フランチェスコ・サラチェーノ(Francesco Saraceno)のブログの記事の翻訳です。1月29日のクルーグマンのブログで引用されていました。

労働コスト(レーバーコスト):誰が異常なのか?
Labour Costs: Who is the Outlier?
今、スペインは、ドイツと共に、イタリアやフランスの政策決定者にとって模範的モデルになっている。奇妙な模範的モデルだけど、ここではそれには触れない。よく言われる理由――こういう主張はどれだけ批判しても現れてくる――は、いつもながらの、スペインは身を切るような構造改革を実行し、それがレーバーコスト(労働コスト、人件費)を下げ、競争力を増加させた。だからスペインは成長している。いくつかの落ちこぼれ(とくにイタリアとフランス)は頑固にその改革を拒んでいる。そのおかげでヨーロッパ全体の回復の足を引っ張っている、というものだ。この議論は、通常、次のようなグラフを根拠としている。

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確かに、このグラフから次のことがわかる。まず、すべての周辺国(peripheral countries)は基準(benchmark)となるドイツからかい離している。そして、2008-09年以後、フランスとイタリア以外の国はレーバーコストを大幅に削減している、ということである。それは痛みを伴うものだったのだろうか? イエス。もしドイツのインフレ率や賃金成長率がもっと高かったなら、それらの国の修正はもっと容易になっただろうか? やはり、イエス。しかし、よくある議論の主張によると、それでも危機に陥った国は、痛みを伴うが必要な修正を断行した。だから、イタリアやフランスも、もっと大胆になり、仲間に加わるべきだ、というものだ。

もう一度考えてみよう。対象を広げ、いくつかの国を上のグラフに付け加えたらどうなるだろうか? 同じデータ(OECDの生産性とユニットレーバーコストから)から、OECD諸国のデータを付け加えると次のようになる。

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確かに見にくいが、意図的にそうしている。このようにすると、PIIGS諸国(とフランス)は、アメリカを含む他のOECD諸国に混ざってしまい、区別がつかなくなる。実際、唯一はっきりと区別できるのは、点線のドイツだけだ。だから、ドイツは例外だと見なすことができる。いや、ちがう。ドイツでさえ、デフレの日本には負けているんだけど・・・。 僕はいい人なので、上のグラフをもう少し見やすくしてみよう。

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このグラフは、それぞれの国の1999年から2007年までのレーバーコストの増加率と、同じ期間のドイツのレーバーコストの増加率との差を示したものだ。OECD諸国のレーバーコストの増加率は、ドイツよりも14%高い。また、アメリカはフランスと同じぐらいで、ドイツより19%高く、オランダやフィンランドのような倹約的と言われる国よりも少し良い(訳注 低い)ぐらいである。唯一ドイツよりも「良い」国(といっても模範的モデルには全然ならない)のは日本だけ、というだけではない。二番目に良い国(イスラエル、オーストリア、エストニア)でも、レーバーコストはドイツより7-8%高いのである。

つまり、ドイツと比較するのは、まちがっているのである。異常値をたたき出している国(outlier)と比較するべきじゃないのは当然だろう! ヨーロッパの周辺国とOECDの平均を比較すると、次のようになる(1999年から2007年までと、1999年から2012年までのOECD諸国のレーバーコストの増加率の平均との差をそれぞれ示している)。
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OECDの平均を基準とすると、2007年では、ドイツ(低いほう)と共に、アイルランドとスペイン(高いほう)が異常値の国となる。しかし、そのアイルランドとスペインがその後、平均に回帰していったのに、ドイツはさらに下方へと離れていっているのである。改革できない、ヨーロッパの病と言われているフランスのレーバーコストが、実は、OECDの平均よりも少し低いということは、注目すべきことだ。

もちろん、さっき対象を広げたときに見た国の多くは、変動為替レートを採用している。だから、それらの国は、相対的なレーバーコストの変化を為替レートによって調整できる。EMU諸国ではこれができない。しかし、このことは、不均衡をつくり出したある国、つまり異常値を出している国こそが調整する、ということをよりいっそう重要にする。ドイツがそれを行えば、危機に陥った他の国にとっても調整がより容易になる、ということは言うまでもない。それなのに、ドイツは他のヨーロッパ諸国に自分自身をモデルにするように押し付けている。そして、それらの国をデフレへと(pdf)引きずっていこうとしているのである。

腹立たしいのは、そっちへ行ってはいけなかった(のにそうしている)、ということだ。