29.2017
美学文芸誌『エステティーク』Vol.3 特集:神 高橋睦郎 鶴岡真弓 他
26.2015
映画『シングルマン』 トム・フォードの美学
2010年に公開された、トム・フォード初監督映画『シングルマン』を、あらためて観賞した。
何度観ても、ため息しか出ない。
始まりから終わりまで、爪先から頭まで、スクリーンの端から端まで、完璧にスタイリングされている。
近年様々な映画で注目を集めるコリン・ファースは、本作でヴェネチア国際映画祭・最優秀主演男優賞を受賞した。
個人的にも生涯ベスト10に入っている作品なのだが、評価を流し読みすると「ゲイ映画」だの「ストーリーがない」だのといった理由でけなされていることに目がついた。
アーカイブしておきたい作品でもあるので、これを機に『シングルマン』について少し書いてみたい。
トム・フォードの美学と、その真価も浮かび上がってくるだろう。
【以下、ネタバレあり】
11.2015
『東海道四谷怪談』 幽霊のグラマトロジー
photo:山田泰士(Yasushi Yamada)
『東海道四谷怪談』は四代目・鶴屋南北が世に送り出した歌舞伎狂言の傑作である。
文政8年(1825年)、江戸中村座で初演を迎えると、大盛況を博した。
この狂言の成り立ちは、「お岩」の実録だとする『四谷雑談集』が原典だと考えられている。
寛文の頃、四谷左門町に住んでいた田宮又左衛門という同心(足軽階級)の娘「お岩」が、婿である浪人・伊右衛門の心移りで離縁を突きつけられ、嫉妬のために狂い果て、その怨霊が伊右衛門に祟って仇(あだ)を成したという。
歌舞伎評論の大家・渥美清太郎によれば、実際のお岩夫婦は仲睦まじく生涯を添い遂げたと伝えられているため、実際に起きた事件や伝説が混交して怪談へと変化したのではないかと推測されている。
いずれにせよ、南北が作り上げた「お岩」は、わが国を代表する幽霊になったことには間違いない。
『番町皿屋敷』の「お菊」、『牡丹灯籠』の「お露」と並び、『東海道四谷怪談』の「お岩」は、“日本三大幽霊”と呼ばれるにいたった。
12.2015
グイド・レーニ『ルクレティア』 国立西洋美術館の至宝
寝台に、ひとりの女性が身を起こしている。
上半身は裸。
臙脂色の天蓋の中、眩いばかりの肉の白さを鎮めるかのように、乱れた敷妙(シーツ)が背中と下半身を覆っている。
だが、その柔らかな慰撫を捨て去るためか、嫋(たお)やかに内に曲げた左手は、敷妙をつまんで肩から滑り落とそうとしている。
胸元には嵐の前の静けさが漂い、乳房は慄(おのの)き、固く引き締まっている。
逞しく発達した右腕は、その乳房と腹の前を交叉し、それに続く右手は、寝台に置かれた華奢な短剣の上に重ねられた。
切れ味を試したのか、短剣の刃先はあるかなきかの微かな朱(あけ)に濡れている。
柄頭の金珠と、薬指の金の指輪が響き合う。
何か、ただならぬ空気が漂う。
鋭い悲劇の予兆。
彼女は紅潮した顔をかしげ、その眼差しを天上へそそぐ。
なんと澄み切った眼差しだろうか。
不安の影も、苦悩の痕も、もはやその瞳から拭い去られ、どこまでも澄澈した水面のようにきらめいている。
彼女は、ただ一心に見つめていた。
何を?
私は彼女の眼差しの内に、その答えを探し求めた。
自分が求め続けているものを、今、まさに彼女が見つめているような気がして。
20.2015
『女中たち』 敗残の中に消えぬ紅蓮(矢崎広・碓井将大・多岐川裕美)
photo:益永葉(You Masunaga)
「神聖であろうとなかろうと、この女中たちは怪物である、自分のことをあれこれと夢みるときのわたしたちのように。」(ジャン・ジュネ『女中たち』序文、一羽昌子訳)
1942年、書籍の窃盗で服役中だったジャン・ジュネは、刑務所の中で処女詩篇『死刑囚』を編んだ。
先に出所した囚人仲間の植字工に原稿を託し、自費出版で100部余りを印刷した。
時は第二次世界大戦の真っ只中、パリはドイツ軍占領下にあった。
詩集の紙は、ドイツ軍当局が保管していたものを盗んで使ったと言われている。誤植にまみれ、紙質もばらついた、ひどい出来の詩集だった。市場には、ほとんど出回らなかった。
だが、それを詩人ジャン・コクトーが拾い上げる。
コクトーは、そこに刻まれたあまりにスキャンダラスな、そしてあまりに蒼いポエジーを見逃さなかった。
孤児として生まれ、窃盗と男娼と裏切りによって地をさすらっていた男は、コクトーという守護天使に導かれて文壇へ翔け昇った。
泥棒作家の誕生である。
今回の記事で取りあげる『女中たち』は、泥棒作家ジャン・ジュネが書きあげた戯曲の中でも、最も結晶度の高い悲劇として知られている。
まずは、あらすじを目撃してみよう。