NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

放射線被ばくで集患を

もしあなたが関東近辺の開業医で、クリニックがつぶれそうになっていたら、放射線被ばくとさまざまな症状を積極的に結びつけるとよい結果を産むかもしれない。鼻血や下痢などの症状が低線量の放射線被ばくで起きることは医学的には考えにくく、医師としての良心が残っているならば、安易にそうした症状と放射線を結びつけることはできない。また、周辺の医療機関からの信用もガタ落ちだろう。しかしながら、需要はある。

被ばくがあろうとなかろうと、常に下痢や鼻血は生じている。原因が明確でないこともいくらでもある。下痢の多くは感染によるものであるが、感染源や起炎菌が明らかになるほうが少ない。鼻出血も半数以上が特発性、つまり原因は不明である。しかし、原因が不明であると患者は不安に思う。原発事故の後に下痢や鼻血が生じたら、被ばくが原因ではないかと疑うのは、人の心の働きとしては当たり前のことだ。臨床医の役割は、そうした不安を理解し、不安を解消できるような診療を行うことである。

ただ、医師が常に適切な(患者の不安に配慮した)説明をするとは限らないし、あるいはどのような説明を受けてもなお、不安のままの患者も一定の割合でいるだろう。とくに、患者がネットなどの無責任な情報に煽られた場合は。しかし、まともな医師は、症状を放射線のせいにはしてくれない。ここにビジネスチャンスがある。「その症状は放射線被ばくによるものだ」という「正しい」診断をしてくれる医師は貴重であるがゆえに、患者が集まるであろう。保険診療範囲内で検査などを行うだけでもいいが、治療となるとさらに工夫の余地がある。

「EM菌が放射能に効く」という主張がある*1。なるほど、放射線被ばくによると主張されている諸症状の多くに、EM菌は「効く」だろう。同様に、ホメオパシーのレメディーも「効く」。電解還元水も「効く」。ビタミンC大量投与もマクロビオティックもバイオラバーも物質Xも気功も「効く」。顧客のニーズに合わせて、自費診療で適当なものを提供すればいい。重大な疾患の除外と、言質を取られないようなインフォームドコンセントを行っていれば、訴訟のリスクは小さい。

下痢や鼻血だけが対象ではない。被ばくと諸症状と積極的に結び付けるのは、ロングテールのビジネスになりうる。下痢や鼻血だけでなく、寒気、頭痛、筋肉痛、関節痛、手足の震え・けいれん、倦怠感、疲労感、アレルギー症状の悪化、イライラ、抑うつ、発疹、めまい、生理不順などの症状が、今後、放射線被ばくと関連していると訴えられるであろう。潜在的な顧客は多くいる。「その症状は放射線のせいでしょうね」という一言だけで、患者はあなたのクリニックに集まる。


*1:放射能と微生物 チェルノブイリへのかけはし 特定非営利活動法人チェルノブイリへのかけはしの公式サイト&ブログURL:http://www.kakehashi.or.jp/?p=3409