景表法は変質したのか?〜「コンプリートガチャ」規制をめぐって。

「こどもの日」に合わせるかのように、突如ニュースが流れた「『コンプリートガチャ』景品表示法違反」問題。

読売新聞のニュースサイトによると、

「携帯電話で遊べる「グリー」や「モバゲー」などのソーシャルゲームの高額課金問題をめぐり、消費者庁は、特定のカードをそろえると希少アイテムが当たる「コンプリート(コンプ)ガチャ」と呼ばれる商法について景品表示法で禁じる懸賞に当たると判断、近く見解を公表する。」

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120504-OYT1T00821.htm


ということで、

「同庁は業界団体を通じ、ゲーム会社にこの手法を中止するよう要請し、会社側が応じない場合は、景表法の措置命令を出す」

方針ということだから、ことは穏やかではない。

当事者企業にとっては、ビジネスモデルが揺らぐような一大事であるにもかかわらず、法令上の根拠も明示されないまま、“観測記事”が乱れ飛ぶ*1というのは、あまり好ましいこととは思えないのだが、前々から随所で指摘されていた話、ということもあるので、そこはひとまず置いておく。

問題は、今回報じられている規制が、どういう根拠に基づき、何を目的に行われるものなのか、ということだ。

「コンプリートガチャ」規制の法的根拠

この点については、ネットユーザーの関心が高いゲームに関する話題、ということもあり、以前から、既にあちこちのブログ等に分析記事がエントリーされているのを見ることができる*2。

そして、そこで多くの方々が分析されているとおり、景表法第3条に基づく「懸賞による景品類の提供に関する事項の制限」という告示*3の中の、

1 この告示において「懸賞」とは、次に掲げる方法によつて景品類の提供の相手方又は提供する景品類の価額を定めることをいう。
一 くじその他偶然性を利用して定める方法
二 特定の行為の優劣又は正誤によつて定める方法
(中略)
5 前三項の規定にかかわらず、二以上の種類の文字、絵、符号等を表示した符票のうち、異なる種類の符票の特定の組合せを提示させる方法を用いた懸賞による景品類の提供は、してはならない。

という規定に着目して、

「コンプリートガチャ」は、「二以上の異なる種類の符票の特定の組み合わせを提示させる方法を用いた懸賞(偶然性を利用して景品類の提供の相手方・価額を定めること)による景品類の提供」に該当する → ゆえに違法

という論理で規制する、という考え方は、大方間違いではないように思われる。

もちろん、この点については、「カードを揃えてもらえるアイテム等が、そもそも『景品類』にあたるのか?」という有力な反論もあることは周知のとおりで、先月日経紙で特集が組まれた際にも、

「アイテムは経済上の利益ではなく、景品に該当しない」

というゲーム会社側の声が紹介されていた*4。

だが、景表法第2条3項*5を受けて出されている「不当景品類及び不当表示防止法第二条の規定により景品類及び表示を指定する件」という告示*6及びそれを受けて出された通達である「景品類等の指定の告示の運用基準について」*7の、

5「物品,金銭その他の経済上の利益」について
(1) 事業者が,そのための特段の出費を要しないで提供できる物品等であっても,又は市販されていない物品等であっても,提供を受ける者の側からみて,通常,経済的対価を支払って取得すると認められるものは,「経済上の利益」に含まれる。ただし,経済的対価を支払って取得すると認められないもの(例 表彰状,表彰盾,表彰バッジ,トロフィー等のように相手方の名誉を表するもの)は,「経済上の利益」に含まれない。

といった記載を見る限り、ゲーム会社側の弁解は少し苦しいのでは?と言わざるを得ない*8。

また、「レアアイテム」そのものは「景品類」だとしても、それを得るための「カード」は取引によって「購入」するものであって「景品類」ではない、と考えれば、「景品類の提供」に「偶然性」が入り込む余地はなく*9、「コンプリートガチャ」は「懸賞による景品類の提供」にあたらない、という理屈を立てることも一応は可能かもしれないが、それが実態にあっているかどうかは、疑問もある。

上記日経紙の記事にもあるとおり、ここは、

「何が『本来の取引』か、『経済上の利益』をどう考えるかで結論が変わってくる」

ということになるため、最終的には当局の公式発表を待たないことには何とも言えないのだが、いずれにせよ、ここしばらく騒がれ続けていたモバイルゲームの「高額課金」問題に、景表法(景品規制)的アプローチから消費者庁が規制をかける姿勢を明白にした、という事実に変わりはない。

そして、なぜ消費者庁が景表法を発動することになったのか、というのが次のポイントである。

景表法による規制の目的はどこにある・・・?

さて、この「コンプリートガチャ」問題が景品規制の文脈で話題にされ始めた頃に自分が思ったのは、

「そもそも景表法って、何のために景品規制をかけているんだっけ?」

ということ。

「高額課金問題」と合わせてよく指摘されるのは、「賭博」性の強さだが、当然ながら「賭博」を規制するのは警察の仕事であって、景表法の領域でどうこういう話ではない。

また、「射倖心を煽ることを防ぐ」というレベルであれば、当然景表法の規制目的に入ってくるのであるが、かつて、景表法の第1条の条文が、

「この法律は、商品及び役務の取引に関連する不当な景品類及び表示による顧客の誘引を防止するため、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和22年法律第54号)の特例を定めることにより、公正な競争を確保し、もつて一般消費者の利益を保護することを目的とする。」

と定められていた頃*10であれば、

「不当景品類が規制される趣旨は、独禁法において不正手段が規制される趣旨と同様である。すなわち、競争とは供給者の価格や品質などの競争変数が需要者にありのままに伝わることを大前提としているのであって、景品類が需要者の射倖心を煽ってその判断力を麻痺させ需要者が商品役務の競争変数を見ながら冷静に判断できなくなることは、防止されなければならない、ということである」(白石忠志『独占禁止法』168頁(2006年、有斐閣))

と、あくまで「供給者側の競争」を意識した上での解釈が有力だったから*11、どこか一社が導入してからあっという間に競合他社にまで広まった*12、「コンプリートガチャ」のような景品提供システムの場合、

「供給者側の参入コストが必ずしも大きなものではないため、仮に「需要者の射倖心が煽られた」としても、供給者側の競争条件はそんなに変わらない。」
  ↓
「むしろ、ゲームの一部としての「レアアイテム」の稀少性を競い合うことによる供給者間の“競争促進的な効用”すら期待できるため、景品規制の対象とするのは適切ではない」*13。

といった議論すら、出てくる余地があったのではないか、と思われる*14。

だが、どうも時代は変わったようだ。

景表法の所管が消費者庁に移り、第1条の条文も、

「この法律は、商品及び役務の取引に関連する不当な景品類及び表示による顧客の誘引を防止するため、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれのある行為の制限及び禁止について定めることにより、一般消費者の利益を保護することを目的とする。」

と、専ら消費者の利益保護のみをカバーするかのような内容に改められた。

「改正後も規制の実質的な対象範囲は変わらない」というのが当局の公式見解のようだし*15、先に規制の根拠として挙げた「告示」等は、公取委が所管していた時代のものから、改められたわけではない。

しかし、「高額の料金を請求された」という当局の申告部署への苦情、そして、未成年への課金制限等の流れと歩調を合わせるような形で、短期間の間に今回の「景品規制」の話が出てきたことを考えると、

「規制の網が敷かれている様々な景品類のうち、何をターゲットにして規制をかけるか?」

という点における当局のマインドは、やっぱり変わっているのかな・・・? と思わざるを得ない。


所詮は、多くの会社のビジネスには無縁な「ゲーム」の中の“あまり美しくないシステム”の話で、利害関係を有している会社も産業界に味方が少ない新興ネットゲーム会社(&その外注先)くらいだ・・・と割り切って考えてしまえば、今回のニュースも、傍観者として拍手を送るか、あるいは“ネタ”として聞き流すくらいのものにしかならないのかもしれないけれど、

「消費者保護」を錦の御旗とした“不意打ち規制”*16、いつ何時行われるか分からない

という事例として見た時には、明日は我が身、ということもある。

それゆえ、今後の展開について、それを伝えるメディアの動向ともども、もう少し見守っていきたいところである。

*1:読売、産経に続き、日経までほぼ同内容の記事を流しているので、おそらく当局サイドの確かな筋からの情報なのだろうが・・・。

*2:中には、Q&Aサイトを使って、「なぜ違法でないのか」から「なぜ違法となるのか」の立論まで一人でやってしまっている御方までいる(笑)(http://www.mag2qa.com/qa7458988.html)。

*3:http://www.caa.go.jp/representation/pdf/100121premiums_8.pdf

*4:日本経済新聞2012年4月16日付け朝刊・第19面。

*5:「この法律で「景品類」とは、顧客を誘引するための手段として、その方法が直接的であるか間接的であるかを問わず、くじの方法によるかどうかを問わず、事業者が自己の供給する商品又は役務の取引(不動産に関する取引を含む。以下同じ。)に付随して相手方に提供する物品、金銭その他の経済上の利益であつて、内閣総理大臣が指定するものをいう。」

*6:http://www.caa.go.jp/representation/pdf/100121premiums_6.pdf

*7:http://www.caa.go.jp/representation/pdf/100121premiums_20.pdf

*8:「レアアイテム」の流通市場が存在して高値で取引されているような場合はもちろんのこと、そういう場合でなくても、“普通にゲームをしているだけでは入手できないもの”で、“仮に市場が存在したら有償で取引される”ようなものであれば、社会通念上「何らかの経済的対価を支払って取得するもの」と認められるのではないかと思われる。

*9:この場合、必要なカードを全て「購入」するという条件を満たして初めて景品類との引き換えが可能になるため、「懸賞」ではなくむしろ「ベタ付け」の景品類と位置付けられる、と考えることになろう。

*10:http://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/286894/www.jftc.go.jp/keihyo/files/1/keihyohou.html

*11:実際に処分が出されることはめったにないが、一見需要者にとっては美味しいことだらけのように思える“高額景品“に対しても規制が設けられている(金額上限等についても告示等で明確に定められており、大盤振る舞いで顧客を誘引したい事業者にとっては結構厳しい)のは、その辺りの精神に由来するものであることは明らかであろう。

*12:最近では、SNSゲーム大手だけでなく、“国盗り”のような、ほのぼのとした動きの少ない携帯サイトでも似たような企画が導入されている。

*13:白石教授は、上記制度趣旨の解説に続いて「立法論的には、需要者が冷静さを失うことが少なくなったという認識が強くなったり、景品類を付けることによる競争促進的な効用が重視されるようになったりした際には、景品類の規制は緩和されることになる」と書かれている(168頁)。

*14:そこまで極端な話にはならなくても、当時の公取委であれば、直ちに景表法で規制すべし、という話にはならなかったのでは?という気がしてならない。

*15:http://www.caa.go.jp/representation/pdf/090927premiums_3.pdf

*16:文言解釈としての妥当性はともかく、告示が出された時に存在していなかった態様の「景品提供システム」に対して、これまで突き詰めた議論がそんなに行われてきたわけでもない「カード合わせ」に関する規定が適用される、ということのリスクについては、一度冷静に考えてみた方が良いように思う。

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