Baatarismの溜息通信

政治や経済を中心にいろんなことを場当たり的に論じるブログ。

日中関係雑感

すでに皆さんご存じの通り、9/7に尖閣諸島で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突した事件をきっかけに、日中関係は極めて悪化してしまいました。
この事件で、当初菅政権は「毅然とした態度」で日本の法律に従って「粛々と」事件を処理する方針を打ち出し、中国人船長を逮捕して起訴する方針でした。しかしこれに対して中国側は船長の即時返還を求めて対立し、レアアースの禁輸や日本人駐在員の逮捕を行ったため、対中関係の悪化を恐れた菅政権は船長を拘留期限を待たずに釈放しました。この時、那覇地検が釈放決定の理由として「わが国国民への影響や、今後の日中関係を考慮した」と述べ、内閣も検察独自の判断だと述べたため、内閣、特に総理、外相の外遊中にこの件を処理したとされる仙谷官房長官が責任逃れをしたのではないかと批判されました。ただ、この事件をきっかけにアメリカが「尖閣諸島は日米安全保障条約第5条の適用対象範囲内である」と言明したため、これまであいまいだった尖閣諸島と安保の関係がはっきりすることにもなりました。
この船長釈放のタイミングで中国側が態度を軟化させていれば、中国は尖閣諸島を巡る領有権問題が存在することをアピールでき、日中関係改善の流れの中で日本側の対抗措置も封じることができ、将来の尖閣諸島支配のための布石を打つことができたのでしょう。しかしここで中国が船長逮捕に関して日本に謝罪と賠償を要求したあたりから流れが変わったと思います。日本側はこの要求を拒否、これ以上の紛争の激化を望まなかったアメリカを初めとする各国もこの要求には不快感を示し、中国は要求をうやむやにするしかありませんでした。そして世界中に中国脅威論が高まる結果となり、中国はこれまでの外交で築いてきた信頼を失うことになりました。
それでも日中双方の政府は関係改善に動き出そうとしていたのですが、今度は日中双方で反中、反日デモが発生し、特に中国では日本企業が襲われる暴動に発展してしまいました。中国において反日運動は、しばしば政権批判や共産党内の対立の隠れ蓑として使われますから*1、この状況では胡錦涛政権も日中関係改善に動き出すわけにはいかなくなりました。また、日本でも事件を撮影したビデオを公表せよと言う声が高まっており、こちらも関係改善は批判を受けています。


さて、今回の流れを見ていた感想ですが、日中双方とも稚拙な外交を繰り返しているように思えます。
日本側は当初は中国側の反応を大して考慮せずに、日本側の事情だけで「毅然とした対応」「国内法に基づいて」と言っていただけだと思います。しかし中国側がレアアースの禁輸や日本人逮捕といった強硬手段に打って出ると、菅政権は腰砕けとなり、「船長さえ釈放すれば中国側も収まるだろう」と考えて、慌てて釈放を決めた、それも那覇地検に責任を押しつけようとしたという体たらくでした。その後中国側がさらに強硬になっても、もう打つ手はなく、ことある毎に会談を要求して関係改善を演出するしかなくなってしまいました。菅政権、特に菅首相や仙谷官房長官は相手を見ずに自分たちの希望的観測だけを根拠として外交をしていたと言うしかないでしょう。
一方、中国側は、日本側の稚拙な外交に乗じて、船長釈放と尖閣諸島問題の領有権のアピールという成果を得ていながら、その後の対応のまずさで中国脅威論を広めてしまい、過去の外交的得点を失ってしまったように思えます。その結果、アメリカでも反中の動きが強まり、対日重視の動きが出てきました。中国が船長釈放で引き下がれなかった理由は、その後の反日デモで明らかになったように、国内に反日のナショナリズムが浸透していて、例え客観的に見て自分たちが有利な状況であっても、日本に対して引くことは政権批判を招き、政権の弱体化に繋がるという事情のためでしょう。こちらも日本と事情は違えど、相手を見ずに自分たちの都合で外交をしているように思えます。*2


現在の日中関係は、関係改善を焦る日本側がことある毎に首脳会談を要求して、国内事情のためそれに応じられない中国側が、国際会議の会場の廊下などで偶然を装って会談することで、何とか外交と国内事情のバランスを取っている状況です。ただ、日本側のビデオ公開問題の動きではこれもこの先どうなるか分かりませんし、日本側が何もしなくても再び中国国内の反日デモが噴出する可能性もあるでしょう。日本でも尖閣問題の不手際が原因となって、菅政権の支持率が急速に下がっているので、対中関係改善に動き出しにくくなっています。中国側もこの国内状況では対日関係改善はできないでしょう。来週に横浜で行われるAPECまでは日中双方とも自重するでしょうが、その先はどうなるか、不透明な状況です。

*1:中国の言葉で「指桑罵槐(しそうばかい)」(桑を指して槐を罵る、本当の怒りの対象とは全く違うものを攻撃するという意味)と言われるものです。

*2:今回の反日デモを見ていると、2005年の靖国問題を巡る反日デモよりも、デモの背後にいるとされる反胡錦涛勢力の統制が効かなくなっているように思えます。胡錦涛政権だけではなく、その反対勢力にとっても、反日ナショナリズムのコントロールが難しくなっているのでしょう。