NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

一生に一度でいいから肝炎の検査を受けよう

ほとんどの人は健康で長生きしたいと考えているだろう。人々は健康のために、健康食品を購入したり、運動したり、検診を受けたり、食事に気をつけたりしているが、そうした行動にはコストがかかる。できることなら、なるべくコストの少ない方法で、効率よく健康・長生きという結果を得たいよね。そこで、コストパフォーマンスの良い方法を紹介するよ。それは、ウイルス性肝炎の検査を受けること。しかも、一生に一度でOK。そもそもウイルス性肝炎とは何か、なぜ検査が一生に一度でいいのかをこれから説明する。





国立がん研究センターがん対策情報センターがん情報サービス
■日本人のためのがん予防法

肝がんの原因の大半が慢性ウイルス性肝炎

慢性ウイルス性肝炎ってのは、B型慢性肝炎とC型慢性肝炎のこと。薬害肝炎訴訟とかで聞いたことぐらいあるだろう。日本の肝臓癌の原因の大半はこれ。大雑把に言うと、肝臓癌の原因の約75%がC型慢性肝炎で、約15%がB型慢性肝炎。ちなみに、肝臓癌は減少傾向にあるものの、日本人の部位別の癌で死亡数が多い順に、肺癌、胃癌についで第三位*1。また、慢性ウイルス性肝炎は、肝癌で死ななくても、肝硬変や食道静脈瘤破裂などの、肝癌以外の死亡の原因にもなりうる。慢性ウイルス性肝炎をなんとかできれば、肝癌やそのほかの死亡を減らせる。そして、最近では、わりと何とかできるようになってきた。


いまや慢性ウイルス性肝炎はけっこう治る

昔は慢性ウイルス性肝炎は治らなかったけど、今ではだいぶ治療法が進歩した。C型慢性肝炎は、インターフェロンという薬でウイルスを排除することができる。もちろん、100%ではないけれども、内服薬を併用したり、体内での吸収をゆっくりさせる物質をインターフェロンにくっつけたりする工夫によって治療効果が上がってきた。半年間から一年間のインターフェロン治療で、薬が効きにくいタイプでも5〜6割、効きやすいタイプでは9割近くが、血液中からC型肝炎ウイルスがいなくなる*2。そうなると肝硬変に進行しなくなるし、肝癌になる確率がグッと減る。仮にインターフェロン治療がうまくいかなくても、C型慢性肝炎という診断がついていれば、定期的なフォローによって肝癌の早期発見・早期治療につながる。

B型慢性肝炎の場合は自然治癒もわりとあるからちょっと複雑ではあるが、インターフェロン治療もなされているし、最近では核酸アナログという新しい内服薬がいい。一言で言えば、ウイルスの複製を邪魔する薬。基本的にはいったん飲み始めたらずっと飲み続ける必要はあるが、飲んでいる間は血中のウイルス量は低くなる。肝硬変への進行を抑え、おそらくは発癌も抑制する。耐性ウイルスの問題があるけれども、最近では複数の薬剤を選択できるようになったため、耐性ウイルスに対応しやすくなった。もちろん、治療には副作用がいろいろあるが、全体的に言えば治療法は良くなっていると言っていい。


いまなら肝炎治療がお安くなっております

インターフェロンは高価だ。1本3万円とかする。これを毎週打つ。併用する内服薬も高い。1カプセル1000円弱。これを1日に3カプセルとか4カプセルとか飲む。これを半年間とか1年間とかだ。3割負担でも結構なお値段になる。でも、慢性ウイルス性肝炎の治療に対しては、国から医療費の助成がある。現在は、自己負担額は原則1万円だ*3。高額所得者でも2万円な。

以前は、助成はインターフェロン治療に対してのみだったが、今では核酸アナログにも助成が出るようになった。他にも病気はたくさんあるのに、慢性ウイルス性肝炎だけヒイキされていてズルイような気もするが、せっかくの制度だから利用しないと損だ。国の狙いは、早めに治療介入することで、将来の肝癌・肝硬変を減らし、トータルで医療費を抑制することにある*4。


調べるのは一生に一度でいい

慢性ウイルス性肝炎の検査をするのは基本的には一生に一度でいい。また、検査は採血でOK。胃がんや乳がんだと定期的な検診が必要だし、検査も採血だけでは済まないのに比べてお得だ。なぜ一生に一度でいいかというと、大人になってから慢性ウイルス性肝炎にかかることはめったにないから。B型慢性肝炎の原因はたいていは母子感染か、あるいは小児期の医療行為。B型肝炎は性行為で感染しうるが、このブログを読むような人には無縁の話だろ*5。

大人になってからB型肝炎ウイルスに感染しても、たいていの場合は急性肝炎で終わり、慢性化しないとされていた。しかし、それでも致死率の高い劇症肝炎になることはある。また、最近は、慢性化しやすいタイプのB型肝炎ウイルスが多くなってきた。要注意な。

C型慢性肝炎の感染の多くは、輸血や血液製剤を介した医療行為が原因だった。現在はほとんど感染の機会がない。新たに感染する可能性はゼロとは言えないが、そんな小さな可能性を気にするなら、他のことを気にした方がいい。
 

要精査と言われたら必ず病院へ行け

慢性肝炎はたいていは自覚症状がない。要精査と言われたら、放っておかないように。どうもないからとか、仕事が忙しいとか、面倒くさいとか、理由はわかるよ。でもな、現在、半日間だけ精査の時間をとるのと、10年後、たぶん今より責任のある地位についていて、たぶん子供も大きくなっているときに、突然の体調不良で仕事に穴を開けるのとどっちがいい?後者だと、死亡の可能性というオプション付き。自覚症状が出てから受診したのでは手遅れになるかもしれない。初診の肝臓癌症例の中には、「以前、肝障害を指摘されていたが、受診が面倒なので放っておいた」という人が結構含まれている。ちゃんと受診しておけば、肝臓癌でも早期に発見できたり、あるいは適切な治療によってそもそも肝臓癌にならなかったかもしれないのに。


どこで検査してくれるのか

たいていは、保健所で無料で検査してくれる。医療機関委託での無料実施を行っている自治体もある。肝炎.netにて、「都道府県別の無料検査実施状況と保険所検索」「無料肝炎ウイルス検査実施医療機関検索」ができる。こちらをクリック→■肝炎ウイルス検査の無料実施について:肝炎.net。「無料肝炎ウイルス検査は、2011年3月まで実施予定」らしいぞ。どうしても無料で検査して欲しい人は急げ!また、自費でいいのなら、どこの病院でも検査してくれるはず。検査目的の献血はダメだぞ。





2011年3月までは肝炎ウイルス検査を無料で受診できます。
■肝炎ウイルス検査を受診しましょう:肝炎.net

*1:■最新がん統計:[がん情報サービス]2008年の死亡数が多い部位・男女計。結腸癌に直腸癌は含めず

*2:内服薬はリバビリン、吸収をゆっくりさせる物質はポリエチレングリコールのこと。治療期間は場合によっては72週間まで延長したほうがいい場合もあり。いずれにせよ、慢性ウイルス性肝炎が疑われたら専門家に相談すること

*3:■厚生労働省:健康:肝炎総合対策の推進 肝炎治療(インターフェロン治療、核酸アナログ製剤治療)に対する医療費の助成

*4:C型慢性肝炎についてはインターフェロンが将来の医療費削減に役に立ち、費用対効果が高いという報告あり。費用対効果だけでなく、慢性肝炎については政治的な配慮もあるのだろうとは思う。2011年11月5日追記→C型肝炎抗体の出生コホートスクリーニングはコスト効果的という米国の報告(http://www.annals.org/content/early/2011/11/03/0003-4819-156-4-201202210-00378.full)あり。

*5:セーフティセックスの知識を持っているという意味で