Baatarismの溜息通信

政治や経済を中心にいろんなことを場当たり的に論じるブログ。

左派・リベラルはなぜ安倍政権を倒せないのか?

現在、国会で審議中の安保法案は、集団的自衛権行使は憲法違反だとする憲法学者の指摘や、安倍政権側の説明の混乱や問題発言などもあって、なかなか国民の支持を得られない状況です。これに伴い内閣支持率も低下し、7月の調査では不支持率が支持率を上回ってしまいました。

 安倍政権の支持率が低下し、新聞主要各紙で内閣不支持率が支持率を逆転している。

 報道各社の7月の内閣支持率は、NHK41%、朝日39%、毎日35%、読売43%、日経38%、産経39.3%、共同37.7%だった。不支持率はそれぞれ43%、42%、51%、49%、50%、52.6%、51.6%で、各社ともに支持率が不支持率を下回っていた。これは、安倍政権では初めてのことだ。


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ただ、この高橋洋一氏の記事によれば、自民党支持率の低下や野党支持率の上昇は起こっていないので、まだ安倍政権が退陣する状況ではないということです。

 もちろん、政治の世界では一寸先は闇なので、どのような展開もあり得る。ただ、政界では有名な法則がある。内閣支持率+与党第一党の政党支持率(青木率)が50%を切ると政権が倒れるという、いわゆる「青木(幹雄・元参院議員)の法則」である。これを使って、安倍政権の今後を見てみよう。

 歴代政権の青木率の推移を見ると、ほとんどの場合、発足当初に高かった支持率が時とともに低下し、40〜60%程度まで下がったところで退陣している。新政権発足当初は、前政権の反動から期待が大きいが、徐々に失望に転じるからだ。

(中略)

 これらをまとめると、青木率が60%を割ると黄信号、50%を割ると赤信号のようだ。

 つまり、青木率が60%を下回ると、党内で「次期首相候補」がささやかれ、50%を下回るようになると、本格的な政局になって、首相が引きずり下ろされるわけだ。

 今回の安倍政権については、100%を超えたスタートであり、6月までには80〜100%程度と高い水準を維持してきた。それが7月になって、NHK調査で見た青木率は75.7%(自民党支持率は34.7%)と、初めて80%を割り込んだ。

 ただし、歴代政権から見ればまだ高く、黄信号にもなっていない。民主党等への支持率が上がっていないので、自民党支持率は大きく低下していないからだ。安全保障関連法案で失ったものの、まだアベノミクスでのプラスの蓄えがある。


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その理由はアベノミクス、すなわち経済政策での成功によるものです。消費税増税による消費の落ち込みはありますが、雇用状況は大きく改善していて、株価も上昇しています。このような経済政策への支持が安倍政権の支持率を押し上げています。


さて、今、左派・リベラル勢力によって安保法案反対や安倍政権打倒を訴えるデモが起きています。特に若者によって組織された「SEALDs」が大きな注目を浴びています。
ただ、彼らは大声で安倍政権を批判していますが、何故かその支持の根幹である経済政策では、安倍政権に対抗しようとしていません。ここに打撃を与えないと安倍政権を打倒することはできません。
また安倍政権の好ましくない政策を止めたいのであれば、政権交代を実現させて安倍政権が制定した「間違った」法律を廃止する必要がありますが、そのためにも安倍政権以上の経済政策を打ち出す必要があるでしょう。


安倍政権の経済政策を評価すると、デフレ脱却をを実現しつつある異次元金融緩和やインフレ目標などの金融政策は良く、消費税増税で景気(特に消費)を悪化させてしまった財政政策は悪く、成長政策についてはまだ効果が出ておらず、格差を縮小するための再分配政策は無策であるという評価になるでしょう。
よって、成果が出ている金融政策は安倍政権のものを取り入れ、それ以外の政策でより良い政策を打ち出せば、安倍政権を上回る政策を作ることは難しくありません。
それなのに、何故左派・リベラルはそれをしないのでしょうか?

それどころか民主党首脳部には、金融緩和を否定し消費税増税を推進していたこれまでの路線を変えようという動きはありません。政権交代の中心にならなければならない民主党が、なぜかつての政権時代の誤った政策に固執しているのでしょうか?


この疑問を解くには歴史を遡って、今の左派・リベラルの源流となったかつての社会主義者が、どのような経済政策を主張していたかを知るのが有効だと思います。
経済学者の若田部昌澄氏が、「ネオアベノミクスの論点」という著書の4章で、それについて解説してますので、それに沿って説明したいと思います。

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この本では戦前戦後のいくつかの経済論争が取り上げられています。

時期 論点 賛成側 反対側
金解禁論争(1929-1930) 新平価金解禁 石橋湛山、高橋亀吉、小汀利得、山崎靖純 大多数の経済学者、官僚、政治家(特に濱口雄幸総理、井上準之助蔵相)
世界大恐慌期(1930年代前半) 金本位制離脱、リフレーション政策 石橋湛山、高橋是清蔵相 笠信太郎、大内兵衛
戦後復興期(1940年代後半) インフレ許容による復興政策 石橋湛山 都留重人、大内兵衛
1950年代前半 自由貿易(反対側は国家統制) 中山伊知郎 有沢広巳、都留重人
高度経済成長期(1960年代〜1970年代初頭) 所得倍増政策、成長論争 下村治、石橋湛山、池田勇人総理 笠信太郎、都留重人、朝日新聞

これらの論争には重複して登場する人も多いのですが、大きくまとめると「賛成側」はインフレを許容して経済成長を追求する人達、「反対側」はハイパーインフレを恐れて経済成長を抑制する人達と分類することができます。そしてこの構図が過去20年のリフレ派vs反リフレ派の論争にそのまま重なるのです。
戦後の論争では、「反対側」に属する経済学者は全てマルクス経済学者でした。そして現在の左派・リベラルは、思想的にはかつての社会主義者の影響が強いです。上の表に何度も出てくる石橋湛山は、戦前に「小日本主義」を唱えて日本の対外侵略を批判したことでも有名ですが、このような日本を代表するリベラリストの経済政策が、今の「リベラル」にはほとんど入っていません。このことが、今の「左派・リベラル」は「リベラル」を自称していても、実態としてはかつての社会主義者の後継者であることを示していると思います。
ただ、1990年代の「非自民政権」を志向した政治家には小沢一郎、細川護煕、武村正義のような自民党出身者も多いのですが、彼らが財政再建を主張して消費税増税を画策し、インフレを恐れ、経済成長に無頓着であったことは、日本の「リベラル」を社会主義者の後継者にすることに大きく貢献してしまったと思います。彼らの後継者が今の民主党執行部であることを考えれば、この時代にインフレを許容して経済成長を追求する勢力を作れなかった(と言うか、そのような問題意識すら無かった)ことが、現代の「リベラル」を石橋湛山のような本来のリベラルと異なる物にしてしまった大きな要因だと思います。


このように、現代の左派・リベラルが、かつての社会主義・マルクス主義の思想的影響下にあることが、安倍政権の金融政策(リフレ政策)を取り入れられない理由なのでしょう。彼らにとって、石橋湛山や下村治の系譜を引くリフレ政策は、歴史的な仇敵なのでしょう。その敵対心は、安倍政権に対するものに匹敵するのかもしれません。
その結果、リフレ政策は民主党政権ではなく、安倍政権によって受け入れられたのだと思います。そして、リフレ政策が成果を上げても、左派・リベラルは現実を受け入れられず、徹底的に否定するしかないのでしょう。彼らがリフレ政策を受け入れることは、自らの知的系譜を否定することに等しいわけですから。

このような歴史的な経緯が、左派・リベラルが安倍政権を打倒できない根本的な要因だと思います。


安保政策についてはアメリカという歯止めがあるので、日本の右派勢力がいくら暴走しても、戦前のような事態は起こさないでしょう。ただ、歴史認識については、戦前日本の侵略や人権侵害という、世界的に否定できない事実まで否定してしまい、世界から批判を浴びることが懸念されます。
また、日本の右派は人権を軽視し、所得再分配にも消極的ですから、弱者を放置する政治になってしまいます。だから彼らがあまり暴走するのも困りものです。
ただ、本来ならばそれに対抗するはずの左派・リベラルは、これまで述べたような理由によって右派を押さえることはできないでしょう。これは歴史的な桎梏であり、変えさせることは困難だと思います。


そうなると、かつての石橋湛山や下村治の思想に基づいた、本当の意味での「リベラル」を再興して、暴走しがちな右派の押さえとするしかないのでしょう。今のリフレ派の思想はその基盤になると思いますが、それが社会主義的な「左派・リベラル」に取って代わるには、まだ長い時間が必要でしょう。
でも、経済成長を抑制する社会主義的な「左派・リベラル」を衰退させて、経済成長を推進する本来の「リベラル」を再興しなければ、右派の政治で見捨てられる貧しい人やマイノリティを救うことはできないと思います。それこそが本来のリベラリズムの目的でしょう。


アメリカのリベラルは、本来の姿を保っていると思います。だから、リベラル派の代表的な経済学者であるクルーグマンやスティグリッツは日本の現在の金融政策を全面的に支持しているのです。
また、欧州では国民を窮乏化させている緊縮政策に反対して、左派勢力が次々に台頭しています。失敗はしてしまいましたがギリシャのSYRIZAもその一つですし、スペインではPodemosが政権を奪取しそうな勢いです。本来、左派勢力というのはかくあるべきものでしょう。
しかし、日本の左派は上に述べたような事情によって、むしろインフレを恐れて緊縮政策を推し進めるドイツの側に立ってしまっています。


このように、日本の左派・リベラルは、国際的に見ても異質な存在です。(もう一つ異質な存在なのがドイツですが)
歴史的に奇妙な進化をしてしまい、国際的にも異様な姿になってしまった日本の左派・リベラルは、日本の俗語の用法で「ガラパゴス」と呼ぶにふさわしいものなのでしょう。
そのようなガラパゴス左派、ガラパゴスリベラルの存在が、日本の政治を歪めている大きな要因だと思います。

8/8追記

欧州左派が反緊縮に立ち上がっていることについては、経済学者の松尾匡氏のブログに詳しい説明があります。
jahikkaさん、ご指摘ありがとうございます。

松尾匡のページ 15年5月20日 闘う欧州労連は量的緩和を歓迎する 闘う欧州労連は量的緩和を歓迎する 闘う欧州労連は量的緩和を歓迎する



また、松尾匡氏は朝日新聞のインタビューで、「左派こそ金融緩和を重視するべき」という主張をしています。もし左派の皆さんが、僕が上で述べたようなしがらみを断ち切って、金融緩和重視に舵を切り、僕の面子を丸潰れにしてくれれば、これほどうれしいことはありません(笑)

左派こそ金融緩和を重視するべき 松尾匡・立命館大教授:朝日新聞デジタル 左派こそ金融緩和を重視するべき 松尾匡・立命館大教授:朝日新聞デジタル 左派こそ金融緩和を重視するべき 松尾匡・立命館大教授:朝日新聞デジタル



松尾匡氏は、マルクス経済学者であり、同時にリフレ政策も支持しているという方です。安倍政権の安保政策や戦後処理問題、人権問題へのスタンスには批判的です。安保問題については反対署名にも参加してます。「リフレ派=安倍支持者」と思っている方も多いようですが、リフレ派にはこういう人もいます。
下の記事に、安倍政権反対のさまざまなアピールで、呼びかけ人や署名をしていることが書かれています。

ワタクシこの夏も激動中(with生活保護と失業のグラフ) ワタクシこの夏も激動中(with生活保護と失業のグラフ) ワタクシこの夏も激動中(with生活保護と失業のグラフ)



松尾匡氏が凄いのは、リフレ派の思想もマルクス、ケインズ、ハイエクなど多くの過去の偉人達の思想も深く分析して、現代の潮流を「『リスク・決定・責任』がなるべく一致するシステムへの転換」と結論づけて、今後左派やリベラルが進む道を示していることです。僕も松尾匡氏の記事を読んで、何枚も目からウロコが落ちました。

2年にわたって連載し、最近終了したシノドスの記事『リスク・責任・決定、そして自由!』に、そのような松尾匡氏の考えがまとめられています。

松尾匡 | SYNODOS -シノドス- 松尾匡 | SYNODOS -シノドス- 松尾匡 | SYNODOS -シノドス-

この連載の前半はすでに書籍化されていて、後半ももうすぐ書籍化・刊行される予定です。

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今回の僕の記事に好感を持った方も、反感を持った方も、この本や連載記事は一度読んでもらえたらと思います。今後の左派やリベラルの目指すべき姿について、きっと得るものがあるはずです。
もうすぐ夏休みを迎える方も多いと思いますが、松尾匡氏の思想にじっくり取り組むのも良いと思います。

正直言って、自分はいくら叩かれても良いので(それだけのことは言ってるわけですから)、松尾匡氏の本や記事をすこしでも読んでもらえたらと思います。