この政党は保守か革新か 揺らぐ「常識」、若者のリアル

編集委員=真鍋弘樹

2018年9月6日05時03分


 気温35度の土曜日。額から汗を垂らしながらビラを配る年長世代を、若者たちが軽い身のこなしでひらりと避ける。見ていて、いたたまれない気持ちになる。

 「おばあちゃんの原宿」と呼ばれる東京・巣鴨の駅頭で、改憲に反対する活動に立ち会った。若者グループSEALDsに影響を受けて結成した主に60代以上の人たちで、その名もOLDs(オールズ)。

 街頭に立つのは170日を超えたが、「若者で署名するのは1万人に1人」と大学名誉教授の高橋正明さん(73)は言う。今の政権でいいんですかと呼びかけると「いいでーす」と答える。「安倍さんをいじめないで」と言った人もいた。

 メンバーが若かりし頃、世界で若者が反政府デモをしていた。だが今、若い世代の政権与党への支持は高い。昨年の総選挙の出口調査比例区自民党に投票した人は60代で29%だったが、20代は47%に上った。

 教育のせいなのか。周囲から浮くのを恐れるのか。50代の記者も加わって議論したが、答えは出ない。

 無知や無関心が理由の一つではという声もある。なら、いわゆる意識高い系はどう考えているのだろう。

 中立的な立場で若者の政治参加を促しているグループの会合で聞いてみた。

 「政権支持イコール保守化ではないのでは」と学習院大2年の男子学生は言いつつ、こう続けた。「野党を選ぶリスクを避けて現状維持を望むのは確かです」

 多感な頃、政権交代東日本大震災を経験した。大人たちの民主党政権への評価と比べると、安倍政権は大きな失点がないように見える。就職も好調だから交代を求める理由がない。

 大学に入って政治に興味を持ったという東京学芸大3年の女子学生は、自分をリベラルだと考える。LGBTの権利擁護や女性差別撤廃に強く賛同する。その上で、昨年の総選挙で投票したのは自民党だった。

「世代を超えて通じ合う政治の言葉が失われつつある」 若者の政治意識の調査をした大学准教授は、その変化に気づいたと語ります。

 ログイン前の続き朝日新聞の切り抜きをよく送ってくる70代の祖父母は、今の政権は戦争ができる国にしようとしていると言う。「でも、ピンと来なくて。憲法9条で日本が守られているとは思えない。公文書偽造やモリカケ問題はもちろん擁護できないけれど、私たちの世代は経済の安定を強く望むから、消極的支持でも与党を選ぶ」

 多くの若者に話を聞いたが、共通するのは「安定志向」だった。それに憲法9条に対するこだわりのなさが加わる。

 平成の終わり、若い世代が願うのは、「現状維持」だけなのだろうか。

自民は「真ん中」寄りに

 早稲田大学准教授の遠藤晶久さん(40)は6年前、政治意識の調査をして、あることに気づいた。「若い世代に何かが起きている」

 学生に政党名を示し、「保守」と「革新」の間に位置づけてもらう。パソコン画面で回答者がどこに視線を向けたかが分かる。

 自民は保守であり、社民や共産は革新政党だというのが「政治の常識」だ。しかし、回答者は目をさまよわせていた。

 うーんと思ったのもつかの間、遠藤さんは驚くべき視線の動きを目にした。通常は保守とされる日本維新の会で迷わず「革新」を選び、逆に共産党は「保守」寄りだったのだ。

 年長世代とは正反対の結果が出たのは、なぜか。知人の研究者に聞いて回ったが、みな首をかしげた。その後も調査を重ねると、20代から40代までが同じ傾向を示していた。

 これは「若者は無知だから」と切り捨てる話ではないと遠藤さんは考える。若い世代は、革新という政治用語を「変化」や「改革」ぐらいの意味だととらえているのだ。「世代を超えて通じ合う政治の言葉が失われつつあるのではないか」

 当初、自民は保守側に位置していたが、最近は真ん中に寄っている。これは若い世代に改革政党と映り始めていることを意味する。

 「安定」だけではなく、「改革」という言葉が若者に響いているのはなぜか。

 政治に足を踏み入れた20代に会った。田中将介さん(25)は今年4月、東京都練馬区長選に立候補した。

 学生時代に国際NGOの一員としてカンボジアに行き、人身売買や児童売春を防ぐ活動をした。一方で、「反安倍」を連呼するデモや野党のあり方には違和感を抱き続けてきたという。

 「国会デモも見に行ったけど、政権を倒した後にどうするのかというビジョンがない。文句を言っているだけでは何も変わらない」

 そういう自分は、新卒で大手メディア企業を志願し、全滅した。親元を離れてフリーの記者を始めたが、月収1万円以下の時もあり、パックご飯に納豆でしのいだ。それでもリスクを取らないと何も変わらないとネットで選挙資金を集めた。

 街頭演説で上の世代に親指を下に向けるしぐさをされ、ネットで「中学校の生徒会長の方がマシ」と罵倒された。72歳の現職には遠く及ばなかったが、得票率は10%を超えた。

 「僕らの世代は、10年先の未来さえはっきり見えない。日本社会がどうなるのか、不安しかない。だから自分たちで変えないと」

 こんな考え方について、思い当たることがある。

「日本が取り残されている感覚」

 平成に入り、バブル崩壊後に企業は新卒採用を減らす。同時に小泉政権規制緩和で派遣、契約といった非正規雇用が大量に生まれた。その世代について、私を含めた取材班は2007年、「ロストジェネレーション」という連載をした。

 当時、取材をした若者もこう言っていた。「社会も会社も当てにならない。僕らの世代は、自分しか頼りにできない」

 内閣府が13年、日米韓など7カ国で行った意識調査で、「将来の希望がない」と答えた日本の若者は38%と最多だった。

 現状維持を求めるのは、若者が日本社会に見捨てられる様子を見ているから。将来に不安を抱えるからこそ、同時に「変わらなければ生きていけない」と考える。それを理解していなかった私に、耳の痛い意見を述べる人がいた。

 作家の橘玲さんは「朝日ぎらい よりよい世界のためのリベラル進化論」(朝日新書)を6月に出版し、「朝日新聞に代表される戦後民主主義が嫌われる理由」を説いている。「リベラルは本来はより良い未来を語る思想のはずなのに、日本では現状を変えることに頑強に反対している」

 グローバル化に適応できず、長期低迷が続く平成の日本で、不安定雇用や少子高齢化に直面する若い世代の目に、リベラルは「守旧」に映るというのだ。

 平成の次が近づき、変化も兆している。今年5月、40代以下の国会議員が若者政策推進議連を結成した。設立に奔走した室橋祐貴さん(29)は言う。「日本が取り残されている感覚を僕らの世代は持っている。10年、20年後の未来を提示できていないのはリベラルも保守も同じ」

 若者議連には自民、共産など左右問わず6党の約40人が参加し、供託金被選挙権年齢の引き下げに向けて活動をしている。

 狙いはもちろん、若者を政治へ送り込むことだ。

 今どきの若い者は……。取材中、この言葉を何度か口にしそうになり、思いとどまった。今の若者たちは未来を案じるからこそ、安定と同時に変化を求めている。ときに不可解に映っても、それがこの世代のリアルだろう。世代や政治的立場で分断線を引くことなく、若い目から見える光景を共有したい。ポスト平成の長い道を歩むのは、彼ら、彼女らなのだから。(編集委員=真鍋弘樹

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 真鍋弘樹 52歳。編集委員。バブルの頂点で就活した大量入社組の一人。小学生と保育園児の子の将来を心配している小心な父親。