イラストは植田亮さん。
ティグル11歳とソフィー15歳の冒険物語、完結編。
イラストはnioさん。
打倒魔王を夢物語ではなく、現実のものとするために、ロックたちの旅は続く。
いずれもダッシュエックス文庫さんで好評発売中です。この2冊が昨年最後のお仕事になりますね。まだ読んでいないという方はぜひ。
そして、こちらは昨年末の29日(日)から連載開始しました!
原作・漫画:的良みらんさん 原作:川口士 という凍漣コミカライズコンビ(がいちばんわかりやすいか?)でお送りします。
(タイトルから作品へと飛べます。タイトルからです)
ニコニコ静画さん内「水曜日はまったりダッシュエックスコミック」にて、0話&1話を公開中でございます。
まあタイトルでほぼすべてを語っている漫画でして、退魔巫女としてそのスジでは名高い各務森飛白(かがみもり・かすり)が、ちょっとしたうっかりから100億の借金を背負ってしまい、温泉宿のおっさんこと湯堂庵路(ゆどう・あんじ)に身請けされ、いいようにされてしまうというコメディです。
肌色成分がもしも、もしも多く見えてしまったのだとしたら、それはメインの舞台が温泉宿だから仕方のないことなのです。ともあれ、楽しんでいただければと。
あと、いまvtuberさんとのコラボもやっておりまして。
(ピンク文字から飛べます。ピンク文字からです)でございます。
こちらもぜひぜひ見て、楽しんでちょうだいね。
次回の更新は1/12(日)。明後日です。ご期待ください。
さて、もう一月も三分の一が終わろうとしていて、世間はお正月のことなど忘れ(忘れてないのはスーパーの乾物コーナーの3割引のスルメぐらいだろうか)、節分グッズやら恵方巻きの宣伝に余念がないわけですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
あけましておめでとうございます。今年も拙作をよろしくお願いいたします。
いまさら感すごいな。もう10日なのにね。
まあ昨年の31日に更新しちゃったもんで、じゃあ挨拶は8日でいいかと思ったら、ちょっと仕事はじめでばたばたしちゃって、今年最初の更新が今日になったわけですよ。いや、ごめんなさい。スタートがこれでは先が思いやられますね(毎年のことだ)。
だいたいこういう場合は今年の抱負とか予定とかいうものなんですが、『極夜』も無事に完結した現在、新作(戦狼とか他もね)をがんばる、電書限定『千剣』をちゃんと最後まで出す、ぐらいしか公に発表できることはなく……。
既存作品や、上に書いた『100巫女』などを楽しみながら、新たな発表を待ってねというところでしょうか。
あとみんな健康に気をつけようぜ。もちろん僕も気をつける。寒さがこたえる年になってきてねえ。
というところで、それじゃあ、遅刻にもほどがあるお年玉、SSに移りたいと思います。
もうけっこう前からSS……? って感じの分量になっている気もするけど。楽しんでくださいな。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
むかしむかし、ブリューヌ王国の北西にあるアルサスという地に、ティグルヴルムド=ヴォルンという少年がいました。
アルサスの領主であるウルス=ヴォルン伯爵と、その妻ディアーナの息子で、8歳。
狩りと昼寝が好きで、勉強が嫌い、運動神経は抜群で弓と馬術が得意というティグルは、今日も町から離れた森へと馬を走らせます。
手ごろな獲物はいないかと、弓矢を手に、森の中をうろついていると、ひとりの少女と出会いました。
ティグルよりずっと年上で、14歳ぐらいに見えます。肩にかかるぐらいの髪も黒なら、瞳も黒。
少女は木の根元に座って休んでいるようでした。旅人らしく、服も、外套もだいぶ汚れています。
「旅をしてるの?」
ティグルは弓矢を下ろして、彼女に声をかけました。
「そうだよ。君はこのあたりのひと?」
少女はティグルを警戒するふうもなく、笑顔で聞いてきました。その言葉には、おとなりのジスタート王国のなまりがありました。
「うん。僕はティグル。きみは?」
「アレクサンドラ。サーシャでいいよ」
そう言った直後、サーシャは何かに気づいたように笑みを消し、口元に指をあてながら、ティグルをじっと見つめました。
彼女が何を言いたいのか、なんとなくわかったティグルは、慎重に周囲を見まわします。
はなれたところに野ウサギがたたずんでいました。こちらには気づいているようです。へたに音をたてれば、すぐに逃げるでしょう。
仕留めていい大きさだな。
ティグルはそう判断すると、野ウサギを警戒させないように、二十近くかぞえるほどの時間をかけてゆっくりと姿勢をととのえ、弓矢をかまえました。途中で野ウサギが気まぐれに走りだしたら、いさぎよくあきらめるぐらいの気分でした。
野ウサギは逃げず、ティグルはまたも時間をかけて弓弦を引きしぼりました。さっきと同じぐらい時間がかかりましたが、腕がいたくなるほどでした。
そして、ティグルはめでたく野ウサギをしとめたのです。
サーシャは手をたたいてティグルをほめました。
「きみ、すごいねえ」
「うん。このあたりでは僕がいちばん弓をうまく使えるんだ」
野ウサギをぶらさげながら、ティグルが胸を張って答えると、サーシャは笑って言いました。
「弓だけじゃないよ。弓矢をかまえて仕留めるまで、音をたてないように、ウサギを逃がさないように、よくがんばったね」
地味でめだたない努力もほめられて、ティグルはすっかりうれしくなりました。
「サーシャは旅人なんだよね。うちへおいでよ。旅の話を聞かせて。父上も、旅人には親切にしろって言ってるんだ」
「父上?」
サーシャはおどろいたように目を丸くしました。ただの村人や市井のひとであれば、父親をそんなふうには呼びません。
「父上は、このあたりをおさめている領主なんだ。気にすることはないよ。行こう」
戸惑うサーシャの手をとって、ティグルは歩きだしました。
サーシャは「たいへんなことになっちゃったなあ」と言いながらも、ティグルについていきました。
サーシャはヴォルン家の屋敷でウルスやディアーナに旅の話をして、すっかり気に入られました。
また、サーシャが2年前に母を病で亡くしたという話も、二人をおおいに同情させました。ディアーナはからだが弱く、よくベッドに横になっていたので、他人事ではないという思いもあったのでしょう。
「きみさえよければ、この屋敷でくらしてもかまわないよ」
ウルスはそう言い、サーシャは路銀が少なくなっていたこともあって、「お言葉にあまえさせていただきます」と、あたまを下げました。
このときは、サーシャも数日ほど滞在するだけのつもりでしたが、彼女はひとあたりがよく、手伝いも積極的に行い、たいていのことは器用にこなしたので、たちまちみんなに受けいれられ、もう少し、もう少しとひきとめられるうちに、一ヵ月、二ヵ月と過ぎてしまい、すっかり屋敷での暮らしになじんでしまいました。
翌年、ティグルの母のディアーナが病で亡くなりました。
がんばって涙を流すまいとこらえるティグルを、サーシャと、それからティグルのおさななじみのティッタは二人でなぐさめました。
二人のおかげで、ティグルは前を向くことができるようになりました。
さらに次の年に行われた狩猟祭で、おおぜいのひとに笑われても耐えることができたし、弓の腕をほめてくれた王子様にも礼儀正しく接することができました。
狩猟祭から一年近くが過ぎたころ、11歳になったティグルは、今日も町から離れた森へと馬を走らせます。
手ごろな獲物はいないかと、弓矢を手に、森の中をうろついていると、ひとりの少女と出会いました。
ティグルよりひとつ年上で、12歳ぐらいに見えます。髪の色は赤。
そして、瞳の色はなんと左右で違っていました。右が金、左が碧です。
少女は木の根元に座って休んでいるようでした。旅人らしく、服も、外套もだいぶ汚れています。
少女の瞳の色にびっくりして、ティグルがその場に立ちつくしていると、少女が怒ったような顔でこちらを見ました。
「何よ」
「いや、ごめん。きみの目が……」
「私の目が?」
少女の声が、「言葉えらびをまちがえたらただではすみませんわよ」という気配をにおわせてきます。よく見れば、いかにも喧嘩慣れしていそうな顔つきです。傭兵団の子供に戦い方をしこまれた闘士(ファイター)みたいな雰囲気がつたわってきます。答えかたをまちがえたら、オオカミのえさになりそうです。
「きみの目が、猫みたいだなと思って」
いつだったか、父の友人のマスハスおじさんが見せてくれた猫の目を思いだして、とっさにティグルはそう言いました。
すると、少女はびっくりした顔になりました。
「気持ち悪いとか、不吉だとか思わないの?」
「不吉って?」
「不幸やわざわいをもたらすという意味よ」
「よくわからないけど、僕はそうは思わないよ。父上やティッタやサーシャが見ても、そう思うんじゃないかな」
とまどった顔になる少女に、ティグルは言いました。
「きみ、旅人なんだろう? よかったら、僕の屋敷へ来ないか。話を聞かせてよ」
「屋敷?」
「父上は、このあたりを治めている領主なんだ。こわがらなくていいよ。旅人には親切に、って父上はいつも言ってるから」
少女はためらっていましたが、そのとき、お腹が鳴って、お腹がすいていることがティグルに知られてしまいました。
「ごはんを用意するよ」
ティグルがそう言うと、少女はやむをえないという顔で、うなずきました。
「でも、お金はちゃんと出しますわ。私は物乞いじゃありませんもの」
それから、ティグルが名のると、少女も言いました。
「私はエリザヴェータですわ」
屋敷についたエリザヴェータは、同じジスタートの人間であるサーシャがいることで、少し安心したようでした。
出されたパンやスープをすっかりたいらげると、エリザヴェータは旅の話にくわえて、自分の素性を話しました。
彼女は貴族の父によって寒村に捨てられた子であったこと、2年前、跡継ぎの子を病でうしなった父が、仕方なく自分を連れ戻したこと、しかし、その父が酒に酔って自分をころそうとしたので逃げだしたこと、行くあてもなく、今日まで放浪の旅をしてきたこと。
聞き終えたとき、ティグルとティッタとサーシャはすっかりエリザヴェータに同情していました。
「ぜんぶ、私のこの目が悪いの」
エリザヴェータは、色の異なる自分の目をゆびさしながら、あわれむように笑いました。
「この目は不幸をよぶのですわ」
「そんなことはないよ」
ティグルはエリザヴェータの手を、自分の両手でつよくにぎりしめ、ちからづよく言いました。
「行くあてがないのなら、できるまでこの屋敷で暮らせばいい」
エリザヴェータは困った顔をしましたが、サーシャも同じような境遇と聞いて、すこし考えこみました。
「あなたのお父様に会わせてちょうだい。もしも私の目を気にしないというのなら……」
もちろん、ウルスが気にするはずがありません。エリザヴェータのような、色の異なる目……異彩虹瞳が不幸を招くというのは、彼女の生まれ育った地などではそのようにつたえられていますが、このアルサスでは、そうではなかったからです。
行くあてができるまで、ということで、エリザヴェータはヴォルン家の屋敷で暮らすことになりました。
ヴォルン家はにぎやかになりました。
エリザヴェータがヴォルン家で暮らすようになって数ヵ月が過ぎたころ、ティグルはまた新たな出会いにめぐまれました。
その日も町から離れた森へ馬を走らせていたティグルは、森に近い草原で、一台の馬車が山賊らしき集団に襲われているのを発見しました。
「父上のおさめるアルサスで、非道なまねはゆるさないぞ!」
ティグルが馬を走らせながら、文字どおり矢継ぎ早に矢を射かけると、山賊たちは怒ってティグルにむかってきました。
11歳とはいえ、極夜の輝姫では多数の大人相手に大立ち回りをしていたティグルです。馬車を見捨てて逃げるようなことをするはずもなく、いっしょうけんめい馬を走らせて山賊につかまらないようにしながら、つぎつぎに矢を射かけました。
ですが、矢が尽き、馬もつかれはてると、ついに山賊たちに囲まれてしまいました。
あやうし、ティグル。と思われたそのときです。
「なんだなんだ、子供ひとりに大人たちがよってたかって、みっともない」
二人の少女がこちらへ走ってきました。
いえ、二人だけではありません。その少女たちを、大勢の大人たちが追いかけてきます。不ぞろいの武装といい、荒事になれている雰囲気といい、ただの旅人の集団ではありません。傭兵です。
山賊たちは、傭兵たちにあっさり蹴散らされました。
二人の少女がティグルの前まで歩いてきます。
ひとりはティグルと同じ11歳ぐらいで、長い銀髪と紅の瞳をした、元気のかたまりみたいな活発そうな少女です。
もうひとりは14歳ぐらいで、艶のない金髪を頭の左側で結んだ、もの静かで落ち着いた雰囲気を持つ少女です。
二人とも色あせてすりきれた服を着て、木剣を背負っています。
「助けてくれてありがとう」
ティグルが礼を言うと、銀髪の少女は腰に手をあてて、笑いました。
「なに、困っている者を助けるのは当たり前のことだ」
「私たちはなにもしていないでしょう、エレン」
金髪の少女が、そう言って銀髪の少女をたしなめました。
「そんなことはないよ」
ティグルは金髪の少女に言いました。
「助太刀するって言ってくれただけでも、僕はうれしかった」
「だそうだぞ、リム」
エレンと呼ばれていた銀髪の少女が、金髪の少女に笑いかけました。
二人の話によると、彼女たちは「白銀の疾風」という傭兵団の一員だそうです。傭兵といえば、村におどしをかけて食料や金品をせびるあくらつな者もいるのですが、彼らはそうではないようで、ティグルは安心しました。
そのあと、馬車から二人の少女が現れました。
ひとりは15歳ぐらい、淡い金色の髪と緑柱石の瞳を持つ、おっとりとした印象の少女です。髪がよく映える白い神官衣をまとっています。
もうひとりは16歳ぐらい、艶やかな長い黒髪と紫色の瞳を持ち、何かたくらんでいそうに見える少女です。古びているけど大切にされている、でもやっぱり古びているドレスを着ています。
「あなたが助けてくれたのね、ありがとう」
金髪の少女は笑顔でティグルに飛びつき、抱きしめました。ティグルは顔がまっ赤です。
心臓をどきどきさせながら彼女から離れ、ティグルが名のると、彼女も名のりました。
「わたしはソフィーヤ。ソフィーと呼んで」
「私はヴァレンティナと申します。助けていただき、ありがとうございます」
長い黒髪の少女も、ティグルにお礼を言いました。とても礼儀正しい、貴族らしい所作に、ティグルは感心して目を丸くしました。
話を聞いてみると、ソフィーは女神官で、ある用事を言いつかって、ブリューヌの王都ニースをめざして旅をしているということでした。
ヴァレンティナもまたニースをめざして旅をしており、途中でソフィーと会って目的地がいっしょならと、同じ馬車に乗っていたということでした。
馬車をしらべてみると、山賊にやられたのか、一部がいたんでいました。
「セレスタの町まで来てくれれば、なおせると思うよ」
セレスタの町は、ヴォルン家の屋敷がある町です。
ティグルが領主の息子だと知ると、ヴァレンティナは一瞬だけ獲物を見つけたような目をしました。
「それはぜひ一度、ご挨拶をさせてほしいですね。帰りにもこの地を通ると思いますし」
「町で休ませてもらえるなら助かるわね。ブリューヌやニースについて話を聞きたいし」
ソフィーもそう言い、ティグルは二人を馬車ごと連れていくことにしました。
エレンとリムにもどうするのか聞いてみると、傭兵団の団長というヴィッサリオンという男が現れました。
「俺たちも町で休ませてもらえるなら、ねがってもない話だ。悪さはしないと誓う。おまえさんのお父様に会わせてもらえるか」
こうしてティグルはソフィーとヴァレンティナと傭兵団とともに町へ帰りました。
とつぜんの大勢の客人に父のウルスはたいそう驚きましたが、ヴィッサリオンは言ったとおり、傭兵たちをおとなしくさせたので、問題はおきませんでした。
ソフィーとヴァレンティナも歓迎され、すっかり屋敷の住人となっているサーシャやエリザヴェータは、二人からジスタートの話をいろいろと聞きたがりました。
ソフィーとヴァレンティナは数日後に出発しましたが、帰りにもかならずこの町に立ちよると約束しました。
傭兵団は、ウルスといろいろと話しあったあと、しばらくアルサスに滞在することになりました。
ウルスはティグルに話していませんでしたが、最近、街道やヴォージュ山脈近くに出没する山賊への対処になやんでいたのです。
エレンがあとでティグルに話してくれたことですが、ヴィッサリオンは破格の値段で山賊退治をひきうけたようでした。
「ヴィッサリオンはおまえの父君が気に入ったらしい。私もおまえのことが気に入ったぞ、ティグル」
エレンはそう言ってあかるく笑ったのでした。
傭兵団が滞在している間に、エレンとリムは、ティグルとティッタとはもちろん、サーシャとエリザヴェータともすっかり仲良くなりました。
エリザヴェータがあとでティグルだけにこっそり話してくれたことですが、彼女は2年前にエレンと会ったことがあるようです。
「いつか自分で言うから、秘密にしていて」
そう言われて、ティグルは彼女と約束をしました。エリザヴェータは嬉しそうに笑って、さらにこう言いました。
「私のことはリーザと呼んで」
山賊退治が終わると、傭兵団は去っていきました。エレンとリムは、いつかまた来ると、ティグルたちに約束しました。
そして、いれかわるようにソフィーとヴァレンティナがセレスタの町に現れました。ニースでの用事が終わったのです。
二人はニースでのさまざまなことを、ティグルに話してくれました。
「たくさんのことを知ったけど、まだ学び足りない気分よ」
それから、ソフィーはすこし考えて、いいことを考えたという顔で言いました。
「この町で暮らせたら、ニースにもジスタートにも行けて便利かもしれないわね」
「そういえば、王子殿下があなたのことを気にしているようでしたよ」
ヴァレンティナがからかうように言ったので、ティグルはびくびくしました。
昨年、狩猟祭で、仕留めたばかりの鳥の肉を王子に食べさせたことを思いだしたのです。
「あなたの将来が楽しみですね」
ヴァレンティナは意味ありげに笑ったのでした。
そして、数日間の滞在のあと、二人はジスタートへ帰っていきました。
3年が過ぎて、ティグルが14歳になったとき、エレンとリムが現れました。
二人ともひどく薄汚れていて、傭兵団「白銀の疾風」の姿はありませんでした。
「傭兵団は解散したんだ。いまは、私とリムだけで傭兵を続けながら旅をしている」
エレンは明るく笑ってそう言いましたが、無理をしているのはあきらかでした。でも、ティグルもみんなも、無理に聞きだそうとはしませんでした。
「二人さえよければ、いつまでいてもいいからな」
ティグルがはげますようにそう言うと、エレンとリムはそれぞれお礼を言いました。
「そうだな。もちろん、ずっといるつもりはないが、しばらくここで休ませてもらうか。考えたいこともあるしな」
エレンとリムがいるのが当たり前の風景になり、アルサスに秋が訪れてしばらくたったころのことです。
父のウルスが病で亡くなりました。
ティグルは悲しみにくれましたが、いつまでもそうしてはいられません。
今日からティグルは領主であり、領主が何もしなくなれば、アルサスの民がくるしむのです。
ティッタ、サーシャ、リーザ、それにエレンとリムの支えもあって、ティグルは領主として歩みはじめました。
もうすこしくわしく説明すると、屋敷の家事全般にくわえて身のまわりの世話を完璧にしてくれるティッタ、この年に急に病気が悪化して四、五日に一日はベッドに横になるようになってしまったけど、今日までのあいだに住人たちから信頼され、落ち着きのある年長者としてティグルの補佐役というか参謀役みたいな立ち位置になっていて、横になりながらも何かと助言したり、知恵をしぼってくれたりするサーシャ、とても短い間ながらも貴族としての教育を受けたことがあり、かつここでの暮らしで劣等感をかなりなまでに小さなものとしたリーザ、ひとりの戦士としてもすぐれていて、さらに領民を兵として指揮し、持ち前の明るさで彼らの士気を高めることのできるエレン、愛想はないけど面倒見がよく、事務処理だけでなく平坦の管理もできるリムに支えられて、ティグルはけっこういい感じのスタートをきりました。
とはいえ、アルサスは小さな地。開墾に力を入れても急に収穫があがるようなことはありません。
ティグルが考えたのは、ジスタートに通じる山道を整備して、旅人や行商人がその道をとおるようにすることです。それによって旅人や行商人がアルサスにお金を落としていけば、発展の可能性を得られます。
これは父のウルスも考えていたことですが、彼の代ではついにはたせなかった悲願でした。山道の整備にはとにかくお金がかかる上に人手が必要だからです。
ティグルも、自分の代でできるかどうか自信が持てませんでした。
ところが、冬になって、ひとりの女性がティグルのもとをたずねてきました。
三十代ぐらいの、長い黒髪を持つはつらつとした美しい女性です。
「ジスタートのオルミュッツ公国からまいりました。スヴェトラーナと申します」
彼女は戦姫リュドミラ=ルリエの意を受けて、ヴォルン家と友好を結ぶためにやってきたということでした。なんでも、お隣のライトメリッツ公国に新たな戦姫が生まれたので、そちらに先を越されることのないように、ヴォージュ山脈を越えてきたそうです。
元戦姫というだけあってスヴェトラーナの態度は堂々としており、その威厳にティグルは圧倒されそうになってしまいましたが、ティッタやサーシャ、リーザの助けもあって、どうにか対等の形で友好関係を結ぶことができました。
「ヴォルン伯爵とはよいおつきあいができそうですね」
スヴェトラーナは満足そうに、そして嬉しそうに笑うと、次は戦姫がこの地をたずねてくるでしょうと言って、去っていきました。
「今年の最後にとんでもない出会いがあったな」
ティグルはそんな感想をいだきましたが、この年のとんでもない出会いは、まだ終わっていませんでした。
あるとき、エレンが言ったのです。
「馬がほしい」
馬があれば、一日どころか半日でも遠くへ行って帰ってくることができます。それに、戦いでも役立ちます。騎兵は贅沢だとしても、伝令が馬に乗れれば、指示や報告がいまより早く伝わるでしょう。
「オルミュッツから資金援助を受けることができるのだろう? 馬はいいぞ。いまのうちから馬と、馬に乗れる者を育てておけばきっと役に立つぞ」
「エレンは、自分が馬に乗りたいのでしょう」
リムがたしなめるように言いました。彼女とエレンの関係は、親友であり戦友である昔のままです。いえ、いまは同じ夢を持つ同志という雰囲気も感じられます。
ティグルは考えました。エレンの言葉に、心が動いています。
オルミュッツからの資金援助は、もちろん山道の整備に使うつもりでしたが、山道は、アルサスの端にあります。この町から整備の様子を見にいくのに、歩いていったら往復で何日もかかってしまいます。馬に乗れば、その時間がちぢめられるのです。
「エレンとリムは、馬に乗れるのか?」
聞いてみると、二人とも乗れるということでした。それだけでなく、乗り方を教えることもできるといいます。
「傭兵流だがな。なに、ちゃんと乗れるから安心しろ」
得意そうに胸をはるエレンの隣で、リムは愛想のない顔で淡々と言いました。
「安全には気をつけます」
ティグルはおもいきって、馬を買うことにしました。
馬を買う相談となると、相手はかぎられます。
父の友人で、いまも面倒を見てくれているマスハスに相談すると、彼は機嫌よく応じてくれました。
「ちょうど、はるか東……ジスタートの東部でくらしているという騎馬の民が客人として来ていてな。おぬしの話を聞いてくれるそうだて」
マスハスは、その客人に、アルサスへ行くようたのんでくれました。
そして、十何日かたったころ、アルサスに何人かの騎馬の民と、三十頭以上の馬がやってきたのです。
毛並みのいい馬たちが思い思いに歩きまわる様子に、エレンとリムは目を輝かせました。ひさしぶりに元気なサーシャとリーザも感心しています。むずかしい顔をしているのは、餌の用意と馬糞の始末が大変だなあと考えているティグルとティッタぐらいでしょうか。
「何頭いる?」
ティグルに話しかけてきたのは、11歳ぐらいの少女でした。髪は薄紅色。瞳は晴れ渡った青空の色で、いどみかかるような力強さを感じます。
「そうだな。四頭はほしいな」
二頭はエレンとリムの分。もう二頭は訓練と予備のための馬です。その少女は小首をかしげてまた質問してきました。
「誰が乗る?」
「一頭は私だ」
エレンが一頭の馬を引いてきて、ティグルの隣に立ちました。ほしい馬をもう見つけたようです。
薄紅色の髪の少女はエレンをじっと見つめて、うたがわしげに言いました。
「ちゃんと家族のように相手ができる?」
これにはエレンだけでなく、ティグルもびっくりしました。少女はさらに言葉を続けます。
「それに、馬を走らせるのが得意そうには見えない。二人とも」
これは余計な言葉だったかもしれません。大人の騎馬の民が、何ごとかを少女に言いました。叱ったようです。
ですが、出てしまった言葉はもう引っこめることができません。エレンが紅の瞳にめらめらと闘志をもやしました。
「ほほう。ずいぶん馬に自信があるようだな。ならば、私と勝負してみるか」
これには大人の騎馬の民とティグルの両方があわてました。
ですが、出てしまった言葉はもう引っこめることができません。少女が青空の色の瞳にめらめらと闘志をもやしました。
「望むところ。もしもわたしに負けたら、その馬はあきらめて」
「いいとも。私が勝ったら、たっぷり値切らせてもらうぞ。ところで、おまえの名前は?」
「オルガ」
二人のあいだで話がどんどん進んでいきます。これにはティグルも不安になり、勝負に参加することにしました。
そして、ティグルとエレン、そしてオルガの三人が馬を走らせ、どちらかがオルガに勝ったら勝ちという条件で、勝負がはじまりました。
最初に先頭に立ったのは、はりきって馬を走らせるエレンでした。彼女はティグルたちを引き離してぐんぐん進みます。
オルガはエレンの背中を見たあと、ちらりと用心するようにティグルを見ました。ティグルが馬をとばさないのが不思議だったのです。
やがて、エレンは馬ともどもばててしまい、どんどん速度が落ちていきました。ティグルとオルガがそろって彼女を抜きます。
そこでオルガは勝負に出ました。馬を急がせ、ティグルより前に出ます。
しばらく走っても、二人の差はちぢまりません。オルガは勝ったと思いました。
ですが、そのすぐあとに、変化がおきました。ティグルの馬が少しずつ前に出て、オルガの馬にならんだのです。
オルガがびっくりしていると、ティグルの馬がとうとう彼女の馬を抜きました。
ティグルの勝利です。帰ってきたティグルを、みんなが笑顔でむかえました。
オルガは素直に負けをみとめたあと、ティグルに聞きました。
「どうしてわたしが負けたのか、わからない」
「きみの馬は、とてもいい馬だよ。馬だけなら、きみの勝ちだった。でも」
「でも?」
「このアルサスの地面については、おれのほうがくわしい。馬がすこしでも疲れずにすむ場所をえらんで走らせたんだ」
オルガは納得して、ティグルに尊敬の目をむけました。
その後、ティグルは無事に四頭の馬を買いました。エレンは負けたのだからということにして、値切りはしませんでした。
エレンはたいそうくやしがりましたが、オルガに言いました。
「おまえの技量はすごい。完敗だ。よかったら、私に馬の走らせかたを教えてくれ」
自分よりも年下のオルガにいさぎよく負けをみとめ、頭をさげて頼んだのです。
これにはオルガもびっくりして、感心しました。
彼女は大人の騎馬の民と話しあったあと、ティグルに言いました。
「そちらがよければ、わたしがしばらくこの町でくらして馬の面倒を見る。走らせかたを教えてもいい」
「それはありがたい話だけど、いいのか?」
ティグルが聞くと、大人の騎馬の民が答えました。
「この子にとってはいい経験になるだろう。何かあれば、この子は馬に乗って山脈を越え、草原を走って、帰ってこられる」
こうして、騎馬の民のオルガが暮らすことになりました。
新年になり、ティグルは15歳になりました。
春になってしばらく過ぎたころ、三人の娘がティグルのところへやってきました。
「ひさしぶりね、ティグル。いえ、おひさしゅうございます、ヴォルン伯爵閣下」
ひとりは白い神官衣をまとったソフィーです。礼儀正しく挨拶する彼女に、ティグルは笑って言いました。
「ひさしぶりだね。ソフィーも元気そうでよかった。それから、この町ではかしこまらなくていいよ」
「そう言ってもらえると助かるわ。こういう話し方にはもう慣れたけれど、肩がこっちゃって」
もうひとりは、ヴァレンティナです。彼女はなんと、まがまがしい雰囲気の大鎌を肩にかついでいました。
「ひさしぶりですね、ティグル。私は戦姫になり、名もヴァレンティナ=グリンカ=エステスとなりました。ですが、あなたとは変わらないおつきあいができればと思っています」
ひさしぶりに会ったヴァレンティナは、うつくしさとあやしさと何かたくらんでいそうな感じが大きく増していました。ティグルはちょっとおどろきましたが、彼女が言ったとおり、以前と同じように笑顔で彼女を迎えました。
最後のひとりは、ティグルと同じ15歳ぐらいで、青い髪と青い瞳をしています。立派な青い服を着て、手には槍を持っていました。
「あなたがティグルヴルムド=ヴォルンね。私はリュドミラ=ルリエ。スヴェトラーナは覚えている? 彼女は私の母だけど、世話になったそうね」
堂々としながらもごうまんではなく、落ち着いているけれども冷たい印象をあたえず、美しくもあり可愛らしさも秘めている、リュドミラはそんな少女でした。
ティグルはややきおくれしながらも、笑顔で彼女に名のり、握手をかわしました。
リュドミラとヴァレンティナは戦姫としていそがしいらしく、一日だけ泊まって帰っていきましたが、ソフィーは町に残りました。ジスタートと、ブリューヌのそれぞれの神殿の交流を深めるために、彼女はここを拠点として活動することになったそうです。
ソフィーは巫女でもあるティッタを先輩として、この町の神殿での生活の仕方を教わることになりました……。
これが、後世の吟遊詩人に『血よりも濃い絆』『いつか旗揚げしそう』『ちょっとこわい』などとうたわれることになる、ヴォルン伯爵家家臣団の結成秘話です。
ティッタ、サーシャ、リーザ、エレン、リム、オルガ、ソフィーの七人は若き領主ティグルを支え、また、ヴァレンティナやリュドミラ、他に、のちに王女であると発覚した王子や、その従者もティグルを手厚く支援し、ティグル本人のがんばりもあって、アルサスは一代では考えられないほど栄えたと伝わっています。
……家臣団のエピソードについてはいくつか伝わっており、サーシャの病をどうにかして治せないかとティッタとソフィーが神々に祈り、またティグルが家宝の黒弓の力を使った結果、異世界にいる病が快癒した元気なアレクサンドラ=アルシャーヴィンからいのちのかけらのようなものをもらってこの世界のサーシャに与え、仮死状態からよみがえったというものとか……。
伯爵夫人の座は家臣に与えられるものではないという理由(文献によっては、この「理由」が「不当な言いがかり」とか「外野の難癖」と書かれている)によって、ヴァレンティナとリュドミラがその座を巡って争い(そうなるに至った経緯は、文献の該当箇所の消失によって不明)、レギン王女の放った刺客リュディエーヌ=ベルジュラックの介入によって混乱が増したあと、他ならぬレギン王女の仲裁によって話がうやむやになったものとかがある。結局、誰が伯爵夫人になったのかについては、多数の偽書が出回っている(しかも相手が全部違う)ため、いまのところ特定は不可能である……。
ともあれ、それらについて語るのは、次の機会となろう……。
web拍手を送る