1. HOME
  2. コラム
  3. エンタメ季評
  4. 大矢博子さん注目の時代小説3冊 「大河」の世界、もっと楽しもう

大矢博子さん注目の時代小説3冊 「大河」の世界、もっと楽しもう

  • 佐藤雫『行成想歌』(光文社)
  • 谷津矢車『憧れ写楽』(文芸春秋)
  • 木下昌輝『秘色の契り』(徳間書店)

 大河ドラマ「光る君へ」が最終回を迎え、ロスに陥っている人にお薦めしたいのが佐藤雫(しずく)『行成想歌(ゆきなりそうか)』だ。藤原道長の友人にして側近、三蹟(さんせき)の一人としても名高い藤原行成が主人公である。

 出世に野心を持たない行成が、なぜか天皇の側近である蔵人頭に任ぜられる。戸惑いながらも、一条天皇や中宮定子の人柄に触れて二人のために尽くそうと決意する行成。しかし宮中政治は帝(みかど)と中宮を追い詰めて――。

 読みどころは立場ゆえに思いを遂げられない一条帝の苦しみと、一条帝と道長の板挟みになる行成の変化だ。登場人物の思いを描く筆致が実に細やかで、どっぷり感情移入してしまう。

 作中、残るのは結果だけであって人の心は後の世には残らないという道長の言葉がある。それを後の世に伝えるのが、このような小説なのだと意を強くした。

 一方、来年の大河ドラマ「べらぼう」は江戸の出版文化を担った蔦屋重三郎の物語。こちらを楽しみにしている人には、谷津矢車(やつやぐるま)『憧(あくが)れ写楽』を薦めよう。著者にはその名もずばり『蔦屋』という小説もあるが、『憧れ写楽』は蔦屋重三郎が生み出した謎の天才絵師・東洲斎写楽の正体を、大版元の鶴屋喜右衛門が追う時代ミステリである。

 写楽については多くの先行作品があるが、本書は版元のみならず絵師や戯作(げさく)者など、出版界隈(かいわい)の人々の群像劇になっているのが興味深い。また、政治の締め付けの中で版元や絵師がどのような状況にあったかという点も読ませる。何より、写楽という〈概念〉に振り回されていた喜右衛門が、次第に人そのものを見るようになっていく過程が大きな魅力だ。

 もちろん写楽の正体にも、新解釈が用意されている。そう来たかと膝(ひざ)を打った。

 同じく江戸時代から、木下昌輝『秘色(ひそく)の契り 阿波宝暦明和の変 顚末譚(てんまつたん)』を。江戸中期、莫大(ばくだい)な借財に苦しむ阿波徳島藩で、藩主・蜂須賀重喜が大胆な藩政改革を断行するも頓挫した、その顚末を側近の目から描いた作品だ。

 倹約令や登用制度の変更、名産である藍を巡る一連の政策など、改革の内容だけでも読み応え抜群だが、決してお堅い経済ものではない。謀略あり剣戟(けんげき)あり、徳島藩そのものを乗っ取ろうとする一派の暗躍ありと、大きくエンターテインメントに舵(かじ)を切っている。逆転に次ぐ逆転の構図は実にエキサイティングだ。

 特に、頭脳が明晰(めいせき)すぎて周囲がついて行けず、逆に藩を割ってしまう重喜のキャラクターがいい。間違ったことは何ひとつ言っていない、なのになぜ改革はうまく行かなかったのか。躍動的なエンタメの中にも、現代を照射する問いを孕(はら)んだ物語である。=朝日新聞2024年12月25日掲載