販売コンテンツ数の水増し問題によって、ネットユーザーの監視下に置かれ続けた楽天Koboですが、新機種KoboGlo発売後の今年に入って新しい動きを見せました。
立命館宇治中学校・高等学校、読書教育推進のために「kobo Touch」を全生徒に配布
全校的な読書教育に注力する立命館宇治中学校・高等学校に、教育振興の一貫として楽天が端末1600台を寄贈する。
旧モデルの在庫一掃作戦なのか?
なぜ公立ではなく私立の付属校一校だけに無償提供?
などなどネットユーザーから相変わらずの突っ込みを受けたニュースですが、電子書籍専用端末の教育利用自体は楽天Koboが初めてのケースではありません。
●とても短い電子図書館の歴史
2002年、日本で初めて、図書館内に電子書籍書籍が読めるパソコンを設置する実証実験を行ったのは、北海道の岩見沢市立図書館でした。当時視察に行ったところ、そのパソコンで電子書籍を読んでいる人は誰もいませんでした。理由は、人気の本が読めないから。
2004年、電子書籍専用端末のΣブックやリブリエが発売された当時から、メーカーと契約した地方自治体が図書館や公共施設に電子書籍端末を配布し、利用者に端末ごと電子書籍を貸し出すサービスが行われるようになりました。
石川県の生涯学習施設いしかわシティカレッジ内に開設されたデジタルライブラリーにて、PC内の電子書籍閲覧サービスとともに、Σブックの館内貸し出しサービスが実験的にスタートします。端末にインストールされた岩波文庫等の電子書籍約600冊が館内限定の貸し出し方式で利用可能。県が年間定額で電子書籍利用料を負担し、県民に無料で貸し出す公共の電子図書館サービスです。
2005年には、奈良県の生駒市立図書館にて、リブリエを利用した電子書籍端末自体の貸し出しサービスが実験的に開始されました。当時は、図書館利用券を持つ市民に貸し出される形をとっていた。つまり、電子書籍専用端末を「本棚」として丸ごと貸し出すサービスです。
いしかわシティカレッジと生駒市立図書館のプロジェクトに関わっていた私が言うのもなんですが、今思うと新しい電子図書館サービスなのか、電子本棚サービスなのかよくわからない中途半端なサービス形態でした。
電子図書館というと、一定期間、クラウド上の電子書籍にいつでもどこでもアクセスして本を読めるネットワーク的なイメージがあります。もちろん将来的にはこの方向を目指すべきだと思いますが、当時も今も大きな課題があります。
読者が図書館で無料で本を借りたら、書店で本を買わなくなるじゃないか。
出版界から図書館業界に対する「無料貸本屋」批判は、出版不況になる前から根強い。本の無料貸出サービスへの批判は、そのまま電子書籍の無料貸し出しサービスにも引き継がれます。
本が売れないのを食い止めるのが先か。
本が読まれなくなるのを食い止めるのが先か。
立ち位置によって、利害が分かれるとてもナイーブで深い問題です。すぐには答えが出ません。
ただし、子供時代に図書館で本を読みふけり、成長してから阿呆みたいに本を買うようになった私の個人的意見としては、紙かデジタルかに関わらず図書館蔵書の充実は絶対必要です。
本を読者に売ることで食っている以上、図書館に抵抗を覚える感覚は理解できます。
しかし、図書館を否定する方々は、自分の子供が図書館で本を借りるのも止めるのでしょうか?
とはいえ、いきなりネットワーク上の電子図書館事業を展開すると、一部の著作権者や出版社からの激しい反発が予想されます。
まずは端末台数や利用回数などを制限できる形からスタートする方が無難だろう。「端末」という目に見える形を伴ったパッケージ提供型サービスの方が、違法ダウンロードやコピーなどの不安を与えかねないネットワーク型サービスより安心感を与えられるのではないか。
本格的な電子図書館サービスを開始する前に、わりと抵抗の少ない電子本棚貸し出しサービスで利用状況をテストしてみよう。
2004年当時、そうした総合的判断から、電子書籍専用端末を通じた公共施設での読書サービスが始まりました。同時に一人までしか借りられない、新刊書籍は提供しないなど出版社への配慮がなされたわけです。一方で、読者を満足させる品揃えからは程遠く、サービスは長くは続きませんでした。
2007年になってようやく、千代田区立千代田図書館で公共図書館初のwebを通じた電子図書館サービスが開始されます。しかし、読める本は青空文庫を除くと3000冊ちょっと。土地柄、ビジネス本や語学本が読まれたようです。
翌2008年、国立国会図書館の長尾真館長が提案した、公共図書館が有償で電子書籍の貸出を行うとする電子図書館構想私案(俗に言う「長尾構想」)が、出版業界から安い利用料などに問題があると猛反発を受け、とん挫しました。
電子図書館 新装版 [単行本]
▲長尾構想のもととなった名著『電子図書館』
そんなふうに、国内でせめぎあっている中で、突如としてGoogleブックサーチというグローバルな電子図書館サービスが発表され、日本にも決断を迫ったのは記憶に新しい。まさに開国を迫る「黒船」のように見えたわけです。
2013年現在でも、全国で3210館ある公共図書館のなかで、電子書籍を貸し出しているのはわずか12館ほど。実際、どれほど利用されているかは疑問です。
一方、アメリカでは無料の電子図書館構想Open Libraryや主要大学は当然として、kindleで販売中の電子書籍が読める公立の電子図書館がたくさんあります。2013年秋には、図書館内の電子図書館どころか、紙の本がない電子図書館がテキサス州でオープンされる予定です。
▲テキサス州の「ペーパーレス図書館」BiblioTech イメージ図
日本は、電子書籍市場規模では先進国ですが、電子図書館サービスについては発展途上国なわけです。
※電子図書館サービスの現状についてはこのサイトの資料がわかりやすいです。
●楽天を支えてきたのは誰か
電子図書館という存在が、利害のからむ大きな問題になってしまう国内において、今後、コンパクトな電子書籍専用端末の図書館利用や学校教育利用がますます増えていきそうです。
端末の販売側からみても、ユーザー1人1人に売るより、地方自治体や学校の一括購入も見込めた方が事業計画を立てやすい。また、競合する製品がないため端末経由のコンテンツ購入率(アクティブ率)の向上が見込め、客単価の向上も見込めます。
そもそも、21世紀初頭から日本の家電メーカーが電子書籍市場もないうちから電子書籍専用端末開発に取り組んだ背景に、巨大市場中国の存在がありました。13億人が紙の本を読み始めたら、世界中の森林がなくなると言われている中国の巨大教科書市場への早期進出がゴールだったのです。
世界的企業にとって、縮小する国内出版市場は本丸ではなかった。中国進出のために、中国共産党の大幹部に会ったんだか会えなかったんだかという話もあります。
2004年当時、諸般の事情で実現しなかったものの、マンガを蔵書しない公共図書館向けに「手塚治虫全集」など巨匠マンガ家の全集をバンドルした電子書籍専用端末や、学校図書館の本棚に入りきらない名作文庫全集をインストールした端末が企画されていました。電子書籍専用端末のデータ容量が増えた今後は、貴重な郷土資料や地元出身の作家全集を電子化してインストールした郷土文庫端末が企画される可能性があります。
さらに、貸し出し率を上げるために、「アンパンマン全巻」「ワンピース全巻」端末や「電撃文庫全集」端末といった企画モノ端末が増えてきそうです。もともと、マンガを始めとするエンタメジャンルの大ヒット作は、アニメ放映や海賊版流通などによる口コミを通じて国内外で人気になった。膨らんだ1千万人を超える無料閲覧者の一部が定期購入に至ってきた歴史を考えると、悪い話ではなさそうです。
個人的には、電子書籍専用端末を「電子本棚」として考えた場合、個人利用よりむしろ公共施設で利用される可能性が将来的に高くなると考えています。とりわけ、書店のない過疎地域の施設や学校、蔵書の少ない図書館で重宝されうる。地方の読書家のITリテラシーは、都市部に住む出版関係者の予想以上に低いからです。
Σブックの電子図書館プロジェクトを担当していた当時、電子図書館に興味を持っていた、とある地方の図書館関係者にヒアリングしたところ、amazonなどのネット書店利用経験のある市民はとても少ないとおっしゃっていました。インターネットで本を検索して購入するのは、都市部に住む経済的に余裕がある人だけ。日本全体でみると、ごく普通の庶民にとって近所の本屋か図書館にない本は存在しないのと同じだと。
地方経済が疲弊するにつれ、地方自治体の図書購入予算も減少する一方です。耐用年数を過ぎ新調しなければいけない本棚や年々増え続ける本を管理するためのラベルやカバーなどの図書館用品購入費用も馬鹿にならない。そのために、肝心の図書購入費を削らなければならない本末転倒なケースもあるそうです。
とある地方の図書館関係者と書きましたが、その地方とは先の東日本大震災で被災した福島第一原発のすぐ北に位置する南相馬市(当時は原町市)でした。この町は、たった独りで原作者と交渉し、ハリーポッターシリーズを日本語で翻訳出版した松岡佑子さん(静山社社長)の故郷でもあります。
震災からもうすぐ2年経ちますが、南相馬市はゴーストタウンのままです。
電子図書館事サービスのプレゼンテーションをした市の図書館行政関係者の中に、現在の桜井勝延市長がいらっしゃったのを記憶しています。桜井市長は、震災時に生活物資が足りない窮状をYoutubeで訴えたことが、「SOSビデオ」と呼ばれて世界中の反響を呼び、Time誌が選ぶ「世界の影響力のある100人」に選ばれた方です。
▼2011年3月24日撮影 南相馬市 桜井勝延市長長からのメッセージ
電子図書館サービスを説明した当時、桜井さんたちはこう力説されていました。
「町に活気を取り戻すために、都市部との教育格差や情報格差を埋める図書館の充実が必要なんです」
2013年現在、原発から離れた地区においては、ライフラインは徐々に修復されつつあるかもしれませんが、被災した町の本屋の品揃えが充実するには時間がかかります。図書館を含む公共文化施設の再建が図られるのも当分先のことでしょう。
ライフラインだけでなく、文化面や教育面を含めた復興をすすめようにも、もはや紙の図書を一から購入している予算はないでしょう。図書装備など図書館用品や本棚が不要な、無料の電子書籍専用端末はこうした地域でこそ活きる気がします。
楽天の三木谷氏は「kobo Touch」発売時のイベントで、電子書籍市場の拡大を目指すと同時に、端末が低価格であることから「学校や被災地への寄付など社会貢献もしていきたい」という方針を発表。2013年に入ると、岩手県下7市町村の新成人1,644人を対象に、kobo Touchを寄贈する「楽天ふるさとプロジェクト」を始めました。
一般的に、新商品としての電子書籍専用端末の賞味期限は発売から半年間と言われています。
しかし、新モデルが出た時点で市場価値がなくなった端末でも、電子本棚としての価値は色褪せません。
旧モデルの在庫処分かどうかは、そもそも本が満足に届かない地域の読者には関係ありません。
発売元各社曰く、電子書籍専用端末ビジネスはハードではなくコンテンツで儲けるビジネスモデルだそうです。
そんな長期的かつ楽天的なビジネスモデルだったら夢があるんじゃないかと。
そして楽天Koboの持つ、電子書籍専用端末を短期間でリリースする推進力からすると、国内企業ではビジネスモデルを描けなかった電子図書館サービスを実現してしまう力技も期待できるかもしれません。
流通総額一兆円企業にできることは、コンテンツを増やし世界展開することだけではなかった――。
コンテンツ水増し問題等で批判し続けたユーザーも、その時はじっと見守ってくれるのではないでしょうか。
楽天は、さまざまな商いで身を立てる地方の人々の支持を受けてチャレンジ精神を貫き、一ネットモール企業から国内最大のインターネット通販サービス企業に成長してきました。
地方の活性化を使命とする楽天のKoboサービスが復権する道は「読書革命」の道ではありません。すでに本に囲まれた都会のビジネスマンやOLの財布を先行メーカーから奪うための、電車内広告や巨額のコマーシャル費用も不要でしょう。
都市部でも地方でも、住んでる地域や家庭の経済状態に左右されることなく 「ただふつうに読書できる」環境をインターネットを使って提供すること。
「紙の本の売上を損なうのではないか」
依然として紙の売上が大切な国内業界の調整の難しさゆえに大手書店や大手印刷グループが本腰いれて取り組みづらい、そんな当たり前の環境を実現することこそが最も険しく、最もチャレンジングな道だと思うのです。
立命館宇治中学校・高等学校、読書教育推進のために「kobo Touch」を全生徒に配布
全校的な読書教育に注力する立命館宇治中学校・高等学校に、教育振興の一貫として楽天が端末1600台を寄贈する。
同校では読書教育に注力しており、特に中学校では基礎学習の「スタディスキル」として「読書力」を掲げ、3年間で100冊、2万ページの読了を目指している。こうした読書教育の一貫として4月の新学期から、全生徒を対象にkobo Touchを1人1台配布するという。
利用は同校での学業終了までで、特に毎朝全校で実施する「朝の読書時間」で使用。さらに授業での利用も検討予定だ
端末は楽天が推進する教育振興の一貫として寄贈。「koboイーブックストア」でも立命館宇治中学校・高等学校向けの特集を用意し、学校推奨コンテンツを紹介予定。また、校内ではさらなる読書教育の推進を目的とした「kobo活用委員会」を設置し、教育分野における積極的な電子ブックリーダーの活用を促進するという。
旧モデルの在庫一掃作戦なのか?
なぜ公立ではなく私立の付属校一校だけに無償提供?
などなどネットユーザーから相変わらずの突っ込みを受けたニュースですが、電子書籍専用端末の教育利用自体は楽天Koboが初めてのケースではありません。
●とても短い電子図書館の歴史
2002年、日本で初めて、図書館内に電子書籍書籍が読めるパソコンを設置する実証実験を行ったのは、北海道の岩見沢市立図書館でした。当時視察に行ったところ、そのパソコンで電子書籍を読んでいる人は誰もいませんでした。理由は、人気の本が読めないから。
2004年、電子書籍専用端末のΣブックやリブリエが発売された当時から、メーカーと契約した地方自治体が図書館や公共施設に電子書籍端末を配布し、利用者に端末ごと電子書籍を貸し出すサービスが行われるようになりました。
石川県の生涯学習施設いしかわシティカレッジ内に開設されたデジタルライブラリーにて、PC内の電子書籍閲覧サービスとともに、Σブックの館内貸し出しサービスが実験的にスタートします。端末にインストールされた岩波文庫等の電子書籍約600冊が館内限定の貸し出し方式で利用可能。県が年間定額で電子書籍利用料を負担し、県民に無料で貸し出す公共の電子図書館サービスです。
2005年には、奈良県の生駒市立図書館にて、リブリエを利用した電子書籍端末自体の貸し出しサービスが実験的に開始されました。当時は、図書館利用券を持つ市民に貸し出される形をとっていた。つまり、電子書籍専用端末を「本棚」として丸ごと貸し出すサービスです。
いしかわシティカレッジと生駒市立図書館のプロジェクトに関わっていた私が言うのもなんですが、今思うと新しい電子図書館サービスなのか、電子本棚サービスなのかよくわからない中途半端なサービス形態でした。
電子図書館というと、一定期間、クラウド上の電子書籍にいつでもどこでもアクセスして本を読めるネットワーク的なイメージがあります。もちろん将来的にはこの方向を目指すべきだと思いますが、当時も今も大きな課題があります。
読者が図書館で無料で本を借りたら、書店で本を買わなくなるじゃないか。
出版界から図書館業界に対する「無料貸本屋」批判は、出版不況になる前から根強い。本の無料貸出サービスへの批判は、そのまま電子書籍の無料貸し出しサービスにも引き継がれます。
本が売れないのを食い止めるのが先か。
本が読まれなくなるのを食い止めるのが先か。
立ち位置によって、利害が分かれるとてもナイーブで深い問題です。すぐには答えが出ません。
ただし、子供時代に図書館で本を読みふけり、成長してから阿呆みたいに本を買うようになった私の個人的意見としては、紙かデジタルかに関わらず図書館蔵書の充実は絶対必要です。
本を読者に売ることで食っている以上、図書館に抵抗を覚える感覚は理解できます。
しかし、図書館を否定する方々は、自分の子供が図書館で本を借りるのも止めるのでしょうか?
とはいえ、いきなりネットワーク上の電子図書館事業を展開すると、一部の著作権者や出版社からの激しい反発が予想されます。
まずは端末台数や利用回数などを制限できる形からスタートする方が無難だろう。「端末」という目に見える形を伴ったパッケージ提供型サービスの方が、違法ダウンロードやコピーなどの不安を与えかねないネットワーク型サービスより安心感を与えられるのではないか。
本格的な電子図書館サービスを開始する前に、わりと抵抗の少ない電子本棚貸し出しサービスで利用状況をテストしてみよう。
2004年当時、そうした総合的判断から、電子書籍専用端末を通じた公共施設での読書サービスが始まりました。同時に一人までしか借りられない、新刊書籍は提供しないなど出版社への配慮がなされたわけです。一方で、読者を満足させる品揃えからは程遠く、サービスは長くは続きませんでした。
2007年になってようやく、千代田区立千代田図書館で公共図書館初のwebを通じた電子図書館サービスが開始されます。しかし、読める本は青空文庫を除くと3000冊ちょっと。土地柄、ビジネス本や語学本が読まれたようです。
翌2008年、国立国会図書館の長尾真館長が提案した、公共図書館が有償で電子書籍の貸出を行うとする電子図書館構想私案(俗に言う「長尾構想」)が、出版業界から安い利用料などに問題があると猛反発を受け、とん挫しました。
電子図書館 新装版 [単行本]
▲長尾構想のもととなった名著『電子図書館』
そんなふうに、国内でせめぎあっている中で、突如としてGoogleブックサーチというグローバルな電子図書館サービスが発表され、日本にも決断を迫ったのは記憶に新しい。まさに開国を迫る「黒船」のように見えたわけです。
2013年現在でも、全国で3210館ある公共図書館のなかで、電子書籍を貸し出しているのはわずか12館ほど。実際、どれほど利用されているかは疑問です。
一方、アメリカでは無料の電子図書館構想Open Libraryや主要大学は当然として、kindleで販売中の電子書籍が読める公立の電子図書館がたくさんあります。2013年秋には、図書館内の電子図書館どころか、紙の本がない電子図書館がテキサス州でオープンされる予定です。
▲テキサス州の「ペーパーレス図書館」BiblioTech イメージ図
日本は、電子書籍市場規模では先進国ですが、電子図書館サービスについては発展途上国なわけです。
※電子図書館サービスの現状についてはこのサイトの資料がわかりやすいです。
●楽天を支えてきたのは誰か
電子図書館という存在が、利害のからむ大きな問題になってしまう国内において、今後、コンパクトな電子書籍専用端末の図書館利用や学校教育利用がますます増えていきそうです。
端末の販売側からみても、ユーザー1人1人に売るより、地方自治体や学校の一括購入も見込めた方が事業計画を立てやすい。また、競合する製品がないため端末経由のコンテンツ購入率(アクティブ率)の向上が見込め、客単価の向上も見込めます。
そもそも、21世紀初頭から日本の家電メーカーが電子書籍市場もないうちから電子書籍専用端末開発に取り組んだ背景に、巨大市場中国の存在がありました。13億人が紙の本を読み始めたら、世界中の森林がなくなると言われている中国の巨大教科書市場への早期進出がゴールだったのです。
世界的企業にとって、縮小する国内出版市場は本丸ではなかった。中国進出のために、中国共産党の大幹部に会ったんだか会えなかったんだかという話もあります。
2004年当時、諸般の事情で実現しなかったものの、マンガを蔵書しない公共図書館向けに「手塚治虫全集」など巨匠マンガ家の全集をバンドルした電子書籍専用端末や、学校図書館の本棚に入りきらない名作文庫全集をインストールした端末が企画されていました。電子書籍専用端末のデータ容量が増えた今後は、貴重な郷土資料や地元出身の作家全集を電子化してインストールした郷土文庫端末が企画される可能性があります。
さらに、貸し出し率を上げるために、「アンパンマン全巻」「ワンピース全巻」端末や「電撃文庫全集」端末といった企画モノ端末が増えてきそうです。もともと、マンガを始めとするエンタメジャンルの大ヒット作は、アニメ放映や海賊版流通などによる口コミを通じて国内外で人気になった。膨らんだ1千万人を超える無料閲覧者の一部が定期購入に至ってきた歴史を考えると、悪い話ではなさそうです。
個人的には、電子書籍専用端末を「電子本棚」として考えた場合、個人利用よりむしろ公共施設で利用される可能性が将来的に高くなると考えています。とりわけ、書店のない過疎地域の施設や学校、蔵書の少ない図書館で重宝されうる。地方の読書家のITリテラシーは、都市部に住む出版関係者の予想以上に低いからです。
Σブックの電子図書館プロジェクトを担当していた当時、電子図書館に興味を持っていた、とある地方の図書館関係者にヒアリングしたところ、amazonなどのネット書店利用経験のある市民はとても少ないとおっしゃっていました。インターネットで本を検索して購入するのは、都市部に住む経済的に余裕がある人だけ。日本全体でみると、ごく普通の庶民にとって近所の本屋か図書館にない本は存在しないのと同じだと。
地方経済が疲弊するにつれ、地方自治体の図書購入予算も減少する一方です。耐用年数を過ぎ新調しなければいけない本棚や年々増え続ける本を管理するためのラベルやカバーなどの図書館用品購入費用も馬鹿にならない。そのために、肝心の図書購入費を削らなければならない本末転倒なケースもあるそうです。
とある地方の図書館関係者と書きましたが、その地方とは先の東日本大震災で被災した福島第一原発のすぐ北に位置する南相馬市(当時は原町市)でした。この町は、たった独りで原作者と交渉し、ハリーポッターシリーズを日本語で翻訳出版した松岡佑子さん(静山社社長)の故郷でもあります。
震災からもうすぐ2年経ちますが、南相馬市はゴーストタウンのままです。
電子図書館事サービスのプレゼンテーションをした市の図書館行政関係者の中に、現在の桜井勝延市長がいらっしゃったのを記憶しています。桜井市長は、震災時に生活物資が足りない窮状をYoutubeで訴えたことが、「SOSビデオ」と呼ばれて世界中の反響を呼び、Time誌が選ぶ「世界の影響力のある100人」に選ばれた方です。
▼2011年3月24日撮影 南相馬市 桜井勝延市長長からのメッセージ
電子図書館サービスを説明した当時、桜井さんたちはこう力説されていました。
「町に活気を取り戻すために、都市部との教育格差や情報格差を埋める図書館の充実が必要なんです」
2013年現在、原発から離れた地区においては、ライフラインは徐々に修復されつつあるかもしれませんが、被災した町の本屋の品揃えが充実するには時間がかかります。図書館を含む公共文化施設の再建が図られるのも当分先のことでしょう。
ライフラインだけでなく、文化面や教育面を含めた復興をすすめようにも、もはや紙の図書を一から購入している予算はないでしょう。図書装備など図書館用品や本棚が不要な、無料の電子書籍専用端末はこうした地域でこそ活きる気がします。
楽天の三木谷氏は「kobo Touch」発売時のイベントで、電子書籍市場の拡大を目指すと同時に、端末が低価格であることから「学校や被災地への寄付など社会貢献もしていきたい」という方針を発表。2013年に入ると、岩手県下7市町村の新成人1,644人を対象に、kobo Touchを寄贈する「楽天ふるさとプロジェクト」を始めました。
一般的に、新商品としての電子書籍専用端末の賞味期限は発売から半年間と言われています。
しかし、新モデルが出た時点で市場価値がなくなった端末でも、電子本棚としての価値は色褪せません。
旧モデルの在庫処分かどうかは、そもそも本が満足に届かない地域の読者には関係ありません。
発売元各社曰く、電子書籍専用端末ビジネスはハードではなくコンテンツで儲けるビジネスモデルだそうです。
であるならば、ハードを岩手県に限らず被災地全域の未成年に無償提供し続ける。
10年後あるいは20年後、
無料端末で読書の面白さに目覚めて読書家になったら、コンテンツを大人買いしてもらえばいい。
そんな長期的かつ楽天的なビジネスモデルだったら夢があるんじゃないかと。
そして楽天Koboの持つ、電子書籍専用端末を短期間でリリースする推進力からすると、国内企業ではビジネスモデルを描けなかった電子図書館サービスを実現してしまう力技も期待できるかもしれません。
流通総額一兆円企業にできることは、コンテンツを増やし世界展開することだけではなかった――。
コンテンツ水増し問題等で批判し続けたユーザーも、その時はじっと見守ってくれるのではないでしょうか。
楽天は、さまざまな商いで身を立てる地方の人々の支持を受けてチャレンジ精神を貫き、一ネットモール企業から国内最大のインターネット通販サービス企業に成長してきました。
地方の活性化を使命とする楽天のKoboサービスが復権する道は「読書革命」の道ではありません。すでに本に囲まれた都会のビジネスマンやOLの財布を先行メーカーから奪うための、電車内広告や巨額のコマーシャル費用も不要でしょう。
都市部でも地方でも、住んでる地域や家庭の経済状態に左右されることなく 「ただふつうに読書できる」環境をインターネットを使って提供すること。
「紙の本の売上を損なうのではないか」
依然として紙の売上が大切な国内業界の調整の難しさゆえに大手書店や大手印刷グループが本腰いれて取り組みづらい、そんな当たり前の環境を実現することこそが最も険しく、最もチャレンジングな道だと思うのです。
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