栗東寮にいる先輩方やポニーちゃんたちは面倒見がいいウマ娘ばかりだ。その面倒見の良さには舌を巻く。
フリースタイル出身のポッケこと、ジャングルポケットが編入した時。最初は目付きの悪さと粗暴な言動で萎縮した者もいたが。見た目に反してジャングルポケットが人懐っこくて少しばかり不器用と知ると。もう、栗東寮の皆は放っておけない。
今朝も
「おはようさん。ポッケ、ちょい待ち、リボンがズレてるで」
朝の食堂でポッケのリボンを直してあげるのはタマモクロス先輩だ。普段はポッケと同室のナリタトップロードが制服のリボンを結んであげるらしいが。ナリタトップロードは海外遠征中だ。
「よっしゃ。これでリボンはバッチリや」
「有難うございまっす!」
「いいって。ねぇねに任しとき!」
実家にたくさんの妹や弟がいるタマモクロス先輩にとって、ポッケは可愛い妹分なんだろう。たまに駄菓子も買ってあげているらしい。
「ポッケちゃん、ひとりで寂しくないですかぁ? 私がポッケちゃんの部屋に泊まりに行ってもいいですからねぇ」
スーパークリーク先輩は部屋でひとりで過ごすポッケが気になるらしい。
「今のところは大丈夫っす。もし、寂しくなったら、先輩方の部屋に行きます」
「ええ、是非来てくださいねぇ」
「まあ、ホームシックになる前にうちらの部屋においでよ。事前に部屋に来るのを教えてくれたら、アンタの好きなお菓子も買っとくから」
スーパークリーク先輩と同室のナリタタイシンも自分では認めないけど、面倒見がいいタイプだ。根性があるポッケを気に入ったらしい。
「有難うございますっ!」
「ジャングルポケット」
「オグリ先輩、おはようございますっ!」
「君は広いトレセン学園で迷子になっていないか? 迷子になりそうな時はクリークに手を繋いでもらうといい。あと、学食のハンバーグは美味しいぞ」
編入組のオグリキャップ先輩も同じ立場のポッケを気に掛けてアドバイスしている。
だからか、たまにポッケがクリーク先輩に手を引かれて歩いているのは。クリーク先輩はウキウキしているし、ポッケも安心しているらしい。兄がいるポッケは年上に甘えるのも上手だから。
「はいっ! オグリ先輩のお陰で迷子にならないし。迷った時は何故か誰かがすぐに助けてくれるんすよ」
栗東寮の皆は編入したオグリ先輩や新入生を放っておけない性質だしね。たまに、高等部でもトレセン学園内で迷子になるポニーちゃんがいるけど。そんな時も誰かがすぐに気が付いて助けに行く。
「それは良かった。スマホを持っていれば助けを呼べるから、必ずスマホを持ち歩くんだ」
「はいっ!」
オグリキャップ先輩が頭を撫でようとすると、ポッケの耳は撫でやすいようにとペタリと垂れた。こんなところも愛され上手なのだろう。だから、口うるさいと言われがちなエアグルーヴも
「ジャングルポケット、この前の風邪は治ったのか? 走りたい気持ちはわかるが今週いっぱいは休めよ」
と声を掛けている。軽い風邪で完全に治ってるんだけど。2人の妹がいるエアグルーヴにとっても、年下のジャングルポケットは世話を焼きたくなる存在らしい。
「大丈夫だ。ほら、すっかり治ってるから今日から走ってくる。心配してくれてありがとよ」
「仕方ない奴だ。トローチをやるから喉に違和感があったら舐めろ。いや、その前に手洗いうがいをしっかりとだな……」
「姉貴、わかってるって! あっ……」
エアグルーヴの言い方で実家の兄を思い出したのか。ポッケが無意識にエアグルーヴを姉貴と呼んだ。その瞬間。
「ポッケ、うちのこともねぇねと呼んでかまへんからな!」
「私のことはママと呼んでください!」
「ポッケ。一度でいいから、私をお姉ちゃんと呼んでくれないか?」
タマモクロス先輩、スーパークリーク先輩、ビワハヤヒデがポッケに迫った。しかも、
「お前が私を姉貴と呼びたいのなら、今後は姉貴と呼んでくれて構わないぞ」
エアグルーヴまで、うっかりポッケが口にした姉貴呼びを気に入ったらしい。
「えっと。エアグルーヴが実家の兄貴みたいな言い方するからよ。つい、姉貴と呼んじまっただけなんだ。それによ。先輩たちをお姉ちゃんとか呼び続けたら、併走やレースの時に甘えそうで。だから、俺は……」
ポッケが拙いながらも姉呼びを断る理由に、先輩方はますます胸をキュンとさせているのが手に取るようにわかる。妹っぽいだけでなく、後輩が野心むき出しで自分を追い越そうとする姿もまた歓迎しているから。
「そっかそっかぁ。ポッケはエラいなあ。その意気やで。併走する時は甘えてきても一切手加減しないから安心しとき」
「本当にポッケちゃんは闘争心もあって、いいこいいこしたくなります。大丈夫ですよぉ。併走で負かした後は優しく慰めてあげますからねぇ」
タマモクロス先輩とスーパークリーク先輩は両側からポッケの頭を撫でているし。ビワハヤヒデに至っては。
「済まない。もう一度だけ、お姉ちゃんと言ってもらえないだろうか。今度はキチンと録音する」
など口走りながら、ポッケにスマホを向けている。でも、3人の気持ちもわからなくもない。だってさ……
******
消灯10分前。
ドンドン
寮長部屋のドアが荒々しくノックされる。このノック音はポッケしかいない。
「ポッケ、入っておいで」
「うん……」
荒々しいノックしたとは思えないぐらい、ポッケは泣きそうな顔で大きなライオンのぬいぐるみを抱き締めていた。
「ひとりで寂しくなっちゃった?」
「うん」
大きな瞳が潤んでいる。学校や食堂が賑やかな分、ひとりで寮の部屋で過ごすのが寂しくなったらしい。
「今夜は一緒に眠ろうね」
「お姉ちゃあん……」
ポッケは寂しくなる時だけ、私をお姉ちゃんと呼んで甘えてくる。私は併走の相手もレースの出走もどちらもないから甘えやすいようだ。
「よしよし。私は消灯の見回りに行くけど、もう少しだけお留守番を頑張れるかな?」
「うん。この子と頑張る……」
ライオンのぬいぐるみをギュッと抱き締める仕草は、まさに妹そのもので胸がキュンとする。寮長の仕事を放り出して、今すぐにポッケに添い寝をしてあげたい。
「ポッケはいい子だね。すぐに消灯の見回りを終わらせて戻るよ」
頭を撫でると少しだけ笑顔が戻ってきた。私が頭を撫でやすいように耳をペタリと倒したままなのも愛おしい。誰だって、こんな可愛い妹分が欲しくなるに決まっている。
今朝、スーパークリーク先輩と同室のナリタタイシンがポッケを部屋に誘っていたのに、どうして寮長部屋に来たのかとか。そんな野暮なことは聞かない。私もポッケを甘やかしたいからね。
「お姉ちゃん。俺が寮長部屋に泊まったのは誰にも言わないで。お姉ちゃんと呼んだのも内緒で……」
私のカットソーの裾を掴みながらのお願いまで可愛い。こんなに可愛いポッケを皆には内緒で独り占めしたい気持ちは私も同じだ。
「もちろんだよ。ふたりだけの秘密だ」
人差し指を口に当てながら答えたら、ポッケがホッとした顔になった。明日の朝になれば、ポッケの人恋しさも落ち着いて。いつものように
「フジさーーーーーんっ!」
と賑やかな大声で呼ぶのだろう。それでいい。
君が誰かの大切なウマ娘になるまで。もう少しだけ、君のお姉ちゃん役を演じさせて欲しい。そんなことを思いながら、愛おしい妹分の頭をもう一度撫でた。
< Fin. >