「享ちゃん、さよならぁ!」
ひかりが両腕をしなやかに広げ、享介に
思い切って溶けこんでくる。胸を突かれる
空気の震えを残して、享介を通過して消え
てしまった。
「どういうことだ?」
「どうもこうもないわ、これが川嶋ひかり
のすべてなのさ」
ケンジがイチョウの木陰(こかげ)から
立ち上がった。すでに園員の制服をなくし
て、ラフなTシャツ姿で、地べたの土汚れ
をはたいている。
「おまえは誰なんだ」
「へ? オレっちは悪魔だよ、ひかりは
ケンジ閣下だって決めつけていたぜ。
川嶋ひかりの悪魔っ娘(こ)としての将来
性に惹かれて、悪魔界デビューを目指した
のさ。
おもしろそうだろ? あれほど真っ直ぐな
バイオレンスって。まあ、オレっちは何て
言うか、ただそれだけなのさ」
光の放出を安らかに終えていく、縦穴の
巨石に目をやりながら、気まずそうに鼻の
てっぺんを掻いた。
「あ~あ、とびっきりの悪魔っ娘にスカウ
トしようとがんばってたのに!
じゃあ、オレっちも行くからさ。楽しかっ
たぜ、恋の落とし穴にはご用心ってね」
ケンジも半透明になって、やがて姿が
なくなる。はしゃいじゃった後に見せる
笑顔を残して。
遊園地には誰もいない。蝉の声がきこ
えた。享介は額の汗を意識した。光は高く、
熱気をはらんだ空気は、夏の景色をえがいた。
肉厚の雲と伸びる空が苦しいんだ。
<終>
ご愛読ありがとうございました。
(水城ゆうき)