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「見たかった」世界と、誰にも見えなかった世界。――「ぷよm@s」part31


 先日、約半年の沈黙を破って介党鱈Pの「ぷよm@s」最新作が投稿された。



※ 以下、作品内容の核心部分についてのネタバレを含みます。 ※








 「ぷよm@s」ファンが心待ちにしていた千早vs真の一戦は、その期待を上回る、名勝負と呼ぶにふさわしいものだったと思う。part17で新戦法「カウンター」を否定された真の、実に14話ぶりの闘ぷよであり、一度は「未来はない」とまで言われた「カウンター」の鮮やかな復活劇であり、そして、ランキング戦が始まって以来初めて、総合力で上回る格上の相手に真っ向から立ち向かって勝利した試合である。

 もちろん、「自分より強い相手に勝った」試合そのものは今までにもある。part12の千早vs美希、part21の雪歩vs律子、part28のやよいvs亜美などがそうだ。けれども、亜美はプレッシャーに負けて凡ミスで敗れたのだし、律子は最後の最後でぷよ通への慣れがミスに繋がった。美希は最悪のコンディションの中、わずかなミスと相手の引きの良さに敗れた。いずれの試合も、「格上」の側は全力を出し切れていないのだ。

 今回の千早は違う。三戦目こそ隙を突かれはしたものの、大きく動揺することなく冷静に対応し、相手の操作音のリズムを聞き取って連鎖形を推測するという離れ技を見せ、最終戦では慣れない凝視を巧くピンポイントで使って4連鎖ダブルを組むという対応力と成長ぶりも見せた。千早は自分に出来るベストを尽くした。いや、100%以上の力を発揮したと言ってもいいかもしれない。
 真にとって千早は、文句なしに難敵だった。真はその千早を、「戦術」と「閃き」とで見事に出し抜いたのだ。


        ◇        ◇        ◇


 真はなぜ、「カウンター」を使い続けたのだろうか。

 「手が遅くても戦える」強力な戦法だと思っていた「カウンター」は、part17で美希に完膚なきまでに叩きのめされてしまった。対策もはっきりした。「千早や美希と戦えるくらい強くなりたい」のであれば、真には「カウンター」以外の戦法を模索する選択肢も有り得ただろう。千早も、その可能性を考えていたからこそ一戦目でぷよの付け足しをしなかった。
 真自身のモノローグの中に、それを思わせるものもある。part22で、美希に敗れてから気落ちしていた真が立ち直ろうとするシーンだ。
(ボクは……思えばボクは……)
(美希や千早みたいな速度なんて出せるわけがない、って思いこんでいたのかもしれない)
(だから……速度で負けていても勝てる『カウンター』という戦法を知ったときに、一も二もなく飛びついた……)

(ずるい考えは捨てよう。美希だって千早だって、まっすぐ努力してあの速さを手に入れたんだ)
(あれこれ悩む前に、ボクも同じだけの努力をしよう)
(美希たちのステージに立てるかどうか見極めるのは……その後でいい)
 今回の闘ぷよで真は、カウンターを意識しなければかなり速い積み込み速度を出せている。それでも真はカウンターを捨てなかった。一体なぜなのだろうか。

 その答えは、動画のラスト直前、あずさとの対話の回想の中に用意されていた。
「ああ、はやくみんなに見せたいな、カウンター。
 きっとみんなびっくりすると思いますよ……!」
 そう、真は「カウンター」でみんなを「びっくりさせたかった」のだ。

 part3で美希は、それまで誰も思いつかなかった「デスタワー」という連鎖法を編み出してみんなを驚かせた。小鳥もプロデューサーも知らなかった新たな連鎖の、新たな考え方で。
 ただ「強かった」だけではない。美希がみんなに見せたものは、「ぷよぷよ」というゲームの、未知の可能性だったのだ。
「ぷよぷよって本当におもしろいですよね、あずささん」

「ボク、カウンターを知って、
 もっとぷよぷよが好きになったんですよ」
 真が憧れ、そこに辿り着きたいと切望した「美希たちのステージ」とは、「ぷよの未知の姿を見ることができるステージ」とも言える。真は「カウンター」という戦法の中にそれを見出したのに違いない。

 そう考えると、part22のモノローグも、また違った意味を持ってくる。

 「カウンター」が駄目だと決め付ける前に、まだ出来ることがある。駄目だと決め付けられるほどには、まだ出来ることをやり切っていない。「カウンター」にも「ぷよ」にも、知らないこと、見えていないことがまだまだあるはずなのだから。真は、ぷよぷよというゲームにまだ眠る可能性を信じたからこそ、「カウンター」を捨てなかったのではないだろうか。

 そしてそれが、最終戦での明暗を分けた。その場の誰にも見えなかった「中央からのカウンター」が真には見えた。それさえなければ、凝視からの4連鎖ダブルという千早の選択は完璧だったはずだ。千早は考えうる限りの最高のプレイをしたと思う。ただ「見えていたもの」の差、「見えると信じたもの」の差が、最高のプレイングをも引っくり返した。


        ◇        ◇        ◇


 思えば、この「ぷよm@s」第4部にあたる765プロ社員旅行編では、「ぷよに見ていたもの、見えていなかったもの」というテーマが繰り返し登場している。

 part26の千早vs律子戦では、律子が「中央に高い連鎖形の弱点」「4色ループ」という「見えていなかった要素」に気付き、続くpart27のあずさvs律子戦では「あずさにしか見えていなかった、下を押さないぷよ勝負の世界」が描かれた。
 part30の春香vs雪歩戦では、春香に見えていたヘルファイアからの変化の多様さ、そして今回とは逆に「見えてしまった故の敗北」が描かれた。

 それらの「新たに見えてくる要素」は、ぷよm@sという物語を動かしていくと共に、私たち視聴者にも「初代ぷよには、まだこんなにも見えてなかったものがあったのか」という新鮮な驚きを与えてくれる。
 今回の「中カウンター」も、カウンターにするには左から3列目を開けておかなくてはいけないはず、という視聴者の「思い込み」を覆してくれた。同時に、カウンターは凝視に弱いとか、お釣りが出やすいといった「常識」をも揺らがすものになっている。

 真と同じように、私たちにも、「知らないこと」「見えてないこと」が、まだまだ沢山あるはずなのだ。
 「ぷよm@s」は、そんなことを教えてくれる作品だと思う。