エツ船「千歳丸」
乗船記

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突然だが、皆さんは「エツ」という魚をご存知だろうか?


「エソ」でも「ムツ」でもない。

「エツ」である。



エツは日本では有明海とその流入河川だけに生息する珍しい魚で、毎年この時期になると産卵のために川へと遡上してくる。

そんな有明海沿岸で最大の河川である筑後川流域では、エツの食に関する文化が根付いてる。

しかしこの魚は鮮度落ちが非常に早く、また捕れる絶対数も決して多くはないため、基本的には地元でほぼ全て消費されてしまう。
そのためこの地域に住む人以外は、よほどの魚類マニアか食文化通でもない限り「知る機会すらない」と言ってよいだろう。

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エツ料理の一例。シーズンになると筑後川両岸の料理店で味わうことができる。

気になるその味は、淡泊ながら程よく脂の乗った独特の味わいで美味しい。

しかし小骨が多く骨切りが必要だったり、先述の通り鮮度管理が難しい…等々、何かと手がかかるのも事実。だが、逆に言えばそこまでしてでも食べたいと思わせる素晴らしい食材ということでもある。


エツの漁期は5月1日~7月20日と決められている。

この時期は筑後川への遡上のタイミングと重なるだけではなく、産卵を控えているため骨が柔らかく、また身も痩せておらず食べ応えがあるのだという。

まさに筑紫平野に夏を告げる魚であり、諸富町・城島町(現:久留米市)・大川市などでは漁期にあわせて「エツ祭り」が催されるなど、土着の文化として愛されている。


さて、そんなエツに関する文化の中でも、特筆に値するものがある。

それが今回紹介する「エツ船」という遊びだ。


エツ船とは、屋形船のような小舟を借りてきて筑後川を遡り、エツ料理に舌鼓を打ちながらエツ漁を間近で眺め、最後は捕れたエツをその場で捌いて刺身にしていただく…というもの。

捕獲から消費までを一気に行うこの独特の作法は、各地にある屋形船遊びの中でも最高峰に位置するものと断言してよいだろう。

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船上では、プロの包丁さばきを間近で観察できる。

そして自然を相手にするその性質上、仮に乗船の手筈を整えてもエツが網にかからなければただのクルージングになってしまうし、小さな船なので風や雨に対してもナーバスである。

エツ船は、日本中にあまねく存在する「舟遊び」の中でも
・チャーターに必要な数の同士に恵まれる
・穏やかな天候に恵まれる
・漁獲に恵まれる
というこれらの要件を全てクリアして初めて到達することができる、まさに「幻の船」と呼ぶのに相応しい存在なのだ。


…おや?
いつの間にか魚の話から船の話になってしまった。

というわけで、ここから通常運航である。


2023年5月某日。


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筑後川左岸・大川市の若津漁港にやってきた。

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今回エツ船としてお世話になる、千歳丸。

いわゆる和船に船室を後から乗せたようなユーモラスな船影。



…と見た目で思っていたら、どうやら本当に後乗せらしい。
もともとは、久留米の水天宮本社で御座船として活躍していたとか。

こんな形だが冷暖房は完備しており、快適なクルージングが楽しめる。

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立派な浮き桟橋から、さっそく乗船。

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千歳丸の右舷側にはエツが躍る。

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乗船すると、中央に長机が置かれてその上に既に宴の支度が整えられていた。

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今日のエツ料理は、
・洗い
・煮付け
・南蛮漬け
・酢の物
・すり身揚げ
・唐揚げ
以上の6品。それに加えて煮付けは別添えで卵も楽しめ、更には中骨の素揚げもある。

そして更に更に、この後引き上げる網にエツがかかっていれば、捌きたての刺身が追加されるのだ。





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さて。
乗船も済んで、満を持して出航。

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まずは食事を楽しみつつ、流し網の仕掛けてある場所まで川を遡っていく。

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一番手前にあるのが「洗い」。
これを胡麻醤油でいただくのが大川流。

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食事と乗り合わせたメンバーの自己紹介を楽しみながら、大川のシンボル「昇開橋」をくぐって上流へと進む。

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流し網と、漁船が見えてきた。
まだ食事し始めたばかりだが、エツ船最大の見せ場、流し刺し網の引き上げが始まる。

…もうこうなると食事どころではない。
皆カメラを持って思い思いの場所でスタンバイ。

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本当に漁船のすぐ近くまで寄って眺められる。

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一同、真剣な眼差し。
固唾をのんで網を見守る。

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旗竿のついている部分まで手繰ってゆく。

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そして網を上げきったら漁船に横付け。
捕れたばかりの、銀鱗眩いエツが千歳丸の船内に運び込まれる。

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流石は淡水魚好きな面々だけあって、我先にと撮影タイムへ突入。
誰に語り掛けるでもない独り言と雄叫び、そして嬌声が船内に響き渡る。

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包丁を握るのも船長の仕事。
そのためエツを捌く間、千歳丸は漁場近くに係留してある小舟と一旦繋がれる。

係留作業が完了したら、船長はトモ側の調理場に移動して淡々とエツを捌いていく。

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下処理されたエツの頭を落とし、

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腹から包丁を入れてゆく。

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流石は鮮度が命だけあって、早くて正確な包丁捌きで中骨を取り去る。

しかしこの捌き方、エツの小さな体に対して背中で切り離さず繋げたまま残して骨を取っている。
見ているだけだと簡単そうに見えてしまうが、とても素人が真似できるものではない。

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捕れたてしか食べられない、生の卵。

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骨取りが終わったら、「せごし」の要領で刺身に仕上げてゆく。
刺身では骨切りをしない代わりに、このように細かく切っているのであろう。

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透き通るような淡いピンク色の身は、明らかに先ほど食した「洗い」とは全く別の代物。
期待が膨らむ。

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エツの刺身は、捌いて終わりではない。
その盛り方にも独特の知見がある。

高く盛ると下の身が重さで傷んでしまうため、極力平たく盛るようにしなければならないのだという。

最良の状態で提供するための1つ1つの心遣いが、改めてエツの繊細さを印象付ける。

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刺身の振る舞いにあわせて、お吸い物も供される。
ここにももちろん、エツのすり身が入っている。

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捌きたての刺身は、他に例えるものがないほど滋味豊かな味わい。
ひと口食べただけで、先に食した「洗い」とは全く違うことがわかる。

それもそのはずで、「洗い」はその行程の中で旨味が流れ出てしまう一方で、刺身はエツのもつ脂のうまみを余すことなく味わえるのだ。



ちなみに、エツを刺身で食べられるのは、何と「水揚げしてから30分以内」とのこと。
洗いで食べられるのも3時間以内というなかなかのハードルだが、刺身は船上でしか味わうことができない究極の味。

皆その味を心得ているからこそ、こうして「船に乗って漁を見学し、捕れた魚をその場で食べる」という優雅な舟遊びが実益を兼ねた文化として根付き、今日まで受け継がれているのだろう。


刺身に心を奪われている最中にもう1品、「宜しければどうぞ」と出された橙色のもの。
これ、何かと思ったらエツのからすみだった。

漁師さんが自家消費用に作っている、珍味中の珍味。
美味しくないはずがない。

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再び昇開橋をくぐる。
無線で連絡するわけでもなく、こちらの姿を認めると橋がスルスルと昇っていく。

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仰ぎ見ると、橋の上には「鯉のぼり」ならぬ「エツのぼり」がはためいていた。

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橋を見上げる場所で小休止。
暫しのサービスタイム。

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食事を終えた一行の会話は、「コイは汽水域に住む個体が一番美味しい」というディープすぎる話題に突入。
百戦錬磨の船長も思わず「いや~汽水域のコイの味がわかる人がいるとは…」と唸る。

他にも筑後川のウナギの生態や、川アンコウことナマズの話など、淡水魚についてのよもやま話で盛り上がる。

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一旦桟橋を通り過ぎて、デ・レーケ導流堤に沿ってゆっくり航行する。

前方に見える有明海沿岸道路(有明筑後川大橋)の工事中は、ウナギが全く採れなくなったのだそう。

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そんな話をしながら、若津港へ向けて帰港の途につく。

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最後にお土産としてエツの干物を1匹ずつ頂いて、解散となった。



エツの資源量は御多分に漏れず減少傾向であり、資源保護のために人工孵化や放流が行われている。
しかしそもそもの河川環境の悪化や気候の変化もあって、その前途を楽観できるまでには回復していない状況が続いてる。

エツという魚が安定して捕れること
エツを捕り捌く技術が伝承されること
そしてそれを現地に赴いて味わうことの魅力が正しく伝わっていくこと。
この3つの要素がバランスよく保たれて初めて、エツ船という稀代の文化を次の世代へ遺してゆくことができる。

自然の恵みに感謝することを忘れずに、この素晴らしい文化を末永く受け継いでゆくためには何ができるのか。

我々はそのことを考えるだけでなく、考えた上で行動する責務を負っている。