グレッグ・イーガン3本勝負
まずざっとゼーガの元ネタを意識しつつ概説するとこんな感じ。
●順列都市: 仮想空間で生きるデータ人格の表現、サーバー内の加速と減速、無限進化の実験
●ディアスポラ: 一から組み上げられた人工のデータ人格とそうでないものとの差異、データ人格をダウンロードして動く機械の体、肉体を失い滅亡する人類と宇宙への進出
●しあわせの理由: 物理法則の異なる半球状の空間(闇の中へ)、致死ウイルス(道徳的ウイルス学者)、夢と現実(移相夢)、肉体を捨てて永遠の命を得られる仮想空間に進出する理由の別解(ボーダー・ガード)
どれから読んでも構わないとは思いますが、とりあえず自分ではこの順で読んでまぁ正解でした。短編集は『しあわせの理由』より先に『祈りの海』を読むべきだったかなとは思いましたが、後悔なんて意味ねぇよってことで。以下詳細。
●順列都市
主人公ダラムの目が覚めたら、自分は生身の人間ではなく仮想空間で走らされている<コピー>でした。という最初の30ページだけでも読む価値はあり。でも実際一番読み辛いのがこの部分で、ここを突破したら後は分からないところは読み飛ばしても問題ないかと思います。さすがにダラムの実験はちょっと気に留めつつが良いと思いますが、多分自分も全部は理解できてない(^^; そういう意味では上巻がちょっと辛いんですが、上巻のラストにどんでん返しがあって、下巻はうわっと加速して面白くなりますよー。上巻でうにゃうにゃやってたのは全部このためだったのかぁと思えます。突如7000年後になる第二章の飛躍と、無限進化の実験の行き着く果ての終局の吹っ飛び方もスケールが大きくてこれぞSF。自称神様の失楽園というか。
最初に出てくる仮想空間の舞台設定はシドニー。ゼーガのシドニーサーバーは、オーストラリアのSF作家であるイーガンへのオマージュに思えたりも。仮想空間の端の様子とか、見えていない部分は演算省略とか、言葉とか食べ物はどうなってるのとか、仮想空間内の<コピー>の世界の描写は、舞浜サーバーではどうなんだろうという想像を膨らませてくれます。ただ<コピー>というだけあって、肉体を持つオリジナルは外部の現実世界に存在するという設定なので、そこはゼーガと明らかに異なるところ。また仮想空間内での加速と減速についての言及もあるので、このあたりがゼーガでは物足りなかった向きは是非どうぞ。つか、これを読んでしまったんで、ゼーガペイン#25「舞浜の空は青いか」でついに減速の話が出てきて、その後要らんことまで考えてしまったんですが(^^; ピーとケイトのラストは、加速と減速のある世界でなくては描けないもので、何かこれが凄く好き。ダラムとマリアについても、<コピー>でならではのラストです。うん。面白かった。トマスについては評価が分かれそうだけど、イーガンならではの死生観なんだろうなぁ。
●ディアスポラ
『順列都市』が面白かったんで、次にどれ読もうかと──『宇宙消失』 『順列都市』 『万物理論』で主観宇宙三部作となっているそうなんで、そのどちらかにしようかと思いつつ、書店で色々手にとってみて『ディアスポラ』に飛ぶことに。結果、ゼーガ的にはビンゴだったかと。最初からデータ人格として生み出された孤児と、肉体を持つ人間との出会い。そして彼らが肉体を失うことになり、やがて来るであろう破滅を回避するべく宇宙に向けて放たれる《ディアスポラ》。これを先に読んでおくと、ゼーガペイン#23「沈まない月」でのナーガ先生の特別授業の話が分かりやすいです。つかナーガは70億の人間巻き込まずに《C-Z》にでも移入しなさいよとか思ったんだけど、それだけじゃなかったんだよねぇ#25を見ると。あと孤児と人工幻体は異なる概念だけど、一から組み上げられたデータ人格という点は通じるのかなとか。
一番最初の2ページは導入としては面白いんだけれど、最初に読むときには理解しようと思わず、思い切って読み飛ばすことをお勧めします(巻末解説にもあるが音を上げるもやむなし)。各章に同じようなページが挿入されてるんですが、これらは後から振り返られている場面なので、全部読み終わってから読み直すと面白いですよ。
で、気を取り直して「孤児発生」の本文。巻末の解説ではここも難解とされてますが、自分では実は一番ここが具体的にイメージしやすかった部分。精神種子から発生する孤児の精神のマップが文字通り地図を描くように広がり描き込まれていく様子は本当に美しかったです。そして市民の間に出て行く孤児の認識の形成過程というのも、発達心理学の本を読み直したいなぁと思わせてくれるもので、読んでて面白かったですし。と思ってしまうのは自分が文系だからで、その後の数学の世界に置いてけぼりを喰らったからなのかも知れませんけれど。ちゃんと分かる理系の人には美しいのだろうけど、さっぱりわかんねぇよ。ということで、とにかく飛ばす飛ばす。飛ばしていいって巻末の解説にも書いてるし。グレッグ・イーガン公式サイトに作者による解説もあるんですが。
物語が動き出すのは、孤児のヤチマが、ポリス市民(いわばサーバーで生きてる幻体)のイノシロウに誘われてグレイズナーに載って肉体人オーランドに会いに行くあたりから。ソフトウェアとしての市民をダウンロードできる機械の体というグレイズナーのボディだけを見れば、それは人間サイズのホロニックローダーかと思わせて、本来のグレイズナーとは中身(ソフトウェア)込みでの概念なので、幻体と実体とを持つ復元者っぽい感じ(復元者の実体は生体だけど)。機械の体で感覚や痛みというものを覚えてしまって変節するイノシロウと、一線を引き続けるヤチマとの差異。そして肉体人が4日で滅亡することになってしまう「世界の終わりの一日」がとにかく凄い。グレイズナーのボディを得てもブランコで遊ぶ方法が分からないヤチマが何ともいじらしい一方で、移入ナノウェアを独断で使ってオーランドをデータの塊に変えてしまう描写が恐い。これだからゼーガのドラマCDでの「OUR LAST DAYS」がもう恐くて楽しみで仕方ないんですよ(^^
その後はどんどん話が飛躍して、サーバーは小さいのに出て行く宇宙は広大だという『順列都市』とはまた違うファーストコンタクトものに。イカとかヤドカリとか虫とか出てくるのが、何かもう楽しくなってきますよえぇ。5+1次元まで来ると自分の貧弱な想像力の限界を超えてしまうので、いくら文中でオーランドがようやく合点がいったみたいな文章があっても、こっちはまだ分かってないぞとか言いつつ、適当に飛ばす飛ばす。ラストの途方もなさは『順列都市』を遥かに超えてますが、なんとか物語についていけるのは、かつて肉体人であったオーランドと、彼がポリスに移入してから作った息子のパオロによるところが大きいかも。パオロの結末は架橋者の息子だからだし、ヤチマの結末は孤児だからこそのもの。でもあのラストシーンでヤチマのイメージがひっくり返って、えぇっそうだったの!? と目から鱗が(訳文に騙された(^^;)。つか、このイメージで最初の方読み返したらえらく萌えたんですが。うわぁ。全部読み直したいーけど他のも読みたい。じたばた。というくらい面白かったです。やっぱこれぞSFですよ。
あと『順列都市』のピーとケイトもそうだったけど、データ人格同士ならではの恋愛表現が結構面白かったり。いやちょっとそれはやめようよ、というのもあるけど(^x^;
●しあわせの理由
で、長編は重いんで短編に走ってみたり。お試しにはこちらの方が良いのかも。
クリスだドロレスだジャミルだと続出する名前に見覚えのあるキャラが思い浮かんでしまうのには困ってしまいましたが(^^; いやもう何を読んでもゼーガの元ネタに見えるのも困りもので。イーガンが病院勤務経験あり、というあたりの色が目に付いてしまうので、そういうのが苦手な人には不向きかも。やはり現物を手にとってからどうぞ。
『適切な愛』 ある種の代理母の話なんだけど、これはイーガンが男性だから書けるんだろうかと思ってしまいましたよ。いや実際に身篭った経験のある女性ならまた違う感想を抱くのかも知れないし、女をやめたくなる感覚は分かるけどさ。 →ゼーガペイン#26 減速と再生と
『闇の中へ』 半球でコアがあって内部は通常の物理空間と違う吸入口のイメージはまるでデフテラ領域。この短編集では一番緊張感があるSFらしい話で好きかも。
『愛撫』 金持ちは何を考えるのか分からんな。コスプレくらいに留めとこうよ。
『道徳的ウイルス学者』 学者を論破する娼婦が恐すぎる。きちんと手を打たないとそのウイルスで人類滅亡しちゃうぞー。
『移相夢』 グレイズナーや<コピー>といったおなじみの用語。スキャンされて目覚めるまでに見るという移相夢について考えをめぐらせる、これもまた夢なのだろうかという、ある意味ではお約束なんだけど、この混乱が心地良い。
『チェルノブイリの聖母』 SF的なガジェットはあるけれど普通にミステリ。つかISDNてもう古いなぁ。ゼーガの携帯も5年後には古くなってるのかも。
『ボーダー・ガード』 量子サッカーの描写が相変わらずワケワカランのに綺麗で面白い。これも公式サイトに解説があるんでまた読んでみようかと。新世界とか宝石とか7000歳とか、しまったやはりこの前の短編集『祈りの海』を先に読むんだったと思ったり。新世界に学び手しかいないのは『ディアスポラ』のポリスも同様だけど、舞浜サーバーに高校生くらいしかいない光景がふと掠めたりとか。「死を知る者」というのは『ディアスポラ』の肉滅難民に通じるのかな。不死の受け入れの経緯もロジックとしては興味深いんだけど、うーんでもやっぱ自分はイーガン的なデータ化による不死の受容よりは、ゼーガペインとかDTエイトロンみたいな結論の方が好きだなぁ。青くさい理想論かも知れないけどさ。失われる痛みがあっても、継承による永続が生み出す多様性こそが美しいと思う。
『血を分けた姉妹』 これも普通にミステリかな。双子ならではの物語にぞくっと。
『しあわせの理由』 鬱というのは脳内の電気信号の乱れでしかないという話を思い出したり。4000人のドナーというのは例によって吹っ飛び方が凄いんだけれど。書名になっているだけあって面白いですよ。12月に夏休みで新年に学校という文章で5秒止まって、そっかオーストラリアだったと思ったりとか。
で、次は『祈りの海』へ戻るべきか、お預けの『宇宙消失』へ戻るべきかで迷い中。というくらいにはイーガン中毒と化しております。ゼーガのおかげで面白いものに出会えました。この飛躍っぷりがSFだよねという楽しさの中で、どれだけ人間離れしても結局人は人なんだなぁ、と思わせてくれるものもあるというか。7000年生きてても、そばに居てくれるひとが居れば嬉しいし、一人になれば寂しいしと。
ただまイーガンは面白くても分かりやすいとは言い難い、読み手を選ぶものだとは思うので、そこへいくとゼーガペインは凄く分かりやすいよなと改めて思いました。わかんねーとか言いまくってても、それは描かれていない部分が分からないだけで、描かれている部分についてはちゃんと分かるように描いてあると思えるので。ハードSFをジュブナイルに落とし込み、きっちりエンターテインメントとして仕上げたという点で、ゼーガペインは評価されるべきだと思います。夕方枠のロボットアニメで良かった良かった(^^)
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順列都市〈上〉 グレッグ イーガン Greg Egan 山岸 真 早川書房 1999-10 by G-Tools |
ディアスポラ グレッグ・イーガン 山岸 真 早川書房 2005-09-22 by G-Tools | しあわせの理由 グレッグ イーガン Greg Egan 山岸 真 早川書房 2003-07 by G-Tools |
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コメント
こんにちは
いやぁ、イーガンは本当に読み手を選ぶ作家ですね(^^;; 二冊しか読んでない自分が言うのもなんなんですが。
宇宙消失 こちらの方がエンターティメントとしての読みやすさはあるか、と思います。
少なくとも、冒頭で放り出したくなりはしませんでした(苦笑)
面白いっちゃ面白いんですが。 もう少し軽めで、それでいて、頭も使うというSFはないのかなぁ、とも思ってます。
色々探してるけれど、尖がってるか、ファンタジーか、中間がなさそうで。このジャンルは図書館でも迫害されてるから、購入しかない、というのも哀しいですね。
投稿: ベーグル | 2006.10.24 15:07
はじめまして。
むいむい星人様のゼーガまとめは判り易く、かつ充実していて録画出来ない自分は非常に重宝していました。
イーガン作品は判り辛いものが多いですが、思考形態も言語も異なる遠未来人の物語まで出来うる限り客観的に描写するためには仕方ないことなのでしょう。
さっそくイーガン中毒に冒されているようですが、そろそろ脳内に"イーガン受容体"が出てくる頃なので、重症患者には食い足りなく思えるらしい短篇ものは早めに読んで置くことをお薦めします。次に翻訳される"テラネシア"を最後に長編ものはどんどんワケ判らなくなるようなので。
そういえば明日はドラマCDの発売日ですね。感想を楽しみにしています。
以上長々と失礼しました。
投稿: 怒羅ゑ悶 | 2006.10.24 16:47
>ベーグルさん どもですー(^^)
「宇宙消失」、冒頭で投げたくならなかったというのは重要ですよね。「ディアスポラ」はかなり投げたくなりますから。でもこちらも面白かったですよ。
丁度好い加減なSFって、結局は古典になっちゃうのかなという気がします。やはり新しいものは古いものと違うものを目指して尖るか明後日の方向へ行くかだと思うので。しかしSFの面白さを改めて教えてくれたゼーガに感謝。
>怒羅ゑ悶さん はじめまして。
拙文お役に立てたようで何よりです。ありがとうございます。
イーガンは確かに難物ではあるのですが、あの途方もなさを描ききっているのは凄いと思います。それが楽しいと思えるので読んでしまうのですが。
イーガン受容体は解説で読んで笑ってたんですが、文系でも有りかよっとか思いつつ、そういうお話であれば次は「祈りの海」でしょうか。つか「宇宙消失」を読んだら即「万物理論」かと思うので。お勧めありがとうございました。
ドラマCD良かったですよ! またよろしければご感想お聞かせくださいね。
投稿: しののめ | 2006.10.26 21:57