(360)ノーベル賞からほど遠く
産経ニュースに、おとなりの韓国で、「日本は悪いことばかりしていたわけじゃなく、ほら、こんないいこともしていた」と大学教授が研究論文『帝国の慰安婦』を出版したところ、たしか「名誉毀損罪」で在宅起訴されたそうだ。
絶対に反論を許さない社会というのは、科学の進歩がない。たとえば1と1を足したら2である、との説に「いや、そうとはかぎらない」と誰かが言い出したとして、「そりゃ面白い、どうしてそうなるの?」と反応する社会が近代的であり、自由であり魅力的だ。学問の自由があるからさまざまな説とか思いつきが交わされ、醸成され、思わぬ発見がありノーベル賞委員会などは褒めてくれる。
高校の数学だったが、「二点間の最短距離は直線である」という教科書の記述に「それはおかしい」とケチをつけた生徒がいた。聞いてみると「だって、線というものは人間が考えたものだから、大脳の中にあるもので、実在しない」との主帳。いわれてみればその通りで、私は感心したのだが、数学の教師が「それは、事実だけど『お前、それを自分で気づいたのか?』」とくだんの生徒に尋ねた。
「えへへへ、兄さんから聞いた」
と白状した。教師は
「自分で気づいたらノーベル賞ものだけどな・・・・・・」
とそれでも褒めていた。教室が和気あいあいとした。もっとも秀逸とされているのが、
「太古より男女の同衾回数は相等しい」
と思いついた生徒がいて、感心した周囲が
「それは公理だろう?」
と笑った記憶がある。
たかが高校生と馬鹿にはできない。この頃夢中になったテーマが一生の主題となる研究者も多いらしい。
週刊新潮12月24日号に、スーパー・サイエンス・ハイスクールについて科学ジャーナリストの[緑 慎也]氏が書かれた記事があった。まだ売っているから新潮を読んでいただきたいが、文科省が2002年から始めた制度で、この指定を受けた高校(又は中高一貫校)は、既存の科目を課題研究の時間や科学的な素養を学ぶ授業などへ振り替えることが認められるという。全国に約5000校ある高校のうち、200校ほどしかないが、指定を受けると1300万円ほどの予算がつく。
一般の学校では手を出しにくい高価な実験器具の購入や、学外の専門家による生徒指導の費用にあてられるそうだ。SSH校の学生たちは、将来の日本科学界の担い手として期待されているらしいが、実際に科学ジャーナリストの緑氏が取材したところ、特別というような生徒たちではなく、ユニークな素直な研究者のたまご達らしい。この中から緑氏が、将来が楽しみという生徒たちを取材している。読んでいて思わず微笑んでしまう。
三校ほどを選んでいるが、痒さに耐えてやぶ蚊を夢中で研究する生徒や、その他いろいろで、確かにノーベル賞に近いらしいが、よくわからない。麹菌の研究で文部科学大臣賞を受賞した女子高生、その他多くの高校生が紹介されている。
いい話は、都立戸山高校の一年生グループが、人工の放射線と宇宙線との違いに興味を持ち、専門家の意見を聞きたくて、東大宇宙線研究所の所長に電話をかけた。電話番号はホームページに載っていた。電話に出たのは所長の梶田隆章氏。梶田氏は「宇宙線って何ですか」という初歩的な質問にも詳しく答えてくれたという。今年のノーベル賞が決まる少し前の話という。
高校生の無鉄砲さと発想力は、科学の最先端への近道かもしれないと、ジャーナリスト緑氏は結論されているが、どうも学問の自由というよりは、学問の楽しさが世界を変えてゆくのではないだろうか。
週間新潮 12月24日号 50P~54P