HODGE'S PARROT

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ジョシュア・ベル、DC地下鉄駅での最高のコンサート



1月12日金曜日午前7時51分、ラッシュアワーの米ワシントンDCの地下鉄。駅構内で、ジーンズに野球帽を被った一人の青年がヴァイオリンを弾く。ありふれた光景かもしれないが、しかしそのヴァイオリニストが世界的に有名な人物だったとしたら……。
ワシントン・ポスト』紙がそんな実験を行った記事を以前読んだ。起用された──あるいは協力(共犯)した「世界的な」ヴァイオリニストは、ジョシュア・ベルJoshua Bell)だ。

Gershwin Fantasy

Gershwin Fantasy



Pearls Before Breakfast (Can one of the nation's great musicians cut through the fog of a D.C. rush hour? Let's find out.) [Washington Post]


この記事。「映像付き」なので、紙媒体よりも、ウェブでの公開を重視したものだろうと思う。『ワシントン・ポスト』のインターネット重視の姿勢の表れなのかな、と思っていたら、YouTube にこのときの映像がアップされていた。しかも「From washingtonpost 」「Provided By: washingtonpost」とクレジットされているように、ポスト紙が直々に提供している。

Stop and Hear the Music


もちろん、この映像は「観ていて」面白い。ジョシュア・ベルというグラミー賞も受賞したことのある著名ヴァイオリニストが演奏しているのに、立ち止まりもせず、素通りしていく千人もの人々の様子が一目瞭然(なんとなくジョン・ケージの≪4分33秒≫の逆パターン──目の前で行われている凄い光景を誰も見ていない、それをまったく無視している人々=観客の図太さ、普遍で強固な日常性──を感じる)。
しかし「書かれてある」記事の内容も、素晴らしく面白い。バッハの≪シャコンヌ≫が演奏されているのは観て聴けばわかるが、これは意図して「通俗的な」曲を避け、コンサートと同じように「傑作」が演奏されている状況を作り出した実験の趣旨だと読んでわかる。僕もヴァイオリンの作品で一曲選ぶとしたら、ベートーヴェンの≪クロイツェル・ソナタ≫と迷いながらも、≪シャコンヌ≫を第一に挙げる。

Kreisler Album

Kreisler Album


さらに、やはりアメリカを代表する指揮者レナード・スラトキンに、ベルが演奏をしていることを伏せて、いろいろと感想・意見を述べさせた後、「実はジョシュア・ベルが演奏しているんですよ」と種明かしして、スラトキン氏に「NO!!!」と言わせるところとか、読んでいて、何度となくニヤニヤさせられた。さすが『ワシントン・ポスト』だな、と思う。

The acoustics proved surprisingly kind. Though the arcade is of utilitarian design, a buffer between the Metro escalator and the outdoors, it somehow caught the sound and bounced it back round and resonant. The violin is an instrument that is said to be much like the human voice, and in this musician's masterly hands, it sobbed and laughed and sang -- ecstatic, sorrowful, importuning, adoring, flirtatious, castigating, playful, romancing, merry, triumphal, sumptuous.


So, what do you think happened?

French Chamber Music

French Chamber Music


ちなみに「世界的な」ヴァイオリニスト、ジョシュア・ベルが、この日地下鉄の駅で稼いだ金額は、約30ドル。ベルが演奏しているとは知らなかったスラトキン氏は「この若者なら150ドルは稼げるはずだ」と自信たっぷりに語るのも笑える。


さらにちなみに、ウィキペディアによると*1、現在ベルが使用しているヴァイオリンは、ストラディヴァリギブソンGibson ex Huberman」だ。

カルメン幻想曲?ヴィルトゥオー 若い頃は、ストラディヴァリウスの「ギター・シャープ」と呼ばれる独特の楽器(角のない丸い胴を持っている)を使っていたが、その後、ストラディヴァリウスの「トム・タイラー」を使用していた。その後、1713年製のストラディヴァリウスギブソン」を手に入れるために「トム・タイラー」を手放し、500万ドルともいわれる代金を払って、「ギブソン」を購入した。弦は長らくトマスティック社製のドミナントのGDA線に、ゴールド・ブラカットの0.26ミリE線を張っていたが、「ギブソン」を使うようになった時期に同社からインフェルドの青と赤のシリーズが発売され、赤のGD線に青のAE線を張るという組み合わせにしていることが多いようである。




ジョシュア・ベル [ウィキペディア]


↓は その『ワシントン・ポスト』の実験を伝える「Technorati Buzz TV」の映像。こちらも「最高にエレガントな音楽」を素通りしていく人々の「もったいなさ」を面白く伝えている。
Technorati Buzz TV - Joshua Bell, Violin Virtuoso, DC Subway




[関連エントリー]

*1:初めて参照したのだが、「父親はインディアナ大学教授で、心理学者として、ホモセクシュアル研究の草分けとして知られるアラン・ポール・ベルである」「Bell's father was the late Alan P. Bell, Ph.D., Professor Emeritus of Indiana University, in Bloomington, a former Kinsey researcher.」という記述に眼が留まった。ちょっと調べてみたい。