疑似相関の話
 私が主張する、社会全体の犯罪の増減をもって1つの原因の影響を騙ることはできないという主張がなぜこうも受け入れらないのか考えてみたのですが、やはり疑似相関について理解していないのではないかという推測にいりました。というのも、批判者のコメントには
 ・・・あの、真面目に言ってるのでしょうか
 何度も申し上げているように、現状までに提出されているデータは、ポルノが性犯罪に悪影響を与えないことを示すには十二分なのですが
 具体的な例を上げましょう
 世界各地の複数の国において、歯磨き粉の普及と同時に虫歯が減少しているというデータがあるとしましょう
 もちろん社会全体の虫歯の数は、食生活や歯磨きの習慣など様々な要因に影響を受けます
 しかしそれを考慮した上でも、歯磨き粉と虫歯が常に負に相関しているのであれば、「歯磨き粉の普及が虫歯の減少に一役かっている」と結論するのに全く不都合はありません 
 といったことが誇らしげに書かれているからです。真面目に言っているのか聞きたいのはこっちです。折角なので例に挙げられている虫歯と歯磨き粉の例を流用して噛み砕いて説明しましょう。
 虫歯の数は様々な要因に影響を受けます。ここで歯磨き粉の影響を見てみようとしてデータをかき集め、世界中で「歯磨き粉が普及すると虫歯が減る」という相関がえられたとしましょう。歯磨き粉は虫歯予防に効果があるんだ万歳!となるでしょうか。
 残念ながらそうはなりません。理由は2つあります。1つは虫歯と歯磨き粉両方に影響している要因の可能性を排除しきれないからです。実は虫歯の減少に本当に役に立っているのは歯磨き粉ではなくて歯科医の数とか社会保障にかけるお金とかであって、歯磨き粉の普及率はそれらのついでに上昇しているだけかもしれません。
 性犯罪のデータにも同じことが言えます。ポルノの流通量を押し上げ、性犯罪の減少にも一役買う要因が存在するかもしれません。例えば経済的な発展は犯罪の減少に役立つでしょうし、懐に余裕があればポルノを買ってみようという人も増えるかもしれません。
 2つ目の理由は、その相関が完全に偶然の産物であるという可能性を否定できないというものです。この世には何とも奇妙な相関があって、それによればニコラス・ケイジが映画に出れば出るほど溺死者が増えるようです。
 犯罪の減少は世界的な潮流ですし、そのような国の中で、全然関係のない要因でポルノの流通量が増えている国を探すのは難しくないでしょうね。
 そういった理由で、社会全体の犯罪の増減をもって1つの原因の影響を騙ることはできないと主張しているわけです。つまり実験で因果関係を確かめない限りポルノに抑制効果があるのか、悪影響があるのか、あるいは何の影響もないのかという議論に結論は下せないはずです。(実験の話はまた今度まとめましょう)
 この説明でも理解できないなら、一度統計の簡単な入門書を頭から読んだ方が理解できるでしょう。
 ちなみに、コメント主は「オッカムの剃刀」という指針を引いていますが、これは「ある事柄を説明するためには、必要以上に多くを仮定するべきでない」というものであって今回は当てはまりません。相関関係を見る際に、そのデータに表れない要因の影響を考慮するのは統計の基礎の基礎です。

 2015/0630追記
 この記事のコメントに「あの相関研究はポルノの流通量の増加と同時に性犯罪が他の犯罪より有意に減少していることを示すので、ポルノには抑止効果があると考えるべきだ」といった主旨のことが書いてあったので、もっと基礎的な指摘をしようと思います。あんまりにも根本的な話なので私もわざわざ指摘するのをすっかり忘れていたというのが本音なのですが。
 大前提として、相関研究ではある現象の原因を推定できても断定はできないという話をします。それは、別の要因の影響が考えられるという話よりももっと根本的な、相関研究が抱える短所です。
 仮にコメントが主張する通り、想定できる全ての要因の影響を排除し、ポルノと性犯罪件数のみの相関を得られたとしても、絶対に否定できない可能性があります。それは、ポルノが性犯罪を減らしたのではなく、性犯罪の減少がポルノの流通量を増やしたという可能性です。言い換えれば、想定している因果関係が逆に作用しているという可能性です。
 虫歯が減ったから歯磨き粉が増えたみたいな、流石に論理的に考え難い流れもあるでしょうが、今までなら性犯罪を犯してたような人がポルノ程度で満足するようになったためにポルノの流通量が増えたという流れは決してありえないものではないでしょう。
 ともかく、どれほど強固に相関関係があることが明らかになっても、どちらがどちらに作用しているかまでを判断することは相関研究ではほぼ不可能です。そこで実験的な研究の出番ということになるのです。
 ちなみに実験では悪影響があるという結果が出ていました。公平を期すために付言するなら、悪影響を確認できなかった実験もありますが、少なくとも抑制効果を確認できた実験は、私の知る限りではありません。このことと相関研究の、性犯罪が増加しなかったという結果を組み合わせて考えれば、ポルノには悪影響があるが、別の要因のためかその悪影響の小ささのためかで性犯罪を上昇させるまでには至らないのだろうと考えるのが妥当なところだと思います。

 ネットの「根拠」を再検証する
 では、今まで私に示された「ポルノは性犯罪を抑制する」という根拠を見直してみましょう。いかんせん数が多く、同じものを何度も示されたりしたので抜けがあるかもしれませんが、ご了承ください。
 1.デンマーク法務省の報告書
 ポルノが性犯罪に悪影響がないとする根拠の最大手とも言うべきものでしょうか。コメントで紹介されていたURLのサイトのリンクが切れていたので、別のブログから日本語訳を引っ張ってきました。
 大抵は「ポルノに悪影響がない」ということを結論付けたという根拠とされますが、よく読んでみるとどうも微妙な感じになってきます。この報告書の結論には確かに「ポルノが性犯罪に悪影響があるとする研究はない」と書かれていますが、付録3、つまりデンマーク法務省に提出された専門家の声明『架空児童ポルノに関する陳述の申出について』には以下のような記述があります。
 以下、この分野における最近の研究の簡単な要約です:
 キングストンら(2008) 1は、加害者と被害者の間に実際の身体的性的接触(ハンズオン)があった性犯罪で有罪となった者を検査し、過去に違法ポルノ材料の使用をしてきた性犯罪者の方がこれらを使用してこなかった者よりも過去同様の性質の犯罪の再犯率が高い事から、このグループ内での児童性的虐待画像の消費は関連危険因子であると発見しました。
 セトとエケ(2005)2は、201名の児童性的虐待者達を対象にした研究に基づき、児童性的虐待画像の乱用者が実際に身体的接触のある犯行に及ぶ確率は未確認だと表明しました。彼らは研究で、前科のある人々は法に反する虐待や暴行を再度行なう確率が著しく高いという事実を発見しました。現在の有罪判決以前にも性的暴行の前科のある児童性的虐待画像の乱用者は、一般的および性的犯罪の両方で再犯を犯す可能性が高いとされます。
 つまり、ポルノの悪影響を示唆する研究はないわけではないというわけです。なぜ声明で具体的に触れている3つの研究のうち2つがポルノの悪影響を示唆しているにも関わらず結論では無視されたのかは不明です。また少なくとも声明には「多くの研究で示されている通り、実際の身体的接触が発生した事件の前科者がノンフィクションの児童性的虐待画像を乱用していた場合、過去と同様の性質の犯罪を再び犯すリスクが発生します」とあり、条件付きとはいえポルノの悪影響を認めてもいます。
 あくまでデンマーク法務省の結論としては、ポルノを規制するほど危険視していないということでしょうが、これをもって「ポルノの悪影響を示す実証的な研究がない」とするのは早計です。

 2.デンマーク、コペンハーゲンポストの報道
 これも上述のURLのサイトにあったものです。例によってリンクが切れていて元の記事が読めなかったので自分で探す羽目になりました。そういうわけで英語版を見つけました。デンマーク版もありましたが読めるわけがありませんでしたので。関係のある場所だけ引用します。
The subsequent Sexologisk Klinik report could not support Hækkerup’s claims, however.
“We have had to acknowledge that there is no evidence that the use of fictive images of sexual assaults on children alone can lead people to conduct sexual assaults on children,” the report to the Justice Ministry states.
 Sexologisk Klinikという組織、これがどんな組織かは例によってわかりませんが、この組織がポルノに悪影響があるという証拠を見つけられなかったというだけのことが書いてあります。出回っている日本語訳では何故か「厳密な科学的調査の結果」という一言が加わっていますが。
 具体的にどんな調査や研究をしたのかは不明です。先程示したように、専門家による声明には、ポルノには悪影響があると読める研究も示されていたので、やろうと思えばいくらでも持ってくることはできたと思うのですが……。これだけ大雑把な記述の記事をポルノ擁護に使うのは苦しいでしょう。

 3.日本のデータ
 日本のデータも以下のようなグラフで出回っています。
Rape-Japan0

 しかし後に触れるように、2004年の児童ポルノ法改正以降強姦認知件数は減少の一途をたどっています。疑似相関の好例でしょう。ついでにツッコミを入れれば、1950年に行われた数県の図書排除条例が全国の数値に影響するとは思えませんし、1968年の事例は日本とは何ら関係がありません。

 4.アメリカのデータ
 まずはコメントで紹介されたAnthony D’Amatoの論文『ポルノ増加、レイプ減少』。しかしこれも微妙ですね。
 アメリカにおけるインターネット普及率ベスト4とワースト4の州を分析していますが、なぜその8つだけで分析したかの説明がありません。全部の州で分析するのが筋だと思うのですがね。またインターネット普及率をポルノの利用可能性とみなして分析していますが、本来この2つには距離があります。確かにインターネットが使えればポルノも入手しやすいでしょうが、インターネットが使えなくてもポルノは入手可能です。この不可解な操作のなされたデータで「統計的に有意だった」と言われてもねぇ。
 ハワイ大学の論文とやらも、典型的な疑似相関を示す以上のものではありませんでした。余談ですが、論文の本分では「認知件数は増えたけど人口増加があるから割合は増えてない」と言っているにも関わらず、ポルノを擁護する人のブログにある要約ではすっ飛ばされています。日本語もおかしいので十中八九機械翻訳でしょうが、都合の悪い記述はすっ飛ばしたのでしょうね。
 ちなみに、ゾーニングすると青少年の性犯罪が増えるという根拠としてブログを示されたが、ここの文章をどのように読めばそう解釈できるのかさっぱり理解できませんでした。少なくとも「わいせつとポルノグラフィに関する大統領委員会」の部分では触れられていませんからね。
申し訳ありません
どうやら論文を5点ほど出典するに当たり、リンクを貼ろうとするとエラーが起きるようです
・Pornography and Sex Crimes in the Czech Republic
・Pornography, Rape and Sex Crimes in Japan
・The pleasure is momentary...the expense damnable? The influence of pornography on rape and sexual assault
・Porn: Good for us?
・porn up, rape down
少々面倒ですが、記事名・論文名を記載しておきますので、google scholar などで検索していただけますようお願いいたします
 ちなみに、最近になってこんなコメントもありましたが、全て社会全体の性犯罪件数について述べており疑似相関という批判を免れないのでいくつあっても意味がありません。

 以上のように、ポルノを擁護する人々が示した根拠は大抵の場合、細部を大げさに言い立てたりしているだけで、疑似相関以上のものを示せてはいないということがよくわかります。

 規制が減少に影響したグラフ?
 このブログ主も反対派に絡まれて疑似相関だと知りながらだしたんだけど
 http://blog.livedoor.jp/captain_nemo_1982-brog2/archives/53855853.html
 というコメントを下さった方が。リンク先のページにはこんなデータがありました。もっとも、そのブログの筆者が書いているように十中八九疑似相関でしょうが。
 ● 同じイギリスで16歳未満性的不法交流は減少
 ● 13歳未満性的不法交流は横ばい
 ● おそらく世界で一番規制が厳しいカナダの単純所持規制は1993年からで、今のところ1995年以降の統計しか持ってないけど一貫して減少傾向(こちらにグラフあり)
 ● 同じく規制が厳しいアメリカは単純所持禁止を合憲としたオズボーン判決が1990年だがそのころから横ばい、減少に転じている(こちらにグラフあり)
 ● 日本では1999年の児ポ法以降上昇したが、2004年の厳罰化以降は減少に転じている(こちらにグラフあり)
 最初の2つに関しては、具体的なデータがないので無視するとして、残りの3つをそれぞれ3から5と呼ぶことにしてみてみましょう。
 3は平成18年度版の犯罪白書にあるグラフですね。
132011cc

 確かに一貫して全ての性犯罪が緩やかに減少しています。ちなみにカナダが1993年に単純所持を禁じたという話は、千葉大学法学論集第28巻第3号『所持規制をめぐる憲法問題』の117ページに出てきます。このデータだけでは減少が93年の規制以降かはわかりません。
 4はおそらくこれのことでしょう。
19602009US_rape

 問題はこの性犯罪の増減のデータが正しいかどうかという点です。このデータの大元はThe Disaster Centerという機関が作った表です。このThe Disaster Centerとやらが何者かはわかりませんでしたが、FBIの公式統計と数値の一致がみられたので信用しても大丈夫でしょう。規制を合憲としたオズボーン判決が90年にあったとして、ポルノ規制はそれ以前にも行われていたでしょうし、ピークは数年ずれているのでこれを規制の効果を示す根拠とするのも微妙な気はします。
 5はこれですね。
6a40e28c-s

 2004年の法改正以降減少の一途なのは事実ですが、それ以前の増減のインパクトが大きすぎて潰れてしまっていますね。当然それ以外の要因もあったはずで、これもグラフの作成者が自認するようにネタの域を出ないでしょう。