NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

平沢進と物質X(ミラクルミネラルソリューション)

ミュージシャンの平沢進氏が、「物質X」なるサプリメントを勧めています。ご本人のブログより。


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これから書くことは人々にとって有益である。幸福の実現においてその基礎となる身体の健康維持や回復に寄与するものであり、それゆえ特定グループの巨大な利益構造を根底から破壊することになる。そのこと自体が人々の長期的な幸福につながるものとはいえ、彼らがそれを許すわけがない。それゆえ、今日まで人の健康について「真実」に接近した勇気ある人々は妨害され、資格を剥奪され、信用を落とされ、投獄され、殺害されてきた。これから話題にする「物質X」の隠された機能を発見した人物も同様、身の安全のために自国に留まることができず、世界中を転々としている。

彼は「物質X」によって一儲けし、有名になりたかったのだろうか?それは違う。製品化されたそれは驚くほど低価格だし、その売り上げの一部は貧しい国の人々に無料で「物質X」を配布するために使われている。彼はまた「物質X」の作り方も公開している。それは容易に手に入る材料を使って台所で作ることができるのだ。それは人々の生活の中で昔から使われてきたものなのである。

「物質X」は難病を含むあらゆる病気を短期間で完治させるという驚くべき機能を持っている。しかしそれは本当に驚くべきことなのだろうか。「物質X」が何万人もの人々の難病を次々と治してゆくという現実を前にして、驚くべきはむしろ「健康の回復には長期間が必要であり、かつ専門的で困難である」という固定観念のほうである。我々は創作された現実に住んでいる。


このブログ(『NATROMの日記』)の読者なら、「いつものやつ」で済ませられるでしょう。あらゆる病気に効くと称される代替医療は星の数ほどありますが、本当に効くと証明されたものはありません。擁護者の言い訳はだいたい決まっています。「あらゆる病気が治るようになれば製薬会社をはじめとした医療業界が困る。巨大な権益構造が、“真実の治療法”の普及を妨げている」というものです。典型的な陰謀論です。

「代替医療で治った」という体験をしてしまうと、その代替医療には効果があると思い込んでしまいます。平沢進氏も、ニキビや口内炎や潰瘍性大腸炎が治ったという体験談を紹介しています。しかしながら、たとえその代替医療にまったく効果がなかったとしても、「治った」という体験は起こります。プラセボ効果や、自然治癒や、あるいは「効くはずだ」という思い込みからくる治療効果判定の誤りなどが、「効果あり」と誤認する理由です。

なので、科学者や医師たちは、体験談だけで何かの治療法に効果があると決めつけません。思い込みによる誤認を避けることのできる方法で、治療をした集団と、治療をしなかった集団を比較した研究があってはじめて、「効果あり」と判定します。「体験談」を重視する人たちは、「効果がある」治療法を医師たちが認めようとしないのは、「巨大な利益構造」を守るためだと思うかもしれません。しかし、実際のところは、「信頼のおける研究で効果が証明されていないから」なのです。

さて、「物質X」ですが、平沢進氏のヒントによって、「ミラクルミネラルソリューション(MMS)」もしくは「ミラクルミネラルサプリメント」というサプリメントであることがわかります。内容は、亜塩素酸ナトリウムです。私の知る限りにおいて、「物質X」が、なんらかの疾患に有効であると示した信頼のおける研究はありません。最低限の医学知識を持った人で、「物質X」つまりMMSがさまざまな病気に効くと考える人はいません。病気に効果あるどころか、米国FDAは、亜塩素酸ナトリウムを含む製品が「吐き気、嘔吐、下痢、脱水などの健康被害を生じる可能性がある」と警告しています*1。

平沢進氏が、MMSという名前を出さず、「物質X」と呼んでいるのは、短期間に大々的に普及すると「巨大な権益構造からの攻撃」があるためだそうです。そのような憂慮をするのであれば、まず、根拠も示さずに「難病を含むあらゆる病気を短期間で完治させる」と主張をするのを止めるべきです。地道に、少しずつ、効果を証明していけば、医療界からも受け入れられます(■癌霊1号の話が参考になるでしょう)。MMSを開発したというジム・ハンブル氏は、信頼のおける研究成果をなぜ公表しないのでしょう?そうすれば、他の医師がMMSを使い、多くの患者が助かるというのに。信頼のおける研究をする気はなく、医学教育を受けていない一般の人々を騙せればそれでよい、と考えているのでしょう。

平沢進氏は、ツイッターでも「物質X」を勧めています。4万人を超えるフォロワーがおり、中には信じる人もいるようです。自分に試すぐらいなら、健康障害が起こってもまだ自業自得と言えますが、病人に試している人もいるようです。





うちのおばあちゃんが糖尿病で、母方のおばあちゃんはC型肝炎。まずは自分で試して、死ななかったら使ってもらう事にする。




物質X慢性心不全、腎不全で虫の息だった高齢者に昨日一昨日と飲ませたら今朝浮腫が減り苦しさが軽減しました。

平沢進氏を含めて、彼らが、本当に心から、病気を治してあげたいと願っていることは疑いません。しかし、その善意が、ときとしてどのような結果をもたらしうるか、考えてみてください。若くて健康な人には無害か、あるいはせいぜい嘔吐や下痢ぐらいで済むところが、高齢者や病人だと致命的な結果を招くかもしれません。「物質X」にはナトリウムが含まれていますので、心不全を悪化させる可能性もあります。効果が証明された治療法であるなら、副作用のリスクがあったとしてもやる価値はあるかもしれませんが、「物質X」の効果は証明されていません。あなたの善意があなたの家族を殺しても、平沢進は責任をとってくれません。



追記(2011年2月1日)

「Jateひれ伏す」シリーズが非公開になったようです(■NO ROOM - Phantom Notes »Phantom Notes» ブログアーカイブ » 「Jateひれ伏す」シリーズを非公開にした)。「「Jateひれ伏す」シリーズの重要な部分に触れずに引用し、文章の意図することを歪めて持論を展開するブログからリンクが張られていたため」だそうです。ちなみに、その重要な部分とは、



私は「物質X」を題材にしてひとつの世界観を示そうと試みているに過ぎません。

しかしもう一度言う。私はこのシリーズを通して一つの世界観を示そうと試みているだけだ。ゆえに、あなたは私の立場を拒否することができる。あなたは自身の幸福の追求において、あなたが信頼のおける、現時点で最良と思われる他の世界観を採用することができる。


というものです。そのわりには、「(巨大な権益構造からの攻撃やキャンペーンによって「物質X」の普及が止まったり違法化されてしまう前に)地下的にできるだけ多くのユーザーを増やし、圧倒的多数の常識にしてしまいたいと考えている」とも書いてありました。「(MMSの機能を発見した人物は、巨大な権益構造からの攻撃やキャンペーンによって「物質X」の普及が止まったり違法化されてしまう前に)地下的にできるだけ多くのユーザーを増やし、圧倒的多数の常識にしてしまいたいと考えている。私もその考えには賛成だ。」とも書いてありました。平沢氏は、自分のファンの多くが、「物質X」のユーザーになることを願っていたのは明らかです。「一つの世界観を示そうと試みているだけ」「これからオモシロイことを話してやるから、後は自分で考えろ」というのは、単に責任逃れに過ぎないと私は考えています。私が「文章の意図することを歪めて持論を展開」しているかどうかは、私のブログ、および、私がリンクを張って明示した平沢氏の文章の両方を見比べれば、読者が判断できたでしょう。しかしながら、平沢氏は、その機会を読者から奪いました。残念でなりません。今からでも遅くはありませんので、読者の判断を平沢氏が恐れていないのであれば、読者に再び判断の機会を与えて欲しいと願います。

ついでながら、誤った情報を与えておいて、「強制はしない。選択はあなたが自由にできる」というやり方は、インチキ医療によく見られます。典型的には、日本ホメオパシー医学協会による、予防接種の害について誤った情報を与えた上で、「医学協会は現代医学を否定しない。予防接種を受けるか受けないかは、あなたが自由に選択できる」というやり方です。選択の自由を保障することは、誤った情報を流布することの免罪符にはなりません。誤った情報を公開すれば、批判や反論を受ける。当たり前のことです。もちろん、言うまでもありませんが、私の主張が間違っているのであれば、誰でも、批判や反論する自由はあります。