レビュー
ソニーのモニターヘッドフォン「MDR-M1」がいよいよ日本に来たぞ! CD900STユーザーがじっくり使ってみた
2025年10月3日 08:00
海外先行発売の「MDR-M1」、いよいよ日本市場へ
ソニーのモニターヘッドフォン最新モデル「MDR-M1」が、いよいよ日本市場に登場した。昨年から海外で先行発売されていた機種である。評価が高く、日本での販売を望む声も多かったのだが、いよいよ今年9月から国内販売が正式スタートした。ソニーストアでの価格は45,100円。
これにより、1989年に登場したモニターヘッドフォンの代名詞的モデル「MDR-CD900ST」を筆頭に、その直系モデルとして2019年に開発された「MDR-M1ST」、2023年発表の背面開放型「MDR-MV1」と合わせて、ソニー業務用モニターヘッドフォンの現行ラインナップは4機種に。
ソニーストア価格はMDR-CD900STが24,860円、MDR-M1STが36,300円、MDR-MV1が59,400円。
また、日本のソニーストアでは取り扱いないが、1991年発売の「MDR-7506」も根強く人気の機種で、それも合わせると合計5機種に拡大している。かなりの充実っぷりだ。
かくいう筆者も、往年のCD900STを所有するひとりとして、最新モデルであるM1の存在は気になっていた。というのも、近年の我が家で、CD900STの出番が少なくなっていたのが正直なところだったからだ。そろそろ次の候補を探すときかな……と思っていたタイミングで、満を持してM1が日本市場に現れた。
そこで今回は、M1の実機を借りて、普段CD900STを接続している自宅のデスクトップ環境でそのサウンドを聴いてみることに。せっかくなので、既存モデルのM1STとMV1も合わせて、日本のソニーストアで購入できるモニターヘッドフォン現行モデル4機種を揃えて体験してみた。
これは“モニター脳”という癖<へき>のお話
さて、レビューに入る前に、あらかじめ申し上げておきたいことがある。まず、筆者は家で音楽リスニングする時に、デスクトップ環境に繋いでいるモニター機材でそのまま鳴らすことが多いタイプの人間だ。
ひとつひとつの音やリズムがどこに置かれているか、どのタイミングでそれが鳴らされるかという、楽曲の構成そのものを感じて萌える性癖を持っていて、楽曲を見通したい欲求に基づいた“モニターサウンド脳”で音楽を再生している。
なお機材は元々、夫の私物だったが、家族の共有財産ということで使わせてもらっていたら、なんか目覚めた。
音楽リスニング的に邪道だと言われそうな面もあるのは自覚しているが、性癖なのでやむを得ない。ここでは、そういう目線でM1について語ろうとしている。
つまり、音楽制作で使用しているわけではないので、M1の本来の用途であるレコーディングやミキシングなどで使用するクリエイティブ環境でのレビューではないことを先にお断りしておきたい。
また、電子ピアノなどデジタル楽器の演奏をモニタリングする用途でも需要がある機材だと思うが、筆者が自宅で愛用するピアノやギターは全てアコースティックのため、特にそういった使い方もしていない。
というわけで本記事は、“デスクトップ環境でモニター的に音楽を鳴らす人の目線”という、わりと個人的な癖<へき>に基づいたレビューとなる。繰り返すが、ほぼ個人の性癖の話であることに注意されたい。
……で、先に結論を言うとM1は、そんな筆者の癖を「大丈夫、君はノーマルだよ」と言ってくれるような包容力の高いヘッドフォンであった。以下より、順番に紹介していこう。
イヤーパッドふかふか。装着性だけで買い替えたい
まずはスペックから軽くおさらい。M1は、内部に40mm口径のダイナミックドライバーを搭載する密閉型モデル。再生周波数帯域は5Hz~80kHzで、既存モデルの M1ST/MV1と同じ超広帯域をカバーしている。抵抗値は50Ωで、M1ST/MV1(24Ω)よりハイインピーダンス化。最大入力は1,500mW、音圧感度は102dB/mWとなる。
ドライバー口径だけを見ると、海外の7506も含めた既存モデルと同じ大きさだが、M1は超広帯域再生に対応する特殊形状の振動板を使った専用ユニットを採用している。こちらは業務用機器のため、将来的にも手に入りやすい汎用性のあるパーツを組み合わせて新たに開発したとのことで、“形状の設計だけで超広帯域をカバーする”というアナログな取り組みを聞いて、ちょっと萌えた。
また、ハウジングに空気の通り道を設けた「ビートレスポンスコントロール」で、低域の通気抵抗をコントロールする構造となっているのも特徴だ。この辺の詳細は、以下の速報レポートをご参照いただきたい。
外観は、ひと目見てそれとわかる既存のソニー製モニターヘッドフォンらしさを継承。イヤーカップには、おなじみのソニーロゴとモデル名の刻印に加え、青い帯に“Professional”の文字が入っている。
ちなみにCD900STとその直系モデルのM1STは、イヤーカップに特徴的な赤いライン、通称“赤帯”があしらわれている。対してM1の“青帯”は、海外で主流の7506と共通のもので、やはり元々の系譜は海外向けということが窺える。
なお、筆者がM1を手に取って最初に感動したのは、イヤーパッドがふかふかで装着感がかなり良かったこと。正直、これだけで買い替えたい。本体は質量約216gの軽量設計だ。
また、CD900STを使っていた身からすると、ケーブルが着脱式なのも便利。シーンに合わせて1.2mと2.5mの2種類の長さが付属している。
なお、地味にびっくりだったのは、ケーブルのプラグ形状が2本とも3.5mmステレオミニであること(3.5mm採用も“青帯”7506と同じ)。てっきり6.3mmだと思っていて、最初に編集部から本企画のお話をいただいたとき、「3.5mm変換かましてDAPとかと繋いだ方が良いんでしょうか?」なんてズレた相談をしてしまったくらいだ。
今どきのMacBookのヘッドフォン出力はハイインピーダンスモデルに対応しているし、3.5mmプラグがデフォルトなら、一般ユーザー的にはDAPやラップトップにカジュアルに接続して普段使いしやすい。
なお、製品には3.5mm to 6.3mm変換プラグが同梱されている。本企画では、普段使いの環境にM1を追加してみるということで、この6.3mm変換プラグを使って我が家のSteingerg「UR22mkII」と接続。従来のデスクトップ環境にもスムーズに導入できる配慮はありがたい。
再生プレーヤーは、音楽配信サービス「Qobuz」のPC用クライアントアプリを使用した。
“モニター脳”で音楽を聴く自分に現状ジャストな音
で、肝心のM1の音だが、ざっくり結論から言うと、現在の筆者の超個人的な感覚にジャストな1台だった。
先ほど、筆者は“モニター脳”で音楽を聴くタイプだと書いたが、実は近年、どんどん音がリッチ化しているコンテンツやそれを再生する機材側の進化も相まって、好みが変わってきていた。
簡単に言うと、モニターでは薄味になる“演出感”をもっと楽しみたい気持ちになることが多くなっていたのだ。
以前、その辺をテーマに「JBL・ソニー・B&Wのハイクラスヘッドフォン3機種を聴く」という記事を書かせていただいており、“モニター脳”の目線で今どきの音楽リスニング用ヘッドフォンを満喫したら楽しくて感動した……のだが、ここに来てそういう感覚にドンピシャな製品が、CD900STの系譜側から登場してきたという感じである。
M1の音の傾向はモニターらしくニュートラルで、解像度が高い。そして筆者からすると、CD900STから一気に今どきに進化して、明らかに帯域が広くなっているのがウキウキする。何より、CD900STで感じにくい低音が出ているのが印象的だ。
今年7月にリリースされた大滝詠一作品初のリミックス盤「Eiichi Ohtaki’s NIAGARA 50th Odyssey Remix EP」から、千葉大樹(from Kroi)が手がけた「楽しい夜更し(Daiki Chiba from Kroi Remix)」(44.1kHz/16bit)を再生すると、頭内に広がるファンクなバンドサウンドの真ん中で、太いベースがゴリゴリうねっている。
基本はソリッドで膨らみすぎないが、ほど良い量感があって、「これくらい聴こえてくれると良いんだよ」って感じだ。ボーカルもクリア。同時に、叙情感に溺れることは全くなく、音のひとつひとつの配置が冷静に見える距離感がありがたい。
おなじみの「ビル・エヴァンス/Waltz For Debby (Live At The Village Vanguard/1961)」(192kHz/24bit)なんかは、ヴィレッジ・ヴァンガードの生々しい雑音の中に浮かぶ繊細なピアノと、それに呼応するウッドベースの弦がナチュラルに心地よく沈み込むのが印象に残る。そして会話するようなスネア。なんかこう、ステージを掴める感じだ。
CD900STは音との距離が近くて、よく言われる“粗探しのしやすさ”もあるが、最近聴いているとドライな剥き出し感が目立つ部分もあった。この感覚でM1を聴くと、解像度が高い上でバラバラ感がなくて、見通しが良く、作品性も把握しやすい。“モニター脳”という、個人的な癖<へき>で今どきの音楽を聴くのにちょうど良いバランスなのだ。
なお、本機の製品カテゴリーは業務用機器だが、ソニーストアでポチってメーカー保証期間も付いてくるので、一般ユーザーが購入することもある程度は想定されていると思われる(CD900STとM1STはメーカー保証なし)。
となると、筆者のような感覚で音楽を聴く人もそれなりにいるということではないだろうか……? M1の存在が、自分のサウンド性癖をノーマルだと言ってくれている気がした。
CD900STから置き換える?
では、我が家のCD900STをM1に置き換えるか……? と考えると、実は結論は一筋縄ではいかない。置き換えたくないのではなく、残り2つの現行モデルの存在が悩ませてくるのだ。
まず、2023年に発売された背面開放型のMDR-MV1から触れよう。本機は、目的がかなりはっきりしたヘッドフォンだと思った。マスタリング用途や空間オーディオ音源を扱うシーンを想定して開発されたという情報の通りで、音の位置と空間性を意識した感じの1台だ。
開放型だが低音が出ているのがポイントで、4機種の中で最もドライ感が少ない。音楽リスニングの観点では使いやすいと思われ、M1との2択になる人も多いのではないかと思う。
ただ、個人的に“モニター脳”の目線で悩ましいのは、2019年発売のMDR-M1STの方だったりする。
今回、筆者は最新モデルのM1を先に聴いて、その次にM1STを体験した。そこでM1STに対して感じたのは、「CD900STとM1の間にあるヘッドフォンで、中間ではなくCD900ST寄り」という印象だ。M1が登場したゆえ、絶妙な位置に見える。
本機も、もちろん帯域の広さが現代的に進化しているのが大きなポイント。CD900STより低音が出ていてリスニングでも使える方向になっているが、M1と比較すると解像度の高さや音の近さ方向で、CD900STの直系ということがよくわかる。
先ほどの「楽しい夜更かし」や「Waltz For Debby」なんかは、M1STだとより近くてダイレクト感のある聴き応えになるし、特にモニター寄りの機材で再生すると伝わってくる楽曲なんかを聴いてしまうと、かなり魅力的。
この聴き方の例で個人的に推したいのは、go!go!vanillasの「おはようカルチャー」(96kHz/24bit)。現代感のあるカントリー調ロックアンセムだが、こちらも音の近さや鋭さが作品性に良い影響を与えるタイプの楽曲で、M1STの再生だとかなり映える。
ボーカルを意識してチューニングされたというM1STでコーラスの臨場感も高く、演奏の輪の中に自分がいるような生感が熱い。
もはや購入は不可避
さて、こういうのは聴いてしまったら最後、購入は避けられない。本企画を振られたときから覚悟はしていた。何なら、どこから購入予算を捻出するかを考えながらこの原稿を書いてきた。
で、そんな本記事もいよいよまとめパートに入った今、あとはM1とM1STどちらにするかを決めるだけである。
上述の通り、今の筆者にジャスト感があるのはM1なので、これから自宅で使うメイン機を1台だけ選ぶならそれが最有力なのだが……。
ただ、実は夫がBowers & Wilkins「Px7 S3」を所有していて、その現状が選択肢を広げているゆえ悩む。音楽リスニング用のヘッドフォンとしてはPx7 S3を使わせてもらい、デスクトップ環境は従来のCD900ST感覚で聴けるM1STに置き換える……という考え方もアリなわけだ。
そんなわけで、M1とM1STのどちらを購入するか? 最近の我が家はずっと家族会議中である。まあ、人によっては両方買うという選択肢もあるだろうが、さすがに沼すぎてそこまでは行きたくないと、今は思っている。……今は。