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2007年7月31日

参院選

 安倍政権には色々注文はあるのだが、今回の参院選で「国民の支持を失ったから退陣すべきだ」などというのはどう考えてもおかしいのではないか。なんだかんだ言っても参議院選挙だし、そもそも争点が安倍総理にはほとんど責任の無い年金問題と、あとは閣僚の不始末の問題に絞られた選挙である。憲法も、安全保障も、拉致も全く争点になっていないのだから、この範囲での国民の意思が明らかにされたという程度のことである。

 一部のマスコミや野党、場合によっては自民党内で、選挙は年金と閣僚の不始末だけに限定して攻撃しながら、自民党が負けると安倍政権のすべてが否定されたかのようにすり替える動きがあるが、やっと動き始めた戦後政治の精算への動きを止めようとする、それこそ「抵抗勢力」の悪あがきである。

 安倍さんがやろうとしているのが本当の「戦後政治の精算」なのか、形だけのものなのか(それはもちろん拉致も含まれるが)が問われるべきである。逆に総理はこの際退路を断って基本問題で国民に訴えてもらいたい。拉致問題について言うなら形を作ったり、裏交渉による前進を目指すのではなく、正面から正攻法で解決していくことを目指していけば国民の支持は間違いなく集まると思う。

 あわせて言えば、民主党も今回は敵失による勝利だったが、政権を取ろうと思うなら基本問題について最低限の意思統一をしてもらいたい。参院選と総選挙では判断基準が異なるので、これで浮かれていたら次はまた墓穴を掘ることになる。逆に言えば今こそが民主党にとって最後のチャンスとも言えるのではないか。

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2007年7月28日

調査会へのご協力のお願い

 皆様にはいつも特定失踪者問題調査会の活動に対し多大なご協力を賜りありがとうございます。

 調査会では去る5月の理事会の決定に基づき、北朝鮮にビラを送る「バルーンプロジェクト」と、ロシア沿岸からペットボトルに入れたビラを流す活動を計画していますが、「バルーンプロジェクト」については約12万枚のビラを送って以来、財政上の問題から次の活動に手がつけられない状態になっています。さらに、現状の財政状況が続くと3か月後には「しおかぜ」の送信時間半減(1時間送信を1日30分に)も考えざるをえない状況です。

 北朝鮮の内部は金正日の健康悪化や内部の混乱などで、6者協議の状況とは別に切迫してきており、私たちとしては今その力を弱めることは何としても避けたいというのが正直なところです。いつもご無理を御願いしていて本当に申し訳ありませんが、どうか一層のご協力を賜りますよう御願い申しあげる次第です。

 私自身としても、何らかの努力はせざるをえず、つきましてはこの写真のレイアウト(ジオラマ)2つを、3万円以上調査会にカンパしてくださった方に差し上げることにしました。

 写真を見ていただけば分かるように、その値段をつけて売るほどの質のものではなく、また逆に自分で作ったものですから愛着もあり、売るというと抵抗があるのですが、悠長なことを言っていられる状態でもありませんので、調査会にカンパをしていただいた方に私から差し上げるという形にしたく思います。引き取っていただける方はすみませんがカンパをされる前に私宛メールをいただけると幸いです。

以下はそれぞれのレイアウトの概略です。
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これは直径27センチの円形の板の上に作ったもの。カーブはトミックスのスーパーミニカーブレール(半径103ミリ)です。写真の車両(広島電鉄ハノーバー電車)は含まれません。電源も含みませんが、トミックスのパワーパックにそのままつなげます。踏切もない円形のレールの中に何でタクシーがいたり、90式戦車がいるのかと、突っ込もうと思えばきりがありませんが、そう言ってしまうと模型のレイアウトはなりたちませんのでご容赦を。このカーブですから走らせるのはこのハノーバー電車とかレールバスとかBトレインショーティーを動力化したものが適当です。

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もう一つは30センチ×60センチのベニヤ板の上に作ったもの。フレキシブルレールを使っていますのでカーブは正確ではありませんが概ね半径110ミリ、ポイントはピコのもので手動です。撮影用に大井川鉄道のモハ312+クハ512(トミーテックの鉄道コレクション)を置いてありますが、基本的には上と同様小型車のためのレイアウトです。予めご了承下さい。これも車両と電源は別ですが、アクセサリーのバスやタクシーなどはそのままお渡しします。なお、こちらはKATOのパワーパックにそのままつなげます。

生来の不器用で、どちらもあらを探せばきりがありません。しかもなかなか時間がとれないので工期だけは長いという代物です(いつから作り始めて何ヶ月かかったのかも覚えていません)。ご迷惑かとは思いますが、同好の方、ご関心のある方に引き取っていただければと思っております。

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北朝鮮外務省備忘録

7月20日の平壌放送は午前10時から、「安倍一味の『拉致』騒動は自滅を招くだけである」と題する「朝鮮民主主義人民共和国外務省備忘録」(19日付)を伝えました。これについてはすでに報道がなされており、日本の外務省も簡単な反論を行っていますが、全文を読まれた方はあまりいないと思いますので、参考まで全文をお知らせします。

 北朝鮮の文書を読むといつも関心するのですが、よくこれだけ恥ずかしげものなく書けるものです。もちろん、威勢良く書かないと中で評価されないからでしょうが、それにしても、読んでいると「悪いのは拉致された日本の方か?」と思ってしまったりします(そう言えば、今日7月27日は朝鮮戦争の休戦協定が結ばれた日ですが、北朝鮮では戦勝記念日ということになっています)。

 例えば、「植民地支配」の精算をしていないから拉致が行われたかのような記述がありますが、そうするとタイやレバノンやルーマニアも北朝鮮を植民地支配したんでしょうか。まあ、突っ込みどころはいくらでもあるのですが、とりあえずはお読み下さい。なお、まだ朝鮮語の原文を読んでいないので分かりませんが、日本語訳(ラジオプレスの訳文、但しカッコなどで補った部分は省略してあります)ではかなりマイルドになっていると思います。

 なお、折角ですから、朝鮮総聯はこれを大々的に印刷して街頭で配ったらどうでしょうか。日本語の訳文が出ていないのは、何となく日本人を怒らせたくない、でも国内では強硬にしないと立場が危ないというジレンマがあることの証拠のようにも思えます。

  時間があったら私も北朝鮮調で「備忘録」でも書いて自分のブログにでも載せてみたいと思います。(荒木)

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(翻訳はプリントされたものをスキャニングしてデジタルデータに直しましたので、一部修正漏れのある可能性があります)

 日本が、すでに解決された「拉致問題一に引き続き固執し、反共和国敵視策動に執拗にしがみついている。

 安倍政権は「拉致問題」が未だに解決されていないと我を張り、わが共和国に国際的圧迫を加えようと哀願外交を慌しく繰り広げている。

 彼らは、「拉致問題」を巡って朝鮮に経済制裁を加えただけでは飽き足らず、総連まで抹殺しようと画策している。

 そのため、朝日関係はもちろん、朝鮮半島非核化のための6者会談にまでいま一つの危機が近づいている。

 安倍政権が「拉致問題」を持ち出して、わが共和国に対する挑発をエスカレートさせている裏には不純な打算と目的がある。

 朝鮮民主主義人民共和国外務省は、「拉致問題」を悪用しようとする日本当局の策動がもたらしかねない危険な悪結果について、国際社会の注意を喚起するために備忘録を発表する。

(1)

「拉致問題」は、わが共和国の誠意ある努力によってすでに解決された問題である。

 1999年12月、日本の元首相・村山富市を団長とする日本政党代表団の朝鮮訪問時、日本側は、日本人行方不明者13人に対する安否調査を実施することを、わが方に提起した。

 2000年3月に北京で開かれた朝日赤十字会談において、わが方は、当該機関が日本側の要請した行方不明者らに関する安否調査を始めたということについて知らせた。

 2001年12月、朝鮮赤十字会は、日本の反共和国敵視策動が強化されたことに関して、やむを得ず安否調査事業が中断されることになるということについて日本側に通知した。

 朝鮮民主主義人民共和国政府は、行方不明者問題の人道主義的な性格を考慮し、2002年4月に特別調査委員会を組織して全国的範囲で調査事業を行った。

 調査の結果、1970年代末から1980年代初めまでの期問、一部の個別的な人々が日本人を拉致した事件があったということが明らかになった。日本がかって朝鮮人民に及ぼした前代未聞の過去犯罪に対して謝罪、補償せず、逆に共和国を引き続き敵視することにより、わが人民の反日感情が非常に高くなっていた時期に発生した事件であった。

 日本が適時に過去を清算して法的・道義的貴任を果たしていたなら、「拉致問題」は最初から発生しなかったであろう。

 2002年9月17日、日本の小泉前首相の平壌訪問期間、日本人行方不明者13人が拉致被害者として確認され、そのうち5人が生きており、8人はすでに死亡したという調査結果が日本側に通報された。

 「拉致問題」が発生したことについて、朝日最高位級会談において公式に遺憾の意が表明された。

 同じ世紀、これより先に日帝によって敢行された840万人余りの朝鮮人強制連行、100万人余りの虐殺、20万人に対する日本軍「慰安婦」への強要など、大規模な反人倫犯罪による莫大な被害が全く清算されていない環境において、共和国政府が10人余りの日本人拉致問題を先に解決するために誠意を示したのは、決して易しくない勇断であった。

 小泉前首相の訪問期間、同行した日本外務省関係者らが、拉致被害生存者らと死亡した被害者・横田めぐみの娘に会って身元を確認した。

 朝鮮民主主義人民共和国外務省は2002年9月19日、スポークスマン談話を通じ、拉致被害生存者らが希望する場合、日本への帰国や故郷訪問が実現できるように必要な措置を取る用意があるということを明らかにした。

 2002年9月28日から10月1日までの期間、内閣府と外務省関係者らで構成された日本政府代表団が平壌を訪問し、拉致被害者らの生活経緯と死亡者らの死亡経緯、事件関係者らの処罰状況を含む調査結果の細部資料について補充的に通報され、具体的に了解した。

 日本政府代表団は、拉致被害死亡者らの墓地と火葬場、横田めぐみが入院して自殺した49予防院などを直接見て回り、関係者らと会って横田めぐみの病状、入院生活と治療状況、自殺当時の状況などについて具体的に聴取、確認し、訪問結果に満足の意を示した。

 2002年10月15日、共和国政府は、日本側の要請に従い、拉致被害生存者5人が故郷を訪問できるように日本旅行を実現させた。

 彼らがまず1〜2週間、日本を訪問して帰った後、子息らと協議し、今後の居住問題を決めることができるよう便宜を保障しようということが朝日政府間に成立した合意事項であった。

 ところが、日本政府は、生存者らが日本に到着した後の10月30日、突然彼らを送り返さないという決定を一方的に発表した。

 これが「拉致問題」の解決過程において日本側が約束を覆し、信義を捨てた最初の実例である。

  後に判明したところによれば、この決定の背後には当時の内閣官房副長官・安倍晋三がいた。

 こうして、「拉致問題」を解決して朝日関係改善の雰囲気を整えようとしていた共和国政府の努力は水泡に帰し、朝日関係は対決状態に戻った。

 2004年5月22日、小泉前首相が「朝日平壌宜言」を再確認するために再び朝鮮を訪問した。

 前首相はこれまで、朝日間に好ましくないことがあったことについて遺憾の意を表し、わが方に「拉致問題」について再調査し、拉致被害者の子女らを日本に送ることを切に要請した。

 共和国政府は、小泉前首相が日本に帰る時、拉致被害生存者の子女5人全員を一緒に連れて行くようにし、6月初めから調査事業を再開するようにした。

 その後の2004年8月と9月の2回にわたり、中国の北京で行われた朝日政府間実務接触を通じ、日本側に対して追加的に明らかになった調査結果が知らされた。

 2004年11月には、内閣府と外務省、警察庁の関係者ら、法医学専門家らで構成された日本政府合同代表団が朝鮮を訪問し、1週間にわたって死亡者らに関する現地確認事業を実施するために必要なあらゆる便宜が図られた。

 日本政府合同代表団は、わが方の特別調査委員会から50時間余りにわたり、日本側の疑問事項に関する具体的な説明を聞き、死亡者らの生死を確認できる16人の証人、目撃者らと面談を行い、死亡者らが生活していた場所も見てまわった。

 代表団側の要請に従い、補充確認のために団長が横田めぐみの夫キム・ヨンナムに会い、彼に頼んでめぐみの遣骨を譲り受けた。

 めぐみの遺骨まで持って日本に帰還した代表団団長は11月17日、日本の国会参議院拉致問題特別委員会で「横田めぐみの病歴書が全体的に信憑性あるという感じを抱いている」と証言した。

 このように、共和国政府の真摯かつ誠意ある努力により、13人の拉致被害者のうち、生存者5人とその子女7人のだれもが日本に帰り、父母の希望の通りに横田めぐみの遺骨まで日本に帰ったことにより、「拉致問題」は終結した。

(2)

 安倍一味は「拉致問題」が解決したことを必死に否認し、「拉致」騒動に執拗にしがみついている。

 横田めぐみの遺骨が偽物だという説を持ち出したのが、「拉致問題」が解決した後の日本の最初の反応であった。
 2004年11月17日、当時の自民党幹事長代理・安倍は、東京都で行った講演において、わが方が日本政府合同代表団に通報した資料について「聞くに値するものがなく、引き続きウソだけを並べている。誠意が全く感じられない。これ以上、協議を継続するのは無意味である。北朝鮮には圧力しか通じず、当然、経済制裁を発動する段階に至った」と暴言を発した。

 安倍一味は、めぐみの遭骨を科学警察研究所と東京歯科大学、帝京大学に分散して鑑定するようにした。

 科学警察研究所は、火葬時に遺骨が高温で燃やされたのでDNAを検出できない、と発表し、東京歯科大学も、骨相学的な検証が不可能だ、と述べた。

 それにもかかわらず、当時の内閣官房長官・細田博之は12月8日、横田めぐみの夫が渡した遺骨が「本人と異なる2人の骨」だという鑑定の結果を公表した。

 これと時を同じくして、安倍は、共和国に対する経済制裁を即時発動すべきだ、と主張し、結局、日本政府は、小泉前首相が平壌訪問時に確約した人道主義支援を凍結する、と発表した。

 2004年12月25日、日本側はわが方に「遣骨鑑定結果に関する報告書」なるものを送ってきた。

 鑑定方法と鑑定内容に関する説明に矛盾点があり、さらに鑑定人と立会人の署名や鑑定機関の公認もないインチキ文書であった。

 英国の科学雑誌「ネイチャー」2005年8月17日付は、横田めぐみの遺骨を鑑定した帝京大学助教授(放送のまま=RP)吉井富夫が自らの結論が確定的ではないこともあり得、遺骨が他人のDNAに汚染されていた可能性もあると認めた発言内容を掲載し、「日本の政治家らの立場がいくら苦しくても、科学的解析の意味を正しく受け入れなければならない。北朝鮮との闘いで彼らは外交的手段を動員すべきであり、科学の尊厳を傷つけてはならない」と指摘した。

 米国雑誌「タイム」2005年4月4日付は、「吉井が使った分析技法は信頼性に問題が多く、米国の専門法医学研究所ではこの方法を使わない」とし、日本の雑誌「世界」「アエラ」と南朝鮮のマスコミも、同じ疑問を呈した。

 横田めぐみの遺骨鑑定の結果に対する疑問が国内・海外へと広く拡大するや、日本当局は、遺骨鑑定を請け負った吉井富夫を急いで科学警察研究所科長へと異動させ、外部との関係在一切遮断してしまった。

 これに関して、民主党所属国会議員・首藤信彦が2005年8月30日、国会において当時の外相・町村信孝に「実際に警察訓練を受けていない民間人を部署の責任者にするのは異例だ」と批判し、「これは証人を隠そうとする意図ではないのか」と問い詰めたが、外相は一貫して明確な回答を回避した。

 安倍一味が持ち出した「偽遺骨説」に激憤しためぐみの夫が遺骨を直ちに送り返すことを日本側に要求したが、日本側は今日まで、この要求に顔を背けている。

 安倍一味は最初に提起した13人に対する調査と処理が終わるようになるや、新しい「拉致被害対象」らをでっち上げている。

 2005年1月17日、南朝鮮駐在の日本TBS放送支社が「脱北者」らから「拉致被害者」2人が写っている写真4枚を新しく入手した、と報道した。

 内閣官房長官は同日、直ちに記者会見を開き、「強力な新しい証拠が出た。北朝鮮側に対して新しい人々に関する資料の提供を要求する」と豪語した。

 しかし、2日経って写真の主人公である男女が現れたため、この事件は、TBS放送と「特定失踪者問題調査会」代表が公式に謝罪することによって幕を下ろした。

 2007年3月初め、ハノイにおいて6者会談朝日国交正常化実務グルーブ(作業部会)会議で、日本側は、「拉致被害者」らの生死がすべて確定したとしても、「拉致問題」が解決したと言うことができず、「拉致被害者」全員を帰国させなければならないという主張を持ち出した。

 換言すれば、死んだ人々を生かして送還するまでは「拉致問題」が解決したと言うことができないということである。

(3)

 安倍政権は「拉致問題」を引き続き持ち出して、日本の再武装を進めることに利用しようとしている。

 「拉致問題」にかこつけて朝日関係が正常化するのを阻み、6者会談を破綻させ、朝鮮半島の核問題が解決できないようにすることにより、「日本と敵対関係にある共和国の核保有」を口実にするなら、日本の軍国化と核武装の名分を立てることができるというのが、安倍が代表している日本の国粋主義勢力の打算である。

 安倍が総理に就任して提唱した日本の「戦後体制脱皮論」は即ち、軍事的に束縛される敗戦国の立場から抜け出そうとするのが本心である。

 しかし、日本の過去の犯罪を忘れていない周辺諸国と国際社会の視線があるため、日本としては、自分らの企図を正当化することができる口実が必要なのである。

 日本は一時、わが方のミサイル発射問題を口実に利用したが、自分ら自身がミサイルと同じような運搬手段によって偵察衛星まで打ち上げることになるや、より「妥当な」他の口実を必要とするようになった。

 そのため、日本の右翼勢力がしがみついたのがまさに「拉致問題」である。

 国粋主義者らのシナリオに沿っ「拉致問題」の「深刻さ」と「比重」を高めるための狂信的な宣伝キャンペーンが繰り広げられ始めた。

 2006年10月、日本で「救う会」会長・佐藤勝巳と副会長・西岡力がカネによって拉致関連「情報」をでっち上げているということが暴露され、大きな波紋を呼び起こした。

 日本でいま、「拉致問題」は、数多くの政治ブローカーと諜略団体、御用報道物が生き長らえる「拉致産業」へと発農し、このような「拉致の居候」らが「拉致首相」と「拉致内閣」
まで仕立て上げるに至った。

 安倍がまさに「拉致問題」を持ち出して情熱を示し、当選した初めての「拉致首相」である。

 2006年9月、首相の座に就いた安倍は、自らを責任者とする「拉致問題対策本部」なるものを設置し、「拉致問題担当相」や「拉致問題担当補佐官」という職制までつくることによって初の「拉致内閣」を発足させた。日本の主張通りなら、「拉致問題」は、死んだ人を生き返らせてこそ、解決される問題であり、日本の行方不明者らが全員現れてこそ、解決され得る問題である。

 2004年8月、東京都足立区で遺骸が発見された石川千佳子という女性も、日本側が共和国によって「拉致」されたと主張していた女性である。

 明らかになったところによれば、この女性と同じ小学校で警備員をしていた男性が1978年8月14日、校舎内で彼女を殺害して死体を自宅に26年問埋めていたという犯行であった。

 2004年までに報道された資料によっても、日本側が共和国に拉致されたと主張して日本の地で発見された人々は8人にもなる。日本で行方不明者が1年に数百人も発生するという実情の下で、国粋主義勢力が政権を握って「拉致」騒動に熱を上げている限り、新たな「拉致資料」を絶えず生産できるようになっている。

 日本は現在、6者会談まで「拉致間題」の「人質」にしようと躍起になっている。2007年2月5日、安倍は、朝群半島非核化のための初期段階の措置として6者会談参加国が共和国にエネルギーを提供することにしたのに対し、「拉致問題で北朝鮮が誠意ある対応を取らなければ、日本が何かを与えるということは基本的にないと明確にしようと思う」と言明した

 日本の企図が容認されるなら、朝鮮半局の核問題は「死んだ人を生き返らせなければならない拉致問題」のように永遠に解決不可能となるであろう。

 まさにこれが、核武装を夢見ている日本の国粋主義勢力が狙う結末である。

 ここに安倍一味の策動の政治的危険性があり、かつて数百万人の朝鮮人を強制連行、拉致し、彼らの血を絞り取って骨を削って自らの発電所と炭鉱、鉱山、鉄道、飛行場を建設しながらも、僅か10人余りの「拉致問題」をそれ以上に大きく騒ぎ立てるところに日本の道徳的低劣性がある。

 日本による朝鮮人誘拐と拉致はいまでも続いている。

 「非政府組織」の仮面を被った日本の反共和国団体が朝中国境地域でわが方の公民を誘拐、拉致している。

 2007年6月3日付「読売新聞」が伝えたところによると、これらの団体がこれまで「脱北者」に化けさせ、日本に誘拐、拉致したわが方の公民は150人余りに達するという。2006年3月27日、朝鮮民主主義人民共和国人民保安省はスポークスマンの回答を通じ、わが方の公民に対する誘拐・拉致事件を背後操縦したり直接関与したりした日本の「非政府組織」メンバーである山田文明、加藤博、野口孝行、李英和の犯罪行為を暴露し、彼らに対する逮捕令状が発給されたので、わが方に引き渡すことを日本政府に要求した。

 共和国政府は朝日政府間会談と接触において、日本側に対して朝中国境地域でわが方の公民を誘拐、拉致した事件を調査し、その実態を通知することと被害者らを送還することを何度も提起したが、日本側は、それに対する回答を回避している。

   *  *  *

 安倍政権は「戦後体制脱皮」が主観的ではなく、客観的に認められなければ、実現可能なものにはならないということを悟らなければならない。

 日本が過去の清算を回避し、近隣諸国を口実にして再武装を企てれば企てるほど、それは、日本の復興ではなく自滅を招くだけである。

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2007年7月23日

自爆

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別に新しいものではありません。現在横浜の海上保安庁の施設に展示してある北朝鮮工作船の自爆スイッチ。例の奄美沖で海保の巡視船と銃撃戦をやって沈んだ工作船です。これは工作母船ではなく、母船に積まれていた子船のものだそうですが、おそらく母船も同じものが付いており、それを使って自沈したのだと思います。二つのボタンを同時に押すと仕掛けられた爆薬が爆発して船に穴が開き沈没するのでしょう。

 自分が死ぬことを覚悟してやってくる人間は、他人を殺すことも何とも思わないはずです。安明進氏はこの工作船の事件の後、「工作船がこうなったのだから、こんどは絶対に潜水艦を使うはずです」と言っていましたが…。

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2007年7月18日

米国は頼れるか?

以下は調査会NEWS 536号(7月18日付)に掲載したものです。

 政府の北朝鮮向け放送「ふるさとの風」に妨害電波がかけられているようです。北朝鮮も気にしている証拠ですから、やった甲斐があるということでしょう。政府はまだ周波数を明らかにしていないようですが、0100〜0130 9780kHz、0200〜0230 9820kHzというのはもう皆知っているのですから、隠しても仕方ないように思います。それよりも、豊富な予算があるのですからできれば同時2波送信にでもして妨害電波対策をした方がいいのではないでしょうか。

 この放送では政府認定者は家族のメッセージを放送するの一方で、未認定者は名前の読み上げさえもしていません。これについてはすでに要請していますが、今のところ政府の側が聞き入れる様子はありません。認定者家族の中にはやるつもりがなかったのに拉致対策本部事務局の幹部が頼み込んで収録した人もいるそうです。認定被害者の家族は政府が頼んでもやってもらい、そうでなければ名前も読み上げないというところに、ある意味すべてが集約されています。

 ところで、北京でのヒル国務次官補と金桂冠外務次官が昼食を共にしたようですが、複雑な表情のヒルと嬉しそうな顔の金桂冠を見るとすべてが分かるような気がします。これは1月のベルリンでの米朝協議のときも同様でした。六者協議でどうなるのか分かりませんが、先前日本に来たヒルは、あるいは北朝鮮側の拉致問題での対応を日本政府などに伝えたのではないでしょうか。「北朝鮮がここまで譲歩すると言っているから日本も制裁を解除してくれ」と言ったかどうかは不明ながら、今のままでは放っておけば流れは確実にその方向に動きます。

 米国にとって所詮日本人拉致は人ごとでしかありません。これは別に恨んでも仕方がないことで、例えば米国民がキューバに拉致されたとしても、日本ができるのはせいぜいキューバ大使館に手紙を書く程度でしょう。同盟関係は、それをいかに利用するかということであって、「面倒をみてもらう」ということではないのです。協力させるという次元なら、米国は十分に使いでのある同盟国だと言えるでしょうが、身も心もゆだねてしまえば、結局は米国の都合で幕引きされてしまうはずです。

 「ふるさとの風」の周波数のように、隠しても分かるものは分かります。6者協議に臨む佐々江外務省アジア局長も、2月の合意のときのように成功を装ったりしないでもらいたいものです。また全体の流れについても政府の担当者や関係者が明らかにすべき部分を隠したりせず、正攻法で対処することが最も早い解決への道だと思います。拉致も、核も。

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2007年7月15日

10.15の教訓

<これは調査会NEWS 535号(7月15日付)に書いたものです>

 平成14(2002)年10月15日、蓮池薫さん・祐木子さん、地村保志さん・富貴恵さん、そして曽我ひとみさんの5人が24年ぶりに日本の土を踏みました。当時私は救う会全国協議会の事務局長で、羽田で特別機から下りてくる5人を下で迎えていました。

 5人の姿を見たとき、私の脳裏をよぎったのは「なんだ、やればできるじゃないか」ということでした。大変お恥ずかしい話ですが、世論を動かし、その力で政府を動かせば拉致被害者を取り返せると考え、そう主張してきた自分でさえ、そのときになって「やればできる」と思ったのです。恐らく多くの方々は、あのとき「ああ、北朝鮮は本当に拉致をやっていたんだ」と、5人の姿を見て思われたでしょう。現実の持つ意味は何よりも大きいと感じました。

 ところで、5人が帰国して、「日本で家族を待つ」と決めた後、日本政府は「5人の家族の帰国を最優先する」という方針を決めました。おそらく、5人に対してもそのようなことが伝えられ、彼らは1〜2週間で北朝鮮に戻るという、北朝鮮当局から言われていたことを無視する決断をしたのでしょう(これはあくまで私の推測に過ぎませんが)。

 そして、私たちも、家族会の人たちもこの方針を了解しました。それは、もちろん子どもたちと引き離されているのを何とかしてあげたいということもありましたが、より大きな理由は「子どもたちが帰ってくれば彼らは他の拉致被害者のことも話してくれるだろう」という 期待からでした。

 しかし、結果的には子どもたちが帰り、ジェンキンス氏が日本にやってきても5人は話しませんでした。逆にそれ以前より話さなくなったと言えるかも知れません。結果的には2年近く、期待し続けて待った人々の思いは裏切られたことになります。こんな言い方が5人に対して酷であることは十分に承知の上ですが、もし話せないなら(彼らは「全て話した」と言いたいかもしれませんが、そうでないことは誰でも分かっています)、5人の帰国後の方針は、存在を明らかにした以上危害を加えられる可能性の限りなく小さい彼らの家族の帰国よりも、より危険度の高い「北朝鮮が死亡とした8人及びそれ以外の全ての被害者の原状回復」が優先されるべきで、少なくとも両者を並行して行うことにはしておくべきでした。これは自分自身の反省でもあります。

 5人の帰国後、マスコミの関心はほとんどが、帰国者の動向についてでした。「蓮池さん夫妻がどこに行った」、「地村さんが友人と会った」等々…。本当は最も重要なのはそこにいない人たち、まだ取り返していない人たちのことだったはずです。しかし、当然ながらマスコミは絵になるものを追いかけます。その結果他の人々については一時完全に忘れられたようになっていました。日本人も愚かではありませんから、多くの人はやがておかしいとは気づいてきたようですが、彼らが話さないということも含め、拉致問題全体の解決という意味では9.17以後の約3年にかなり時間の浪費があったとすら言えないことはありません。

 このときのことを思い返し、私たちがしっかりと心にとめておくべきは、拉致被害者を帰国させることも含めて、北朝鮮はそれを情報戦、謀略戦の一環としてやってくるということです。そして、ときにはそれに日本政府が加担している場合もあります。目先のことに振り回されるのではなく、あくまで全ての被害者の原状回復という前提で、起きてくることを見る必要があると思います。

 ご家族はもちろん、被害者の方々も高齢化されている方は少なくありません。この教訓を活用し、二度とロスのないようにしなければならないでしょう。

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2007年7月14日

寺越事件の教訓

 以下は調査会NEWS 534号(7月14日)に掲載されたものです。なお、文中に出てくる『人情の海』全訳(PDF)は下記からダウンロードできます。

「ninjo.pdf」をダウンロード

 最近「7月20日に拉致被害者が万景峰号に乗って帰ってくる」という噂があちこちで飛び交っています。これには色々バリエーションがあって、「高麗航空(北朝鮮の航空会社)で帰ってくる」とか「3人」とか「5人」とか、誰が帰ってくるとか、話は様々です。

 先日発表した矢倉富康さんの可能性のある写真の人物は後に朝鮮中央放送委員会のアナウンサーである「慎範(シン・ボム」氏と分かりました。本人の声は今も流れていますが、現時点では100%矢倉さんであるとは断定できません。ただ、北朝鮮のことですから通常考えるなら、別人であれば「私は矢倉富康などではない」と記者会見でもしそうなものです。音声の鑑定なども含め、一刻も早い対応が必要だと思っています。

 本件については政府の対策本部(安倍本部長宛)、拉致議連(平沼会長宛)、各党(議席を持つ政党及び拉致問題を明確に訴えている政党)の拉致担当者宛に対応を求める文書を送っています(7月10日)。これまで拉致議連は古屋事務局長が対策本部に口頭で対応を要請しました。政党の中では維新政党・新風の魚谷哲夫代表から対応する旨のFAXを送って下さっていますが、それ以外は特別の動きはみられません。

 ところで、前述の噂と矢倉さんの話、そして参院選や米国の対応など全体状況の流れから考えると、どうしても頭をよぎるのが昭和38(1963)年に起きた寺越事件のことです。あの事件は誰がどうみても拉致事件であるにもかかわらず、社会党の島崎譲・元政審会長が北朝鮮と示し合わせて人命救助の美談にしてしまったものでした。そのために、事件に遭った3人のうち、現在ただ1人生存している寺越武志さんは今も自らが拉致されたと言うことができず、5年前に1度だけ日本に戻れたのも「朝鮮人として日本を訪問する」という形式でした。故郷で妹さんの家に泊まったときも見張り役の同行者が一緒でした。

 矢倉さんの失踪は海上で、船だけが後に見つかり船首横に衝突の跡がありました。このパターンは寺越事件と同じです。そんなことから、次のようなことも考えられるのではないかと、ふと思いました。

 「慎範」が近いうちに「自分は矢倉富康である。海難事故で北朝鮮の船に救助されて、そのまま北朝鮮に暮らすことになった」と発言する。そして北朝鮮当局は「本人の意志に基づいて人道的に」帰国させる。帰ってくる日は参院選投票日の近く。帰国すればマスコミの報道はそこだけに集中する。そして「拉致問題は進展した」ということで、参院選後に制裁の解除と日朝交渉の再開が決まる。本人は一切何も語らない…。
 米国の政策転換はますます前のめりになっています。中国と一緒になって北朝鮮に「拉致問題で少しでも進めれば日本に制裁の解除や国交交渉の再開をさせる」と言って説得することは十分有り得ます。日本が6者協議の合意に沿って他の国と歩調をそろえるということは日本のカネがあてにできるということですから、米中と北朝鮮に加えて韓露も万々歳。日本の世論はそれを「誤魔化しだ」と言う人もいるでしょうが、報道は帰ってきた人に集中します(これは5年前の5人の帰国後で証明済み)から、当然評価する声も上がるはずです。そうすれば「北朝鮮は譲歩したのだから、日本も強硬姿勢を改めるべきだ」と、川人博弁護士が批判しているような人たちが一斉に声を挙げるのではないでしょうか。救出運動もその評価をめぐって分裂し、収束していく、そんなシナリオも有り得るように思います。

 もちろん、「慎範」が矢倉さんでなければそれまでですし、そうだとしてもこれほどうまくいくものかという思いもありますが、他の人、例えばヨーロッパ拉致の人であれば「自分の意志で北朝鮮に行きました」と言わせることもできます。やりようは様々です。

 もし、こんなシナリオがあるのであれば、まさに日本全体が試練に立たされているということでもあります。私たちのような救出に関わる民間人だけでなく、国会議員も、お役所も、報道関係者も、一般国民も、それが本当に正しいことか、しっかりと考える必要があります。ここで目先の「進展」を受け入れれば、大部分の拉致被害者は帰国の道を閉ざされます。「話し合い解決」というのは北朝鮮が得るものを得てしまえば進むはずがない、これは歴史が証明しています。そうすればまた、必要があれば北朝鮮は拉致を行うでしょう。

 どんなことをしても拉致被害者をすべて取り返すというのは、単にその人たちだけではなく、今日本に暮らしている1億2千万余の私たちが自分自身や自分の家族を守るために絶対放棄してはならないことです。正攻法以外に問題の解決はありません。その点は各界各層の皆さんにぜひご理解いただきたいと思います。

 寺越武志さんは平成13(2001)年、平壌で『人情の海』という本を出版させられました。もちろん、北朝鮮のプロパガンダであり、自分が拉致されたのではないことを書いている他、当時まだ金正日が拉致を認める前の本ですから「義で団結し情で通じ合った我が国では誰かを拉致する理由はなく、そのようなことを見たこともない」などと、その他の拉致も否定しています。このような本に『人情の海』などという題名を付け拉致被害者の名前で出版する北朝鮮の体制には、もちろん「人情」も何もありません。そして、核も拉致も他の人権問題も、すべてが北朝鮮の体制に起因しているのですから、それ自体を変えてしまわなければ問題の解決は有り得ません。

 今後様々な情報戦が戦わされると思いますが、この『人情の海』は北朝鮮のやり方を知り、対処を考える上で教訓として使えると思います。ご関心のある方はぜひご一読下さい。

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2007年7月11日

安明進氏のこと

 以下は調査会NEWS 533号(7月10日付)に書いたものです。その後色々な報道がされているようですが、彼の命がけの証言があったからこそ横田めぐみさんの拉致が明らかになり、日本において拉致問題がこのように進展したことは誰も否定できない事実です。大部分の脱北者が北朝鮮の報復を恐れ(最近では韓国政府の報復もですが)口を閉ざしていたときに、自ら顔を露出して証言をしてくれたことのは絶対に忘れてはならないと思います。

■安明進氏の逮捕について

 いつのことだったか、安さんと話をしていて、注意をされたことがあります。

 「(荒木は韓国政府のブラックリストに載っているのだから)韓国にいるときは気をつけた方がいいですよ。知らないうちにバックの中に麻薬を入れられて、でっち上げで逮捕されることだってあるかも知れません」

 今回のニュースを聞いて思い出したのはこの言葉でした。もちろん、事実関係がどうなのかは闇の中ですが、捕らえられている安さんが外に出て自分の見解を述べることはできず、「…と供述している」と当局がいったところで本当かどうかなど誰にも分かりません。

 彼と最後に会ったのは3か月前、4月の10日か11日、多分11日の夜でした。このときはバルーンプロジェクトで韓国に行ったのですが、ソウルで連絡をとって夜会うことにしました。安さんが私の泊まっていたホテルに来てくれたのは日付が回った午前1時頃だったと思います。仕事で遠くに行っていて戻るのが遅くなったとのことで、何度も謝っていました。仕事が大変なようで、多少疲れているように見えたものの、北朝鮮の体制を倒して人民を解放したい、日本人拉致についても少しでも力になりたいという思いは全く変わっていませんでした。

 今、韓国の政権は北朝鮮との宥和政策にすべてをつぎ込んでおり、それに邪魔になる脱北者の口をいかに封じるかに腐心しています。事実関係の確認はできないものの、彼がやられたのはその一環であった可能性が高いと思わざるをえません。

 彼には一刻も早く表に出て、第一線に復帰してもらいたいと思いますし、韓国政府もこれまでの彼の功績(今の政権には「悪行」と思われるのかも知れませんが)を十分考慮した対応をするのが当然と思います。また、調査会としても古川さんの訴訟を初め、安さんには様々な形で協力をしてきていただいており、本来なら私たちが彼の日本での活動のベースを準備してあげなければいけなませんでした。その点大変遺憾な思いをかみしめているとともに、これからも彼のためにできるだけのことはしなければならないと思っています。

 彼の勇気ある証言がなければ、日本人拉致問題はこのように進んではいませんでした。「亡命者の言うことなど信用できない」(阿南外務省元アジア局長)との言葉に刺激され本を書き、各地で講演して身の危険を顧みず活動を続けていたことは私たちは忘れてはならないでしょう。皆様のご理解をぜひよろしく御願い申しあげます。

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2007年7月10日

矢倉さん関連情報

以下は調査会ニュース532号(7月9日付)で流した情報です。

矢倉富康さんと思われる人物の写真について

 先日、最近平壌を訪れた日本人の撮ってきた写真の中に矢倉富康さんによく似た人が写っているとの情報があった。確認した結果写真の人物が矢倉さんである可能性は極めて高いと考えられる。政府はただちに事実の確認を北朝鮮に対して行うとともに、本人であると確認されればただちに原状回復を図るよう求める。
 これまでの経緯は次の通りである。

1、調査会妹原常務理事のもとにこの3月、「矢倉さんの写真を持っている」との情報があった、確認をしようとしたが、結果的には情報源の問題で確認できずに終わった。

2、これとは別に、調査会としては矢倉さんに関し周辺の状況の調査により拉致の可能性が高いという認識を持つに至り、6月6日の調査会記者会見の折、同日付で同じ米子で失踪した古都瑞子さんとともに1000番台リストに切り替えたことを発表した。

3、先週になり、さらに2カ所からの情報で、3月に北朝鮮を訪れた日本人が平壌で写した写真の中に矢倉さんに似た人物がいるとの情報があった。そのうちの一つはミニコミに掲載されたものであり、情報提供者保護の関係から具体的なことは明らかにできないものの、写真の人物が矢倉富康さんである可能性が極めて高いという結論に達した。

4、4か月前(写真の日付は3月15日)に写した拉致被害者の写真が出ることは常識的には考えにくく、北朝鮮側の意図及び状況等についても、逆情報や情報戦による国論の分断など、さまざまなことが想定されるが、いずれにしても政府は(1)北朝鮮当局に対し、その写真の人物が矢倉富康さんであるかどうか確認すること、(2)確認された場合は即刻原状回復を図ること、を直ちに行わなければならないと考える。

5、昨日、これとは別の報道で脱北者が収容所の中で日本人拉致被害者を見たとの情報が明らかにされていた。政府は一つひとつの情報をおろそかにすることなく、直ちに救出をするために何が必要か、しっかりと考えて実行していただきたい。特に各党は今週公示される参議院選挙においてこの問題をはじめとする拉致問題を取り上げ、対処方針を明らかにされるよう切に望むものである。調査会としては明日にも政府・拉致議連及び与野党にこの文書を発送し、要請と代える予定であり、その後も可能な限りアピールをしていく。

6、なお、これまでも「労働新聞」の写真に寺越武志さんと思われる人物が写っていたり、北朝鮮で制作されたビデオに蓮池薫さんら拉致被害者と思われる人が写っているなどのケースがあり、訪朝した日本人(報道関係者も含め)が写した写真やビデオの中に拉致被害者が写っている可能性もある。思い当たる方々にはぜひ再度お手元の写真やビデオをご確認いただきたい。

     平成19年7月9日
特定失踪者問題調査会    
代表 荒木和博

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2007年7月 9日

記者会見

特定失踪者問題調査会では本日(7月9日)17:30より記者会見を行いますが、この模様を(株)NetLive(ネットライブ・砂川昌順代表)のご厚意でインターネットにより生中継します。特定失踪者に関する新たな情報の発表を行いますので、ご関心のある方はこの時間にネットライブのホームページをご覧ください。

http://www.netlive.ne.jp/

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2007年7月 6日

チャングムからの手紙

 偶然見つけて先日からリンクを張っているのですが、茶化して書いているように見えるものの、意外な情報が入っています。

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2007年7月 5日

<緊急>情報を求めます(削除)

 ここに掲載していた内容については、本人の所在が確認されましたので削除します。
ご協力ありがとうございました。

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2007年7月 2日

煙草

 私は煙草は吸わない。というより、吸えない。もっと正確に言えば時々煙草まがいの咽喉の薬であるネオシーダーを吸う程度である。本物(?)の煙草は法的に吸える年齢になってから30年間で、酒を飲んだときに格好をつけて吸ったものも含めても、全部合わせて数箱分がせいぜいだろう。

 煙草を吸わない代わりに、私はストレスがたまると爪を噛む癖があり、これがいい年をして直らない。癖を直すために煙草を吸おうかと思ったこともあるのだが、結局基本的には煙草は身体が受け付けない。しかし、周りには吸う人間が多いので、少なくとも人が吸う分にはあまり気にならない。調査会の事務所などほとんどが喫煙者である。

 だから私にとっては昨今の「喫煙者に対する弾圧」はプラスになりこそすれ、マイナスではないのだが、「それにしてもかわいそうじゃないか」というのが率直なところである。三浦小太郎さんから来たメールにも同様のことが書かれていたが、煙草を全部解禁せよとは言わないが、分煙できるところは、そういうスペースを作ってあげるべきだと思う。精神を沈静化させる作用もあり、マイナスばかりではないはずで、だからこそこんなに長い間愛好されてきたのだろう。

 煙草に限らず、なんでもかんでもきれいにしなければ済まないというのは、かえって社会全体から抵抗力を奪わないか。虐げられている喫煙者よ、団結せよ!非喫煙者として、エールを送りたい。

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