前回のエントリーで作家エージェントという新たな職業の可能性について書きましたが、作家エージェントに近い仕事をしている職種が昔からあります。
一部では良くないイメージを持たれがちな「自費出版」会社の編集者兼営業マンです。
作家志望者や作家の卵にいち早くコンタクトして、
「貴方の作品を世に出しましょう。この素晴らしい作品を理解できる私とともに、まだ見ぬ読者に広く届けていきましょう」
と訴え、著者の費用負担で本を作って売る仕事です。
作家エージェントや商業出版社の編集者との違いは、著者が費用を負担するかしないかだけといってもいいかもしれません。最近では、有名な商業出版社も自費出版事業に参入してきているうえ、自費出版社も商業出版物を刊行しているので、両出版社の境目は曖昧になってきています。
それではなぜ自費出版社は良くないイメージを持たれがちなのか?
2013年2月に出版されたばかりの、百田尚樹さんの新刊『夢を売る男』を読むとその理由がよくわかります。
夢を売る男
●出版界を舞台にした掟破りのブラックコメディ
代表作の『永遠の0』をはじめ、処女作『錨を上げよ』から近刊『海賊とよばれた男』まで、百田さんの全ての著作を読んできましたが、本書は感動巨編を期待した(タイトルから期待してないと思いますが)読者を思いっきり裏切る異色作です。
出版に関わる人間が読んでも凄くリアルに感じる、どブラックな1冊でした。
現代人の自尊心を満たせる「作家」という職業を目指す自己顕示欲の強い人々にたかる、私利私欲にまみれた編集者たちの物語。帯に、「作家志望者は読んではいけない!」とありますが、出版業界志望者の夢をも打ち砕く、パンチの効いた半ノンフィクション小説です。
出版不況だというのに、小説を書きたい人、本を出したい人は後を絶ちません。
いや、むしろ増えているといっていいでしょう。
百田さんは、痛烈な作家批判を繰り返す毒舌な主人公を通して、その理由を鋭く看破します。
正解です(笑)。
今年から、Kindleストアで電子出版しようと、勝手に毎日ブログを書きためている私は、マゾっぽくにやついてしまいました。
そして、百田さんは、主人公の口を借りて、作家である自分自身もそんなクレイジーな人種の一人だと切り捨てます。
さらに、編集者というクリエイティブっぽい職業に憧れる文学部の若者たちの夢も打ち砕きます。
文学賞の裏側や出版流通の裏側を知る人間からすると、よくぞ書いてくれたという気もします。
狭い業界で働く現役作家であることを感じさせない、かつてのギター侍のような、遠慮のない切りっぷりには爽快感さえ感じます。毎週のように、出版社から送りつけられる大量の売れない単行本や文芸誌の返品で腰を痛めている書店員も平積みしたくなるんじゃないかと。
「裏」本屋大賞があったら、受賞しておかしくない怪作です。
●マゾヒティックな出版への愛情?
しかし、百田さんの素晴らしいところは主人公が吐く毒舌の裏に、本を書く人間、売る人間への愛が垣間見えるところ。
じんわりとした余韻が残るラストはまるで、婆さんたちを口汚く罵りながら去っていく毒蝮三太夫の哀愁漂う背中を見ているかのようです。
個人的には、出版界だけではなく電子出版界も売れ筋偏重であることは変わりありません。文芸が売れずマンガやラノベ、BLなど売れ筋ジャンルへの偏り度合いはむしろ、出版界以上といってもいいでしょう。ただし、本書で直接触れられていませんが、主人公のせりふは電子出版を示唆しているように読みとれました。
「もう、紙は諦めろ。自分でKindleやPubooから出せ」
本書に続編があるとしたら、主人公はそう毒づくことでしょう。
電子出版は、自分で書きたい人、作りたい人、売りたい人のツールです。紙で刷るお金がない人のための自費出版。あるいは自費出版の進化系といってもいいでしょう。電子出版で作家志望者に群がる業種も、編集者から電子化会社やアプリ制作会社、ePub等電子出版ツール提供会社へと進化しています。
多くの読者に読まれたい。有名作家になりたい。100万部売りたい。
今、そう夢見る人は自費出版から電子出版にシフトしつつあります。
今売れていない作家や名もなき作家の卵に「夢を売る」という意味では、同じかもしれません。
電子書籍を無名でも100万部売る方法
両者の違いといえば、電子出版の投稿・販売システムはよりビジネスライクであることでしょうか。自費出版社のように、商売のためとはいえ、わざわざ足を運んだり営業をかけて出版を促したりはしません。ただ、自動販売機のように入稿されたテキストコンテンツを配信するだけ。そこに人間味あふれる丁々発止のやりとりや、読者の反応や売上期待値の違いからくる感情的なもつれもほとんどありません。
売れる作品は氷山の一角で、ほとんどの作品は想定の範囲外に売れないのが現実。売れないのがデフォルトだとしたら、本書のように、売れないなりのスリルと興奮、ある種のドラマがあった方が、思い出として残るんじゃないかと。
今後、電子出版で本を作って売るハンドメイド感をさほど味わえなかったとしたら、良くも悪くも自費出版が持つライブ感に再び光が当たるのかもしれません。
私を含めた電子書籍事業の「中の人」たちは、電子出版によって「出版文化の伝統と未来を守る」美名のもと、コンテンツビジネスとしての負の側面をあまり語りたがりません。本書は、作家の視点、編集者の視点双方から、出版事業とは作品が読者に届かなかったらただの「虚業」でしかないドライな現実を突きつけます。
「出版文化」「出版の未来」云々語る前に、夢だけでは食っていけないビジネスだと自覚しているか。
出版業界に高い関心を持っているであろう「意識の高い」読者に対する挑戦状なのかもしれません。
余談ですが、百田尚樹さんは、電子書籍でもかなり作品が売れるだろうと期待されつつも、電子化がなされていない作家さんの1人です。
「おまえたち、能書きはいいけど 売れんのか?」
「自費出版も電子書籍も印刷会社の副業でしかないんだろ?」
個人的には勝手に、本書は電子書籍事業者に対する挑戦状でもあると感じました。
百田さんの全著作を読んできた読者として、挑戦を受けて立ちたいところですが、本書を読んでしまったあとでは、当ブログをKindleで売ってみせてから提案するほかありません。
「百田先生。書き下ろし続編として、
電子出版ビジネスの闇について書きませんか?
ええ。刷り部数の前払いはできません。
先生と当方のマージン折半ということで」
一部では良くないイメージを持たれがちな「自費出版」会社の編集者兼営業マンです。
作家志望者や作家の卵にいち早くコンタクトして、
「貴方の作品を世に出しましょう。この素晴らしい作品を理解できる私とともに、まだ見ぬ読者に広く届けていきましょう」
と訴え、著者の費用負担で本を作って売る仕事です。
作家エージェントや商業出版社の編集者との違いは、著者が費用を負担するかしないかだけといってもいいかもしれません。最近では、有名な商業出版社も自費出版事業に参入してきているうえ、自費出版社も商業出版物を刊行しているので、両出版社の境目は曖昧になってきています。
それではなぜ自費出版社は良くないイメージを持たれがちなのか?
2013年2月に出版されたばかりの、百田尚樹さんの新刊『夢を売る男』を読むとその理由がよくわかります。
夢を売る男
『夢を売る男』百田尚樹 著/太田出版
敏腕編集者・牛河原勘治の働く丸栄社には、本の出版を夢見る人間が集まってくる。
自らの輝かしい人生の記録を残したい団塊世代の男、スティーブ・ジョブズのような大物になりたいフリーター、ベストセラー作家になってママ友たちを見返してやりたい主婦......。
牛河原が彼らに持ちかけるジョイント・プレス方式とは――。
現代人のふくれあがった自意識といびつな欲望を鋭く切り取った問題作。
●出版界を舞台にした掟破りのブラックコメディ
代表作の『永遠の0』をはじめ、処女作『錨を上げよ』から近刊『海賊とよばれた男』まで、百田さんの全ての著作を読んできましたが、本書は感動巨編を期待した(タイトルから期待してないと思いますが)読者を思いっきり裏切る異色作です。
出版に関わる人間が読んでも凄くリアルに感じる、どブラックな1冊でした。
現代人の自尊心を満たせる「作家」という職業を目指す自己顕示欲の強い人々にたかる、私利私欲にまみれた編集者たちの物語。帯に、「作家志望者は読んではいけない!」とありますが、出版業界志望者の夢をも打ち砕く、パンチの効いた半ノンフィクション小説です。
出版不況だというのに、小説を書きたい人、本を出したい人は後を絶ちません。
いや、むしろ増えているといっていいでしょう。
百田さんは、痛烈な作家批判を繰り返す毒舌な主人公を通して、その理由を鋭く看破します。
「世界中のインターネットのブログで、一番多く使われている言語は日本語なんだぜ。」
「日本人は世界で一番自己表現したい民族だということだ。」
「大手出版社の小説は大半が赤字だ。日本人はもう小説なんか読まない時代になってるんだ。にもかかわらず小説賞の応募は年々増えている。」
「要するに、他人の作品は読みたいとは思わないが、自分の作品は読んでもらいたくて仕方がないんだよ」
「毎日、ブログを更新するような人間は、表現したい、訴えたい、自分を理解してほしい、という強烈な欲望の持ち主なんだ。こういう奴は最高のカモになる。」
正解です(笑)。
今年から、Kindleストアで電子出版しようと、勝手に毎日ブログを書きためている私は、マゾっぽくにやついてしまいました。
そして、百田さんは、主人公の口を借りて、作家である自分自身もそんなクレイジーな人種の一人だと切り捨てます。
「元テレビ屋の百田何某みたいに、毎日、全然違うメニューを出すような作家も問題だがな。前に食ったラーメンが美味かったから、また来てみたらカレー屋になっているような店に顧客がつくはずもない。しかも次に来てみれば、たこ焼き屋になってる始末だからな―
まぁ、直に消える作家だ。」
さらに、編集者というクリエイティブっぽい職業に憧れる文学部の若者たちの夢も打ち砕きます。
呆れるのは、純文学系の編集者の中にも、自分は文化的な価値のある仕事をしていると勘違いしている馬鹿が少なくないことだ。作家でもないのにクリエイター気分で、これは出す価値がある本だと主張して強引に出版する。で、出版社は大赤字だが、著者と編集者はどこ吹く風だ。むしろ売れないのは世間が悪いと思っている。
文学賞の裏側や出版流通の裏側を知る人間からすると、よくぞ書いてくれたという気もします。
狭い業界で働く現役作家であることを感じさせない、かつてのギター侍のような、遠慮のない切りっぷりには爽快感さえ感じます。毎週のように、出版社から送りつけられる大量の売れない単行本や文芸誌の返品で腰を痛めている書店員も平積みしたくなるんじゃないかと。
「裏」本屋大賞があったら、受賞しておかしくない怪作です。
●マゾヒティックな出版への愛情?
しかし、百田さんの素晴らしいところは主人公が吐く毒舌の裏に、本を書く人間、売る人間への愛が垣間見えるところ。
じんわりとした余韻が残るラストはまるで、婆さんたちを口汚く罵りながら去っていく毒蝮三太夫の哀愁漂う背中を見ているかのようです。
個人的には、出版界だけではなく電子出版界も売れ筋偏重であることは変わりありません。文芸が売れずマンガやラノベ、BLなど売れ筋ジャンルへの偏り度合いはむしろ、出版界以上といってもいいでしょう。ただし、本書で直接触れられていませんが、主人公のせりふは電子出版を示唆しているように読みとれました。
売れない作家なんて、出版社には何の利益ももたらさないんだからな。それに資源の無駄使いだ。売れない本のためにどれだけの森林がなくなっているか。
「もう、紙は諦めろ。自分でKindleやPubooから出せ」
本書に続編があるとしたら、主人公はそう毒づくことでしょう。
電子出版は、自分で書きたい人、作りたい人、売りたい人のツールです。紙で刷るお金がない人のための自費出版。あるいは自費出版の進化系といってもいいでしょう。電子出版で作家志望者に群がる業種も、編集者から電子化会社やアプリ制作会社、ePub等電子出版ツール提供会社へと進化しています。
多くの読者に読まれたい。有名作家になりたい。100万部売りたい。
今、そう夢見る人は自費出版から電子出版にシフトしつつあります。
今売れていない作家や名もなき作家の卵に「夢を売る」という意味では、同じかもしれません。
電子書籍を無名でも100万部売る方法
両者の違いといえば、電子出版の投稿・販売システムはよりビジネスライクであることでしょうか。自費出版社のように、商売のためとはいえ、わざわざ足を運んだり営業をかけて出版を促したりはしません。ただ、自動販売機のように入稿されたテキストコンテンツを配信するだけ。そこに人間味あふれる丁々発止のやりとりや、読者の反応や売上期待値の違いからくる感情的なもつれもほとんどありません。
売れる作品は氷山の一角で、ほとんどの作品は想定の範囲外に売れないのが現実。売れないのがデフォルトだとしたら、本書のように、売れないなりのスリルと興奮、ある種のドラマがあった方が、思い出として残るんじゃないかと。
今後、電子出版で本を作って売るハンドメイド感をさほど味わえなかったとしたら、良くも悪くも自費出版が持つライブ感に再び光が当たるのかもしれません。
私を含めた電子書籍事業の「中の人」たちは、電子出版によって「出版文化の伝統と未来を守る」美名のもと、コンテンツビジネスとしての負の側面をあまり語りたがりません。本書は、作家の視点、編集者の視点双方から、出版事業とは作品が読者に届かなかったらただの「虚業」でしかないドライな現実を突きつけます。
「出版文化」「出版の未来」云々語る前に、夢だけでは食っていけないビジネスだと自覚しているか。
出版業界に高い関心を持っているであろう「意識の高い」読者に対する挑戦状なのかもしれません。
余談ですが、百田尚樹さんは、電子書籍でもかなり作品が売れるだろうと期待されつつも、電子化がなされていない作家さんの1人です。
「おまえたち、能書きはいいけど 売れんのか?」
「自費出版も電子書籍も印刷会社の副業でしかないんだろ?」
個人的には勝手に、本書は電子書籍事業者に対する挑戦状でもあると感じました。
百田さんの全著作を読んできた読者として、挑戦を受けて立ちたいところですが、本書を読んでしまったあとでは、当ブログをKindleで売ってみせてから提案するほかありません。
「百田先生。書き下ろし続編として、
電子出版ビジネスの闇について書きませんか?
ええ。刷り部数の前払いはできません。
先生と当方のマージン折半ということで」
コメント