine-Related Miscarriages 6-11 Times | Gaia HealthGaia Health

このサイトでは6〜11倍としている。

2008/2009年のシーズンでは胎児死亡の報告は4例。2009/2010年のシーズンでは胎児死亡の報告は合計174例だが、そのうち4例は季節性インフルエンザワクチンのみ接種しており、H1N1ワクチンを接種した妊婦からの胎児死亡は170例。170/4=42.5。なるほど、そう来たか。ワクチンを接種された妊娠女性の数が年度で異なるのだから(2009/2010年のシーズンでは前年の約4倍の女性がワクチンを接種されている)このような単純な比較はできないのだが、そんなことは気にせずに「40倍!怖い!」と騙されちゃう人が想定「顧客」なのだろう。「動物の統合診療医&外科医」が「詐欺師」なのか「顧客」なのかはわからない。

ワクチンを接種された妊娠女性数あたりで比較すると、胎児死亡の報告は40倍ではなく11.4倍となる。これでも問題だと考える人もいるであろう。確かに胎児死亡そのものが約11倍であれば問題であるが、結論から言うと、ワクチン有害事象報告システムに捕捉された胎児死亡が約11倍であっただけで、実際の胎児死亡については何も言えない。おそらくは増えてはいないし、少なくとも約11倍とかいう数字にはならない。

考えてもみよ。2009/2010年のシーズンには妊娠女性の43%がワクチンを接種したのだ。もしワクチン接種によって胎児死亡が11倍(あるいは6倍)になったとしたら、全妊娠女性で約3倍になる。気付かれないわけがない。アメリカ合衆国全体の胎児死亡の統計は発見できなかったが、発見した範囲内での各州の統計では、とくに2009年〜2010年にかけて胎児死亡は増えていない。一例として、テキサス州での胎児死亡率のグラフを挙げる。





■Texas Department of State Health Services, Vital Statistics Annual Report, Mortality Narrativeより引用。テキサス州での胎児死亡率は2009年〜2010年にかけて大きな変化を認めない

ワクチン有害事象報告システムへの報告数と、実際の有害事象の数の違いを明確にせず、「4250%アップ」とか「11倍」とか恐怖心を煽るのは、反ワクチン団体の常套手段である。ワクチン有害事象報告システムには、ワクチンとの因果関係が明らかでなくともワクチン接種後に有害事象が起これば報告してもよい。よって、有害事象の報告数は医師やワクチン接種者の意識に強く影響を受ける。「ワクチンが胎児死亡に関係があるかもしれない」という噂が広まるだけで、胎児死亡の報告が増えるだろう。

おそらく、2008/2009年のシーズンでは胎児死亡の報告が少ないのは、それまでは胎児死亡とワクチンの関係が疑われていなかったからであろう。胎児死亡との関係が注目されて2009/2010年のシーズンでは報告数が増えたが、翌年の2010/2011年のシーズンで胎児死亡の報告は約6分の1に減った。医師やワクチン接種者が「飽きた」ためだと私は推測する。

A-H1N1ワクチンが胎児死亡を増やさず、むしろインフルエンザ罹患を減らすことでリスクを減らす可能性があることが、複数の質の良い研究からわかっている。たとえば、■Risk of fetal death after pandemic influenza vi... [N Engl J Med. 2013] - PubMed - NCBI。日本語の要約は、■パンデミックインフルエンザウイルス感染またはワクチン接種後の胎児死亡リスク。「ワクチン接種そのものは胎児死亡率の上昇とは関連しておらず,パンデミック中のインフルエンザ関連の胎児死亡リスクを低減させた可能性がある」と結論されている。

これからも、反ワクチン団体は、ワクチン有害事象報告システムへの報告数と実際の有害事象の数の違いを利用し、不適切にワクチンへの恐怖を煽るであろう。最近、HPVワクチンの「副作用」に関する報道がなされている。HPVワクチンに無視できない副作用があろうとなかろうと無関係に、今後、HPVワクチンの有害事象の報告数は必ず増える。そして報告数の増加が反ワクチン団体に利用されると予言しておく。


*1:URL:https://twitter.com/keijimoriiVet/status/273377921010380800

*2:â– 4,250% Increase in Fetal Deaths Reported to VAERS After Flu Shot Given to Pregnant Women | Health Impact News

*3:■Comparison of VAERS fetal-loss reports during three consecutive influenza seasons: Was there a synergistic fetal toxicity associated with the two-vaccine 2009/2010 season?(3連続インフルエンザシーズンのワクチン有害事象報告システムによる胎児死亡報告の比較:2009/2010年の2つのワクチンと関連した相互作用的な胎児毒性は存在するか?)