弁護士の伊久間勇星です。
元SEの原告3名がかつて所属していたSES企業の代表取締役の宮田亜美氏及び内海章紀氏に対して経歴詐称等の強要・プログラミングスクール詐欺・賃金の天引きについて損害賠償請求した事件において、7月19日、東京地方裁判所第34部(裁判長裁判官一場康宏、裁判官勝又来未子、裁判官小鹿凌平)が被告らに計約515万円超の賠償命令を言い渡す勝訴判決を獲得いたしました。
※追記:控訴審にて賠償額が約1.5倍の約769万円となりました。詳しくはこちらの記事をご参照ください。
本事件は私と中川勝之弁護士が担当しました。

1 本件の概要
被告の宮田亜美氏及び内海章紀氏はTech Love株式会社・株式会社フロンティア・株式会社サクセスというSES会社を運営していました。
SESというのは、取引先のオフィスに自社従業員のシステムエンジニアを派遣して(常駐)、技術的なサービスを提供する形態の契約のことです。
SESと派遣は、指揮命令権が派遣とは異なりSES会社(雇用会社)にあるという点が異なりますが、実質的には取引先に指揮命令を一任し、単に派遣法の規制を免れるために形式上SESとしている会社も数多く存在しています。
本件で問題となったTech Love株式会社・株式会社フロンティア・株式会社サクセスも、従業員らは労働契約締結後は全て客先(取引先)の指示に従って業務を行っていたため偽装請負に該当していました。
今回原告となった3名は、いずれも20代~30代の若年層で、上記会社の「未経験からSEになれる!」「未経験でも給料が30万円以上!」との求人広告を見て応募したところ、採用面接の場において会社の運営するプログラミングスクールを受講するよう促され、プログラミング未経験であった原告らはプログラミング言語を習得するために48万円~60万円のスクール代を支払いました。
しかし、実施されたスクールの内容は、経歴詐称(プログラミングの経験が豊富かのように履歴書の年齢・経歴を粉飾する)の方法を教え込む、会社の人材を取引先に売り込む営業の電話かけをさせる、営業の面談を行わせるなど、システムエンジニアにプログラミングの能力を身に着けさせる内容ではなく、いわば被告らの取引先への詐欺行為に加担させ、現場に送り込むまで働かせる内容となっていました。会社からはこの間の賃金は一切支払われませんでした。
そして、原告らは全くプログラミングの能力を身に着けられないまま、被告らの指示の下で実際にシステム開発の現場に送り込まれ就労しましたが、被告らに経歴詐称させられたうえで就労したため、当然現場で求められる知識、技術、経験も水準が高く、仕事ができないことについて他の現場のスタッフから叱責を受けるなどし、派遣元企業からのフォローも一切なく、大きな精神的苦痛を被り、短期間で退職に追い込まれました。
さらに、原告らは退職後、会社が賃金から厚生年金や保険料を控除していたにもかかわらず、これらの加入手続きを取っていなかったことも判明しました。
原告らは、首都圏青年ユニオンに加入し、何度も交渉や団体交渉での解決を試みましたが、被告らは一切対応しなかったためやむを得ず提訴することになりました。
なお、今回の原告は3名ですが、実際の被告らの上記求人詐欺の被害者は首都圏青年ユニオンが把握しているだけで十数名以上います。被告らはある会社に悪評が立つと、新たなSES会社を立ち上げては同様の求人詐欺を行うということを繰り返してきたためにこれだけ多くの被害者がいました。
被告らは被害者がスクール代金の返還を求めると、「既にスクール代金返還を求める訴訟で弊社の勝訴判決が出ている」「もし訴訟を起こしたら反訴して弁護士費用も請求するから必ず費用倒れになる」「不当な要求を行う者は刑事告訴をして既に処罰されている」等の虚偽の事実に基づく脅迫を行っていました。多くの被害者が泣き寝入りせざるを得なかった中で立ち上がったのが今回の原告の3名です。
2 本件の争点及びそれに対する判決内容
本判決の争点は、①被告らによるプログラミングスクールの勧誘・締結が詐欺にあたるか②被告らの経歴詐称の指示等の違法な業務命令権の行使による不法行為の成否③損害額の3つでした。
⑴ 被告らによるプログラミングスクールの勧誘・締結が詐欺にあたるか
まず、判決は、「Tech Love、フロンティア及びサクセスは、末経験者の従業員について5年程度の経験があるITエンジニアであると詐称して、取引先との間でSES契約を締結し、未経験者を経験者として派遣することにより、取引先から、経験者を派遣した場合に得られる額の報酬を得ることにより利益を得ていたと認められる。……被告らの事業内容は、取引先に対する詐欺行為により利益を得ようとするものというほかない。」と認定し、被告らの事業内容は詐欺行為であると厳しく批判しました。
そのうえで、被告らの「スクール」については、「事業内容である上記詐欺行為を実現するための手段であり、かつ、詐欺行為そのものである営業活動を含むものであって、およそ社会的な相当性を欠く内容のものであった。上記のような不法な目的のスクールであると知っていたとすれば、一般企業への就職を希望していた原告が、スクールの受講契約を締結するとは考えられない。……そうすると、スクールの受講契約への勧誘及び締結は、被告ら並びにTech Love及びフロンティア従業員による詐欺行為(共同不法行為)に当たる。」として、明確に詐欺行為にあたることが認定されました。
⑵ 被告らの経歴詐称の指示等の違法な業務命令権の行使による不法行為の成否
判決は、「被告ら並びにフロンティア及びサクセス従業員らは、原告らの雇用主又は上司として、原告らに対し、経歴や年齢を偽る内容のスキルシートを作成させ、経歴詐称により従業員を派遣することを目的として、取引先に対する営業活動(テレアポ)をさせ、経歴等を詐称して面接を受けさせ、取引先においてSESとして勤務をさせた。これらの命令はいずれも、フロンティア又はサクセスが、取引先に対し、従業員の経歴等を詐称してITエンジニアを派遣することにより報酬を得ることを目的とした詐欺行為又はその準備行為の実施を命じたものであり、……正当なものとみるべき余地はなく、違法な業務命令であったというほかない。」と被告らの指示が違法なものであったことを明確に認定しました。
なお、原告の方々が被告の詐欺行為に一部加担させられてしまっていた点については、「原告らが、同各社において正社員として採用されたことから前勤務先を退職するなどしていて、容易にフロンティア又はサクセスを辞めることもできない状況にあったことを考慮すれば、上司である被告ら又はその他従業員からの指示に従わざるを得ない状況に追い込まれていた」として、原告らの置かれた状況を正確に汲み取っています。
⑶ 損害
上記判断の結果、①スクール代金全額②被告らの「スクール」を受講していた期間の逸失利益③被告らが天引きした賃金全額④慰謝料(80万円~100万円の異例の高額慰謝料)⑤弁護士費用が損害として認められ、3名の原告について計約516万円(遅延損害金を含めると550万円超)の賠償が認められました。
→控訴審においては、約768万円に賠償額が増額しました。詳しくはこちらの記事をご覧ください。
3 悪質なSES企業に対する実効的な監督が求められる
本件の背景にはそもそもSESという契約形態が孕む構造的な歪みがあります。
すなわち、悪質なSES企業というのは派遣と同様の事を派遣法の規制を逃れながら行い、派遣先から受領した報酬からピンハネすることで収益を上げています。悪質なSES企業が利益を上げようとすると、労働者からの天引きを増やすことと報酬の高額な派遣先との間で契約締結することに強いインセンティブが生じます。それ故に労働者から「スクール代」等を搾取しつつ経歴詐称を強要してなるべく単価の高い派遣先に送り込んでいたのが本件のあらましです。
さらに悪質なことに、本判決直前、被告内海章紀氏が前代表取締役を務めていた経歴詐称系SES企業・株式会社フロンティア(現代表取締役:佐藤晃司)が本訴訟の原告の一人に対して1億2500万円を請求するスラップ訴訟を提起しました(当然請求は1円も認められず全面勝訴しました、詳しくはこちらの記事をご参照ください。)。
「SES 経歴詐称」で検索すると大量のページが出てくるように、SES会社では経歴詐称の指示が横行しています。これに対しては今後官公庁による実効的な監督又は悪質なSES・運営者を公表するような制度が求められます。
原告の方は本件の記者会見において「二度と自分のような被害者が出てほしくない」と語りました。私も本件の担当弁護士として悪質なSES会社による経歴詐称強要被害の根絶に全力を尽くす所存です。
【追記】
弁護士の伊久間です、皆様に拡散していただいたおかげで本記事をITエンジニアの方々に多く閲覧していただきました。
どうしても本件では原告らの被害が大きかったため当該SES企業の悪質性を強調する内容となりましたが、適正に運営されているSES企業もあることは当然です。
ただ、本記事の反響を拝見して多くのSEの方が同様の被害に遭っていたことを改めて認識しました。既に何人もの方からご相談いただいていますが、是非SES企業による経歴詐称指示等の被害に遭った方は当事務所HPよりお気軽にご相談いただければと思います。遠方にお住まいの方についても、Zoom面談希望の旨記載していただければ当職は対応させていただきます。
【報道】
本件に関する報道としては以下のものなどがありました。
なお、報道では被告らの会社について「派遣会社」と記載されていますが、形式上はSES会社となります(被告らの会社はいずれも労働者派遣事業の許可を取得していません)。
共同通信社:https://nordot.app/1187054938779091921
東京新聞:https://www.tokyo-np.co.jp/article/341203?rct=national
産経新聞:
https://www.sankei.com/article/20240719-MGL4U57MJZIA5AIMKJVDDEUUFY/
高知新聞:https://www.kochinews.co.jp/article/detail/762828
gooニュース:
https://news.goo.ne.jp/article/kyodo_nor/nation/kyodo_nor-2024071901002466.html#google_vignette
福島民友:https://www.minyu-net.com/newspack/detail/2024071901002466
東京民報: