「藤田優作、君はどのくらいの金持ちになりたい?」
 オッサンが切り出した。
「そうだな、金で買えないものはない、そう言えるくらいかな」
 俺が語気を強めてそう言うと、
「わかった。それでいこう」
 と、オッサンは右手を差し出した。
 高そうなスーツの袖から、いかにも高そうな時計が見えた。俺はそれをチラリと見やり、ぎゅっと、オッサンの手を握った。できれば、顔をゆがませてやりたかった。
 針は11時47分を指していた。
 なんとも中途半端な時間に、俺は悪魔と契約したのだった。

 この世界は「欲」に満ちている。
 欲の強いやつもいれば、弱いやつもいる。金、女、酒、ギャンブル、地位や名誉、なんだっていい。
 狂おしいほど求めてしまうものが欲だとすれば、俺はそれを一度、捨てた。
 そんなものがあるから苦しむんだ、と。
 そして思い知らされる。
 そんなことを言うやつほど、本当は欲深いのだ、と。
 俺は知った。1人のオッサンと出会うことで気づかされた。
 オッサンの名は堀井健史といった。
 俺は狂おしいほど求めていたのだ。
 ひと皮剥けば、とてつもない金が、見たことのない数字が欲しくてたまらない自分がいた。
 金自体が醸し出す甘美な世界を味わい尽くしたかった。
 そんな俺たちを、人はこう呼んだ。
 拝金主義者、と。

 そうさ、「拝金」だよ。
 それが俺とオッサンが交わした悪魔の契約書の名前だ。

(つづく)