ポール・グレアム「Googleがいくつも生まれない理由」を翻訳しました。
原題は「Why There Aren't More Googles」で、原文は http://www.paulgraham.com/googles.html です。
shiro様、kazuhiro00様、ogijun様、akamegane様から翻訳のアドバイスを得ています。ありがとうございます。

Googleがいくつも生まれない理由

2008年4月

ユーメール・ハクは最近「Googleがいくつもないということは、世界を変える前にほとんどのベンチャーはGoogleに買収されてしまうということだ」と述べた。だがMicrosoftとYahooが真剣に興味を持ったにもかかわらず、かつてはお買い得に見えたはずのGoogleは買収されていない。下手したらGoogleは、YahooかMSNの単なる検索ボックスになっていた可能性もあったのだが。

なぜGoogleは買収されていないのだろう? Googleには大きな目的・・・「世界を良くしよう」という信念があったからだ。
これはすばらしい美談だが真実ではない。Googleの創設者は、早くから買収されてもかまわないと思っていた。買収者の提示した金額では不満だったにすぎない。

Facebookも同様。売却できたのだろうが、Yahooの提案した金額があまりに少額だったので話が流れたのだ。

買収のコツ:ベンチャーが拒否したら、買収額の引き上げを検討すること。とんでもない金額に見えても、後にお買い得だったとわかることがよくあるからだ。[1]

私が見たところ、通常、買収の提案を拒否するベンチャーのほうが結局のところ順調だ。ふつう、もっと高額な提案を申し込まれるし、IPOさえできるかもしれないからだ。

もちろんベンチャーへの買収申し込みが全部過小評価だとしても、それが買収を断る方がいい理由の全てではない。たぶんもっとうまい説明は、巨額な提案をも拒否できるベンチャーは、概して大成功するということだ。そういった気概こそ、まさにベンチャーが必要とするものだ。

ラリーとサーゲイは今ではたしかに世界を変えたがっているけど、昔はそうじゃなかった。Googleが大きく、また独立した企業でいられた理由は、Facebookが今までのところ独立を保っているのと同じ理由だ。買収者が過小評価していたからだ。

M&A会社はその点で因果な商売だ。彼らは決して最高の取引をできない。というのも、相応な買収の申し出を拒絶することほど、大成功するベンチャーを見つけ出す確かなテストはないからだ。

ベンチャー・キャピタル

じゃあたくさんのGoogleがいない本当の理由は? すごく奇妙なことに、GoogleやFacebookが独立のままでいられたのと同じ理由だ。つまり買収者は最も革新的なベンチャーを過小評価するからだ。

Googleがいくつも生まれないのは、投資家が革新的なベンチャーに会社を売却しろとせっつくせいではない。そもそも投資家はそういうベンチャーに投資しないんだ。私たちはY Combinatorのこれまでの3年間の活動で、しばしばベンチャー・キャピタルと一緒に仕事せざるを得なかったので、ベンチャー・キャピタルのことがすごくよくわかってきた。最も驚いたのは、ベンチャー・キャピタルは実に保守的だということだ。ベンチャー・キャピタルは大胆で革新を促すイメージを示す。実際にそうなのは一握りで、その一握りでさえサイトを読んでイメージするほどではない。

私は以前はベンチャー・キャピタルを海賊のように大胆で恥知らずだと考えていた。もっと詳しくなった後では、ベンチャー・キャピタルはむしろ官僚に似ていると思うようになった。ベンチャー・キャピタルは私が考えたより(少なくとも良いベンチャー・キャピタルは)立派だったが、より臆病だった。もしかするとベンチャー・キャピタル業界が変わったのかもしれない。もしかするとベンチャー・キャピタル業界は、もっと大胆だったのかもしれない。しかし私は、変わったのはベンチャー・キャピタル業界ではなく、ベンチャー業界ではないかと思う。ベンチャー起業のコストが低いということは、よりリスキーなベンチャーに賭けたほうが平均すれば良い賭けだということを意味する。しかし今のベンチャー・キャピタルのほとんどは、まるで1985年にハードウェアのベンチャーに投資するかのように投資している。

ハワード・エイケンは「アイデア泥棒を心配するな」と言った。「君のアイディアが良いものだとしたら、それを人に納得させるためには無理やり飲み込ませるくらいしないとならないだろうよ」と。Y Combinatorが資金を提供したベンチャーに、ベンチャー・キャピタルも投資するよう説得しているとき、私はそう実感した。創立者がベンチャー・キャピタルの不安を拭い去るすごく良いセールスマンでもない限り、ベンチャー・キャピタルは新しい考えを本当に怖がる。

しかし大胆なアイデアこそが最高の収益をもたらす。真に良い新しいアイデアは、ほとんどの人々にとってひどいアイデアに見えるだろう。でなきゃ誰かがすでにやっている。だがほとんどのベンチャー・キャピタルは、自分の会社だけで動いているのではなく、ベンチャー・キャピタル共同体の世論によって動いている。ベンチャー・キャピタルがあるベンチャーをどう思うかを決める最大の要因は、他のベンチャー・キャピタルがそのベンチャーをどう思うかということだ。VCはわかっていないようだが、この方法は最高のアイデアを100%逃すことを保証する。新しいアイデアを気に入る人が多くなるほど、変わり者としての価値は減ってしまう。

次のGoogleがどこにいようとも、ベンチャー・キャピタルはまさに今、未来を切り開こうとしているベンチャーに、思いとどまるよう説得していることだろう。

どうしてベンチャー・キャピタルはそんなに保守的なのだろう? たぶんいろんな要因の組み合わせだ。投資額が大きいせいで保守的になる。それに人様のお金を投資しているのだ。リスキーなことをして、失敗するとやっかいなことになるのも心配だ。そのうえベンチャー・キャピタルの大部分は、技術者というよりは会計士なので、自分たちが投資しているベンチャーについて理解していない。

次に来るのは

市場経済で面白いのは、愚かさ=チャンスということだ。そしてそれはベンチャーにもあてはまる。ベンチャーへの投資には、巨大で注目されていないチャンスがある。Y Combinatorは起業直後のベンチャーに資金提供する。ベンチャーが軌道に乗りはじめたら、ベンチャー・キャピタルは資金を供給するだろう。しかしその2つの間には、かなりのギャップがある。

創業者しかいないようなベンチャー企業に2万ドルを与える企業があれば、既に急成長しはじめたベンチャーに200万ドルを与える会社もある。しかし、非常に有望に思えるが、まだいくつか不安もあるベンチャーに20万ドルを与える投資家はあまりいない。この領域のほとんどは、 アンディ・ベクトルシャイムのような個人のエンジェル投資家が独占している。(Googleが有望に思えたとき、ベクトルシャイムは10万ドルを投資したが、まだGoogleには不確定な要素が残っていた)。私は個人投資家が好きだが、彼らはあまりいないし、多くは投資を本業としていない。

ベンチャーの起業コストはどんどん安くなっているため、ほとんど開拓されていないこの領域はますます貴重になっている。最近では、多くのベンチャーはシリーズAラウンドで何百万ドルも集めることを望まない。そんな大金と、それにつきものの苦労を望まないのだ。Y Combinator出身のベンチャーが求める資金の中央値は25万ドルから50万ドルだ。ベンチャーがベンチャー・キャピタルのところにいったら、はしたお金では相手にされないと知っているから、もっと大金をくれと言わなければならない。

ベンチャー・キャピタルは資産の運用者であり、大金を貸し付けようとしている。しかしベンチャーの世界は、現在のベンチャー・キャピタルが考えるモデルとは異なる方向へと進化しつつある。

ベンチャーは安くなった。つまりベンチャーはお金をそれほど求めないという意味だが、それだけでなく、たくさんのベンチャーが生まれるということでもある。だから今でも多額の資金から大きな収益を得ることも可能だ。ただ、もっと広く手を広げる必要がある。

私はそのことをVCに説明しようとした。200万ドルの投資をする代わりに、40万ドルの投資を5回しろ。そんなに取締役会に出られないって? 取締役にならなければいいじゃないか。買収監査が大変すぎるって? そんなに石橋を叩く必要もないだろう? 投資額が1/10なら、確信の度合いも1/10でよい。

あたりまえのように思える。だが私がいくつかのベンチャー・キャピタル会社に、資金の一部をキープして、今までよりも小額をもっと多くのベンチャーに投資するためのパートナーを一人、任命するよう提案したところ、まるでみんなに鼻輪をつけろと言ったかのような反応だった。ベンチャー・キャピタルは心底、自分たちの標準的な手口を気に入っているのだ。

しかし絶好のチャンスがあるわけだから、遅かれ早かれ、この領域にもみんな群がるだろう。ベンチャー・キャピタルはこの空白地帯に降りてくるかもしれないが、より可能性が高いのは、新たな投資家がこの領域に進出することだ。そうなれば新しい投資家は、投資の構造によって今のベンチャー・キャピタルよりも10倍大胆になるよう強いられるから、より良いだろう。そして少なくとも、買収者が愚かである間は、Googleのようなベンチャーを続々と現れることになるだろう。
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注釈

[1] 別のコツ: ベンチャーの価値を十全に引き出したいなら、ベンチャーを買収したあとで破壊しないこと。創設者たちが買収されるまでに成長した理由であるところの、十分な裁量権を創設者たちに与えること。

この原稿を読んでくれたサム・アルトマン、ポール・ブックハイトt、デヴィッド・ホーニック、ジェシカ・リビングストン、ロバート・モリス、フレッド・ウィルソンに感謝する。