第33回 現場を知らないくせに
最近、よくトップダウンで無茶な企画や指令が飛んでくる。まったく現場の意見もきかず、現場のことも知らないのに、勝手なことだ……それでうまくいけばいいが、そう簡単には……というのは、どこかのテーマパークだけではなく、一般的によくある話だろう。私の職場でも同じだ。
昨年、ディズニー・インスティチュートによるセミナーが日本で開催された。アメリカでしか受けることができない、ディズニーのマジックの「コツ」の一端を学ぶことができるものである。アメリカのディズニー・インスティチュートではさまざまなプログラムが用意され、世界中の企業から、多くの人が学びに訪れている。
……と、今回はディズニー・インスティチュートの話ではない。日本で行われたセミナーでは、アメリカから二人のファシリテーターが講師となった。一人は約30年前、パートタイムとしてカリブの海賊のキャストからはじまり、ジャングルクルーズの船長などを務め、今は「正社員として」ディズニー・インスティチュートで第一線のファシリテーターとして活躍している人だった。もう一人もパートタイムのキャストから始まって、約20年間、今は正社員として働いているファシリテーターだ。
アメリカのディズニー社では、パートタイム、つまりアルバイトから始まって、フルタイム……つまり正社員として会社の中枢で働いている人は少なくない。現場を知り尽くした人が会社の中枢で活躍できる仕組みができているのである。
一方で、東京ディズニーリゾートはどうだろうか。運営会社の採用ページを見ると、活躍する社員が紹介されている。彼らは大学卒業後新卒で入社した人か、転職者だ。その中には、もしかしたら学生時代、キャストのアルバイトをしていた人もいるかもしれないが、その経験を買われて正社員となったわけではない。
その彼らが、テーマパークのイベントや商品などを企画し、実施しているのだ。
現在、アルバイトから正社員への登用制度もあるが、それはあくまでも現場の責任者としての採用であって、中枢部に行くことはきっとない。
以前、運営会社では新卒で正社員になった人は数年間、パークの現場で働き、そのあと本社の各部署に配属される流れになっていた。現場を体験して、その経験をもとに中枢で企画業務にあたるよう、配慮されていたのだ。
しかし、その制度も2000年代始めにはなくなって、現場で働くこともなく、新卒あるいは既卒で「正社員として」採用された人はすぐに本社で働くようになった。
現在も生きているのは「カストーディアル研修」のみだ。正社員なった人は一週間程度、カストーディアルとして働くのだ。そのわずかな経験だけである。
アメリカとの違いについて、運営会社は株主総会で「労働環境の違い」と説明した。
現在、現場を知らない正社員たちが本社の中心になりつつある。彼らは時間があればパーク内を歩き、現場のキャストから意見を聴き、そうして企画をすすめているという。
たしかにアメリカのディズニー社は経営陣やそれに近い人のほとんどは転職組……ヘッドハンティングされた人たちである。しかし、彼らをサポートする幹部クラスには現場出身の人は必ずいる。人事システムは柔軟で、積極的に現場の人間を登用する制度もある。日本の運営会社とは大きな違いだ。
アメリカのマクドナルドで、アルバイトから社長まで上り詰めた人がいた。やはり「労働環境の違い」の違いなのか。少なくとも日本ではないだろう。
……だから、どうだとはあえていわない。最近のイベントやパークの雰囲気、商品のラインナップなど、その評価によっても見方は変わってくるだろう。
昔、私がキャストをしていた頃、現場で働く正社員がよく口にしていた言葉がある。
「本社に異動にならないかな」
彼らは、今はほとんどない高卒採用者だった。そういう意味では、昔から本社と現場の間に大きな溝があったのだ。
そんなことも思いながら、今の運営会社の社員紹介ページ(総合職)を見ると、本社配属の正社員たちが夢と魔法の王国や冒険とイマジネーションの海を語っていることに、とても違和感を感じる。それはなぜだろう。
やっぱりそれは、「現場を知らないくせに」ということなのだろうか。それでもうまくいっていればいいのだが、本当はどうなのだろう。
ウォルト・ディズニーはディズニーランド運営管理のための建物を作ろうという意見に反対したと、ディズニー・インスティチュートの本に書いてある。
「オフィスにいる時間があるんだったら、パークに出ろ」 (かなり超訳)
追記
厳密に言うと、本社採用の正社員が現場のスーパーバイザーになったり、あるいは最初は現場に配属されることもあるんだそうだ。ローテーションの中で一度は現場に行くことになる、ということらしいが、やっぱり最初は現場、のほうがよいのではないでしょうかね。本社からの指示にムッとする現場……という姿を何度か見たことがあるのですが……。
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