STAP細胞〜捏造のメカニズムについて

タイトルにSTAP細胞と書きましたが、STAPにも触れつつ、一般論を中心に書いていきます。


捏造にも二つのタイプがあります。


まず、科学論文はストーリーがあるわけです。誰も想像していなかったストーリーで三つから四つの登場人物(主にたんぱく質、もしくは事象や症状)のつながりを明らかにできたものが高い評価を受けて、Nature, Cell, Scienceといったトップジャーナルに載ります。


このストーリーそのものが全くの作り話である場合と


そのストーリーを証明するためのデータが作り物である場合があります。
ストーリーそのものが作り話だった場合、データもすべて作り物になります。


通常はストーリーを思いつくデータ(過去の論文のこともある)が最初にあって、そこから、仮説を立てて、それを証明するための本データを取りに行きます。



このとき、根拠となるデータが全くない場合は、まさにストーリーそのものが作り話のときですが、全くきっかけがないことはないので、少なくとも似たような話はすでにあるわけです。
STAPの場合は、分化した細胞が未分化な幹細胞になるというストーリーであり、すでにiPSで報告されています。


ということで、ほとんどの場合、データが作り物というのが捏造の正体です。


では、何故、捏造をするのでしょうか?


これもいくつかパターンがあります。
まず、大きく分けて、捏造するデータの重要性で分けられます。


そもそも論文のストーリーにおいてなくてはならないデータの場合がA


ストーリーの根幹を成すデータはしっかりしていて、それをサポートするデータの場合をB

とします。


また、捏造をするヒトの立場や狙っているジャーナルのレベルによっても悪質性に違いがあります。


追いつめられてやるのが以下のXとYのパターン。余裕があるのが、Zのパターンです。


X)卒業までの時間があまりないため、学位をとるために、やってもいないデータを盛りつけて統計学的有意差を出す場合


これはほとんどの場合、上のBにあたります。
本人も悪いことをしているという自覚はあって、ただ将来的に自分が科学者になるわけでなく、就職するんだけど、箔をつけるために学位が必要という場合です。
また、出す論文のレベルもインパクトファクターが3以下のしょぼい雑誌のことが多いです。
引用されることもほとんどないので、実害は少ないです。3−4年間の努力を無為にする行為ですが、たいていの場合、本人もそのことを自覚しています。


ただ一度捏造をしてダークサイドに落ちてしまうともう取り返しがつかないため、学位をとる段階でそんなことをした人が科学者になるとよりブラックになることがほとんどです。
今回のSTAPもそれに近いですね。


このダークサイドの落ちるときというのは、本人がひとりで勝手に落ちることはなく、周りに必ず前例がいます。
軽い気持ちではじめたものがだんだんと悪質になっていく。万引きや薬物中毒と同じ感じです。
なので、STAPの場合も、彼女が学生の時に似たようなことを周りがしていたり、もしくは、それがいけないことであるという雰囲気が周りに無かったのだろうと推測できます。
http://gahalog.2chblog.jp/archives/52269766.html


また、それがわかっているから、ほとんどの科学者は捏造に手を出さないようにしているわけです。
そもそも貧しい生活をしてまで好きでやっているのに、それを全否定するようなもんですからね。


Y)生き残りをかけて、データを作るパターン


アメリカは競争社会です。西海岸にあるスクリプス研究所は政府による研究費であるR01を取れなかったらすぐ首になるため10年も経つとほとんどメンバーが入れ替わるそうです。
近年の経済の伸びの悪さから、数年前は12%あった採択率も7%くらいに落ちているそうです。ちなみに日本だと20%程度です。その分、額が少ないのですが。


この場合、捏造をラボ全体でする場合と、個人でする場合があります。


どちらも根幹は首になりたくないです。


ラボ全体だと、ラボヘッドが捏造しろとはいえないので、捏造を見逃すパターンが多いですが、ラボによってはデータを作ってこいと直接脅されるところもあるそうです。
そういうラボはそのうち、うわさが広がって結局、予算が取れなくなり、つぶれるんですけどね。


あとは個人が契約延長をしてもらえるようにデータを作る場合と、
また、昇進するためにデータを作る場合があります。STAPの場合、後者が近いです。
前者は、本土に戻りたくない中国人・韓国人のうわさをよく聞きます。


後者のパターンで捏造論文で教授になっても、教授になった後は捏造しづらいのでたいていの場合、鳴かず飛ばずのラボになりそうですが、実はそうでもないんです。


日本で捏造が絶えないのは一度教授になってしまえば、よほどのことがない限り、首にならないからです。ここで一般的な終身雇用の問題とつながります。
教授になると、そもそも実験しないので、捏造する機会も減ります。若い人がある程度、教室に入ってきますから、適当にパワハラをしておけば、たまに来る優秀な子がいい仕事をしたり、駄目な子の中には同様の理由で捏造をするかもしれませんが、それに目をつむって、目立ちすぎない仕事にまとめておけば、それなりの実績になります。
捏造で教授になった人のラボがまた捏造する子を生み出す構造がここにあります。



数年前、捏造で首になった人が東大にいましたが、その人はそもそもラボ内の競争で負けないために最後に捏造に手を出してしまったわけです。で、首になったと。
ところが、その競争相手はもっとひどい捏造をしていたわけですね。それどころか、他人のサンプルの中身を勝手に入れ替えたり、捨てたりするような人だったわけです。そんなひどい人でしたが、世界的に有名なラボに留学して、現在も国内の研究所でラボを持っています。ただ自分が悪いことをしたことも自覚しているし、2ちゃんねるに書かれていることも知っているので、こんな時代なのにラボのHPも作っていません。



日本の大学で、Nature一報よりも、毎年JBCを出せる人を教授に選ぶことがあるのは、そういうリスクを回避するためです。


いずれにしろ、このパターンの場合、Aのことが多くて、その論文は再現が取れないため、ほとんど引用されないことが特徴ですし、捏造したストーリーの次にストーリーを作ろうとしても、元の概念が間違っているので、もはや捏造以外でストーリーがつながらないのです。



Z)論文のストーリーを綺麗にするために主にデータをカットしていくパターン
捏造とはちょっと違うのですが、主にBのパターンで、統計学的有意差をとるために不都合なデータをカットしていくことがあります。


個体差や実験手技上の問題から生じた外れ値をはずすというのが目的ですが、ほとんどの場合、論文にそんな処理がなされたとは書いていません。


ただその実験に詳しい人が見れば、n数(実験をした回数)の数から、データを削ったかどうかわかったりします。つまり、n数の嘘はつかないわけです。実際、一緒にかかれている統計値から嘘がみやぶられるので、やるメリットがありません。



自分の場合、個体差が激しいため、場合によってはひとつのグループのnが40を越えることもよくありますが、同じジャンルのほとんどの論文は十数回しかnがなく、場合によっては一桁のこともあり、その場合、あぁ、削ったのねと判断できますが、ほかのジャンルの人には判別はつかないでしょう。


ストーリーに合わない、もしくは、ストーリーが脱線しそうなデータを全部省くというのはトップジャーナルに載る論文では結構やられていますが、これは読者の立場を考えると微妙な問題です。


そういうデータがあると、わかりにくい論文、根幹のストーリーが信用しにくい論文とみなされ、なければないで、きれいなストーリー、すばらしい論文と見なされますが、そもそもの仮説が間違っている可能性もあり、その後の研究を間違った方向に導く分、研究予算的にも、それらに関わる研究者の時間的にも無駄をたくさん作るという実害があります。


なので、研究者としては、どんなにスマートでわかりやすい論文でも、実は間違っているかもしれないというスタンスで望むことが大事です。


ということで、この問題の場合、わかりやすさを読者が求めるために、絶対出てくるであろうストーリーに相反するデータが省かれて、実は真実への手がかりになるモノが広く知られることがないという実害があるわけです。



●Scienceの文化の違い
大阪大学で捏造が連発していた時期がありますが、関西圏に行った後輩から話を聞いてなるほどと思ったことがあります。


自分たちは生産性がそれほど高くないラボにいたわけですが、その一つの理由にそのデータが確実にそうかどうか、繰り返し実験をしていたんですね。


ところが、関西の人たちは一度差があるようなデータが取れたら、もう次のステップに進めという感じでやっているそうです。
これは東京とか関西圏には同じ分野の研究者がいて、距離的に近い分、情報伝達が早く、競争心も煽られるからかもしれません。



自分の留学先は逆にトップを行きすぎていたので、競争相手がいないという状態であったため、もの作りをしないことでスピードアップをはかり、実験自体は金にものを言わせて一気に解決するという方法論でした。



確認実験を繰り返ししていれば、似たようなデータはいくらでも揃うので、図を作る必要もなくなるわけですけどね。なので、過去の同じ論文からデータを持ってくるようなことはありえないわけです。



●3Rのデメリット
ところで、世の中には動物愛護の精神で3Rだと主張する概念もあるわけです。


(1) リデュース (2) リユース (3) リサイクルです。


特に動物実験でよく言われることなのですが、動物は個体差も大きいから実はnを少なくすることは無理なんですよ。


それを無理矢理、減らせ減らせといった結果、データを削って、むりやり有意差を取るということが行われるわけです。


科学者がこの概念に迎合したのは、nが少なくても、3Rの精神から最低限の動物で済ませられたと大きな顔を出来るからですが、正直、そんなことは不可能なんです。
なので、間違った解釈を誘導しやすく、結果的に間違ったストーリーでみんなが実験しますから、結果的にはその間違ったストーリーで実験された動物達は無駄になっているわけです。



●何故、バカンティ博士は論文撤回に同意しないのか?


”論文には画像や表現に不自然な点が指摘され、共著者の一人、若山照彦・山梨大教授が「信用できなくなった」と撤回を呼び掛けた。バカンティ氏は「仲間からの圧力でこのような大事な論文が撤回されるとすれば大変残念だ」と話した。(共同)”


いくつか理由が推測できます。


ひとつはすでに次のステップのプロジェクトが動いているからでしょう。実際、論文が発表されたときはすでに人の細胞でやっているという噂がありました。
ただ上手くいくかどうかはまだ分からない段階なんでしょう。その意味で、バカンティ博士も確信が持てないのだと思います。
ここで、彼女が全部捏造でしたと告白すれば、バカンティ博士も納得するでしょうが、人間関係的にそれも無理なのでしょう。


実はバカンティ博士は四兄弟だそうです。四人とも科学者になっており、成功しているそうです。
ということは、再生医療につながるこれらの研究に寄付しようという金持ちも結構いるはずです。
どんな世界も基本人間関係なので、論文を撤回さえしなければ、口八丁手八丁でいくらでも丸め込めることは出来ます。



もう一つの理由は、以前から書いていますが、


サイエンスはゲームなんです。
いかにみんながびっくりするような仮説をたてて、納得させるかのゲームです。


どんなに真実を追究して、しっかり実験していても、テクニックの限界があるため、解釈を間違えるのはよくあるし、実際、ほとんどの論文が15年以上前の論文を引用していないことから、新しい概念による塗り替えやよりミクロな世界へ進んでいるわけです。


で、結果的にトップジャーナルでも半分は間違っていたということになります。


STAPの話はそれはそれで魅力的だったから、これだけ話題になったわけです。同じ方法論でなくとも、似たようなアプローチはあり得るわけで、概念としての価値は十分あるわけです。
それをわざわざ消す必要も無いだろうという判断です。それよりも、サイレントな捏造論文がもっとあるわけで、一部のジャーナルが取り組んでいるようにオープンなコメント欄をサイトに設けるなどの建設的な処置の方が有効でしょう。




●捏造を防ぐ方法
最後に捏造を防ぐ方法を書いておきます。


どんなラボでも仕事の進展を発表するミーティングが月に2-4回はあるはずです。
そのとき、常に生データを見せるように要求することです。


実験によっては、数字しか出ないものもありますが、nが少ないとどちらに転ぶかわからない段階から生データを要求することで、数字をいじりにくくする効果もあります。


実験は一つだけではないので、かりにどこかで捏造しても、それが嘘だったら次の段階でひっくり返ります。


あとは複数の人に別のステップの実験をさせることです。そうすれば、捏造ストーリーとかみ合わないデータが出てくるので、どのデータが間違いかという話になります。


自分の留学先は常に2-4人でしないといけない実験だったので、ごまかしようがなかったというメリットがありました。


まぁ、二人に同じテーマを与えて、良く出来た方だけが論文に出来るとかいう無茶なことをしていた人がいましたが、捏造を防ぐという意味では役立ちますね。