前回記事『表現の自由戦士たちのエビデンスを読んでみた その2』からの続きです。ついにいよいよ本丸なのですが、たぶん肩透かしです。
 今回扱うのはカチンスキーの研究1つ、そして俗にカチンスキー報告と呼ばれる委員会での報告的な論文です。

Kutchinsky, B. (1991). "Pornography and Rape: Theory and Practice? Evidence from Crime Data
  in Four Countries Where Pornography is Easily Available". International Journal of
  Law and Psychiatry, 14, 47-64.

 カチンスキーの研究の1つであり、前回紹介(できないことが判明)した85年の論文と並んでセットで引用されやすいものです。
 内容としては統計的な研究で、題名にある通り4つの国の性犯罪件数がポルノによってどう変化したかを検討しているものです。
 が、残念ながらこれはエビデンスとしてとてもではありませんが使えるものではありません。というのも、あくまでこの研究は「ポルノ利用が増えてるっぽい時期に、性犯罪は増えていないか、ほかの暴力犯罪と増え方が変わらないっぽい」ということを記述しているだけだからです。つまり『表現の自由戦士たちの「エビデンス」を読んでみた その1』で指摘した、Diamond & Ayako (1999) と同じ轍を踏んでいるわけです。いや、時系列的に轍を踏んだのは後者のほうですが。

 要するにこの研究は、ポルノ流通の増減やそれと性犯罪件数との関係、性犯罪件数と暴力犯罪件数の増加の関係が統計指標で示されておらず、そのため著者の主張が本当にそうなのか、単に統計的に意味のない誤差なのかすら判別できない有様でした。どのような主張をとるにせよ、この研究からは本当に「~ぽい」以上のことは言えず、故にエビデンスにはなりません。

Pornography, (1970). Report of the U.S. Commission on Obscenity and Pornography (Technical
  Report ): U.S. Commission on Obscenity and Pornography. Washington, D. C.: U.S.
  Government Printing Office.

 さて、本丸です。これがいわゆるカチンスキー報告の原本とみて間違いないはずです。上記ツイートにあるリンクから全文を読むことができます。
 なのですが、検索してみるとカチンスキーについて言及されているのは、当人が書いた部分のみ。それが以外のところにはありませんでした。
 なので当人の書いた部分を読んでみたのですが、最初から不穏な空気。
1968年、ジョンソン大統領は「ワイセツとポルノに関する諮問委員会」を設置して
それにポルノ解禁問題をはかった。
この諮問委員会は19名の委員と20人のスタッフとから成り、
2年間の時間と200万ドルの費用をかけて、
あらゆる種類のポルノの実態と、その社会に及ぼす影響を調査した。
委員会の依頼を受けたノルウェーの心理学者カチンスキー(Katchinskey)は、
ポルノが解禁になったデンマークにおいて、
のぞき見とか幼児への性的な悪ふざけのような性犯罪は年々めだって減少したのに対して、
強姦やサディズム的行為はぜんぜん変化しなかったことを認めた。
つまり、ポルノ映画とかポルノ雑誌を鑑賞することは、
ある種の性行動の代償にはなっても、他の性行為の代償にはならなかったわけである。
ただし、ポルノに刺激されて性犯罪が増えたと言う事実は、まったく認められなかった。
カチンスキーはこの点をはっきりと報告書に書いた。
 ポルノの流布と強姦犯罪件数には関係が無いことが科学的に証明されています。-表現規制を調べる
 カチンスキー報告を引用して自身の主張のエビデンスとしているウェブサイトはたいてい、このような書き方をしていたので、カチンスキー報告がてっきり統計的な研究を指すのかと思いきや、しかしこの論文は「ポルノの短期的で即時的な効果を検証する実験」と述べていて、いきなり話が違います。どういうこと?
 導入のところでいろいろ述べていて、この辺にカチンスキーの行ったかつての研究の説明、つまり北欧ではポルノは性犯罪に影響しなかった云々ということが書かれていて、そこを見て「エビデンスだ!」と思ったのでしょうか。この辺の事情はちょっとよくわかりません。もっとも引用元の文章はさらにある書籍からの引用なので、ここに当たればまた見えてくるかもしれませんが。

 ともかく、カチンスキー報告の含まれる委員会の文書の中で、カチンスキーが記述したものの最大の焦点が統計的な研究ではなく実験的な研究であることは間違いありません。そして表現の自由戦士曰く、実験室実験は現実社会からかけ離れているから信用できないそうです。
 以上、終わり。というわけにもいかないので一応この実験の内容を検討しておきましょう。
 とはいえ、サイトを見てもらえばわかるように非常に読みにくい形式であることも祟って、私も正直あまり内容がちゃんと理解できていません。英語苦手だし。

 実験内容は、参加者をいくつかの群に分けて、ある群にはポルノを見せ、ある群にはポルノではない映像を見せるということをして操作を行い、その影響を質問紙で測定するというものです。見せた映像の長さは15分。そして性犯罪への態度などに有意な影響がなかったとしています。

 質問紙の妥当性はさておいて、私が気になったのはポルノを見た後の参加者の態度です。この実験ではポルノを視聴する前、途中、そして視聴後の3時点で性的な興奮度合いなどを尋ねているのですが、ポルノを見た群もこれが減少していくという結果になっています。
 つまりポルノを見ても全然興奮していないというわけで、これは「ポルノを見ても影響がないんや!」と解釈するより、単にポルノがポルノとしての役割を果たせず実験操作が失敗に終わったと解釈するほうが妥当であるように思えます。まぁ、朝っぱらから実験室に集められ、長ったらしい質問紙に回答した後に「さぁポルノでござい」とやられても興奮しにくいのは当然でしょうが。

 刺激が性的興奮を呼び起せていないのであれば、ポルノ視聴によって引き起こされると予想されていた種々の影響がみられないのも当然というものです。ポルノを視聴させたと実験操作を説明していますが、参加者からすれば見ていないのも同じだったわけですから。
 この1点をもってしても、この研究がポルノの影響を調べた研究としていささか心もとないことがわかります。

 仮にこの点をクリアしても、この知見だけでポルノの影響を否定するのは早計です。この研究はあくまで15分の映像を一度だけ視聴したときの影響を調べていますが、実際の場面では視聴時間はより長く、視聴頻度もより日常的であろうと推測されます。つまり長期的な影響はわからないのです。
 また実験参加者が、すでに日常的にポルノを視聴していて影響を受け切っていれば、実験で影響がみられないのも当然です。もっとも、この研究では男性の47%がいままでにポルノ映像を見たことがないと回答していますが、それはそれで本当かな?という気がします。インターネットが一般的でない時代とはいえ……。デザイン的には実験者効果の影響をもろに受けそうですし。

 結果は……
○ジョンソン大統領の諮問機関(米,1970)
→おそらくカチンスキー報告を指す。信頼性なし。

○レーガン大統領の諮問機関(米,1986)
「性的暴力表現に過剰にさらされた場合、性犯罪と因果関係あり」
 ただし,初期委員による「関係なし」とのレポートにレーガンが立腹し, 委員が入れ替えられた後の結論.偏った委員の構成が指摘されている(Meese, 1986).

Baron & Strauss(米,1987)および Scott & Schwalm(米,1988)
 大規模な調査の結果「ポルノと性犯罪の関係性を示す証拠は無い」
→Scott & Schwalm(1988) に関しては信頼できない。
Baron & Strauss(1987)は論文を収録した書籍がいまのところ入手できず検討していない。
○ロングフォード委員会(英,1972)
「ポルノは社会的道徳に悪影響」ただし客観的根拠は無し。
○わいせつ物検閲委員会(英,1979)
「ポルノが社会に及ぼす影響は小さい」
○カナダ司法省(加,1985)
「社会道徳とポルノの間の因果を証明する体系的な証拠は存在しない」
○フレーザー委員会(加,1985)
「性犯罪の原因とポルノを結びつける主張は根拠に乏しい」

○Kutchinsky(西独,デンマーク,スウェーデン 1985a, 1991)
「ポルノが入手しやすくなると、性犯罪の件数は減少する、あるいは変化しない」
→根拠に乏しく信頼できない。
○Diamond and Uchiyama(日, 1999)
「ポルノは80,90年代に入手が格段に容易になったが、性犯罪は劇的に減少した」
→ 根拠に乏しく信頼できない。
 第1回で示した一覧と、検証結果を並べてみました。信頼できないとしたものは赤、検討できなかったもの、していないものは青です。とにもかくにも、いままで三回にわたってお送りしてきたこのシリーズですが、結果として入手可能なエビデンスの全てがいまひとつ信頼できないという結果に終わりました。中には入手困難なものもあり、検討できなかったものもありますが、これはひどい。
 もちろん、それは時代的な制約もあることで、最新の知見を調べればまた違った話にもなるのでしょう。もっとも、彼らにそんなレビューをするだけの根気があるとは思えませんが。